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ニルヴァーナの暴走

 異変は、カエンタケの様子を見ようとして、ニルヴァーナがファルムを視認した瞬間だった。どくどくと身体中が脈打ち、血液が沸騰してしまいそうになる。

 ニルヴァーナを突き動かしたのは、黒い激情。恨みそのものだ。

 自分の内側で眠る何かが金切声で叫ぶ。


 コロセ。鬼は、コロセ。


 ニルヴァーナに逆らうことはできなかった。

 暴走を始めた鬼の力に身を任せ、ニルヴァーナはただ駆け、カエンタケとファルムとの戦いに乱入した。


「コロセ……コロス!」


 軽く地面を蹴って、加速。

 ずしんと腰を落としたままのファルムへ肉薄し、鋭く変化させた爪を繰り出す。


「弱いっ!」


 宣言通り。

 爪はあっけなくファルムの皮膚に阻まれて折れた。驚愕する時間などない。

 即座にファルムの反撃が始まり、無数の打撃がニルヴァーナの全身に叩き込まれた。たった二撃でカエンタケを戦闘不能に追い込んだ打撃だ。

 バキバキと悲鳴をあげて、ニルヴァーナは全身をへしゃげさせながら吹っ飛び、木の幹をへし折って尚、勢いを殺せず地面を派手に転がった。

 通常であれば、死んでいる。

 だが、ニルヴァーナは暴走している鬼の生命力と、地面から栄養を遠慮なく吸い上げることで超再生を果たす。周辺の植物が、一瞬で枯れた。


「……──ほうっ!」

「ッガァァァアァアア!」


 超再生だけではない。

 ニルヴァーナは身体をより強靭なものに作りかえ、最適化させていく。この暴走するだけの鬼の魔力を存分に扱え、耐えられる肉体に。

 一回り肉体を増大させ、ニルヴァーナが地面を爆発させながら飛び出す。

 刹那の加速。

 風の壁に衝突しながら、ニルヴァーナはファルムと真っ向から激突する。

 荒々しい拳と、猛々しい拳が衝突し、凄まじい魔力の衝突は発光と衝撃波を起こす。


 ――ごぅんっ!


 地面が大きく震える程の、爆音。

 消し飛んだのは、ニルヴァーナの腕だった。ファルムの拳を受け止めきれなかったのだ。


「ふぅぅぅううううっ!」


 ぐん、と腰を捻りながらニルヴァーナは反対の拳を繰り出す。だが、ファルムは即応し、そっちにも拳を叩きつけた。


「――っがぁっ!」


 片腕が消し飛び、更に追撃の蹴りがニルヴァーナの胴体を抉る。

 植物の破片を飛び散らせながら、また地面を何度ももんどり打って転がっていく。

 だがニルヴァーナに容赦はない。

 身体を軋ませながらもまた再生させ、獣のように四つん這いになりながら起き上がる。両手両足、胴体をさらに強化しながら唸りをあげる。

 おびただしい魔力が渦巻き、暴走する鬼の力が全てを叶える。


「があああああああああっ!」


 口をばきばきと割りながら、ニルヴァーナは吠えながら腕を極大化させ、一気に伸ばす。複雑に絡み合った太い植物のツタは、まさに丸太のような様相を見せながら、十を超える大小様々な鋭い突起を生む。


「はっはっはっは! 俺様を捉えた上で突き殺そうとするか? 無駄だぁぁああっ!」


 その丸太に向け、ファルムはニルヴァーナの丸太に向けて拳を何度も叩き込む。

 とても肉体の放つ音ではない。

 三発目にして、ニルヴァーナの丸太は崩壊した。それに終わらず、ファルムは拳を叩きつけながら、丸太を抉って突き進む。

 ニルヴァーナは再生で対抗しようとするが、そこに鋭い声がやってきた。


「切り離せ、ニルヴァーナっ!」


 カエンタケだった。

 軽快な音を立ててニルヴァーナの腕に着地し、鋭い爪を立てる。ぐっと押し込んだのは、炎の魔力だった。


「……──カエンタケっ?」


 波動を受け、ようやくニルヴァーナが我にかえる。意図を察し、すぐに腕を切り離した。


「これでも喰らってろ、ファルム!」


 あわせてカエンタケが魔力を押し込み、ニルヴァーナの腕を燃やし、さらに炎を噴射させ、高速でファルムへ弾き飛ばす。

 ファルムは余裕の仕草でそれを軽々と受け止めてみせた。

 タイミングをあわせ、カエンタケは指を鳴らした。

 瞬間、丸太が轟音をあげて爆発する。


「お前なら必ず受け止めると信じていたよ」


 凶暴な熱と光が、周囲に撒き散らされる。爆風が空気を焼きながら広がった。

 その中心で、ファルムが燃えあがっている。


「やったか、などとチープな言葉は不要だな」

「当然だ。あの程度でくたばるなら、俺も苦労していない」


 カエンタケは疲労の残る声を出しつつも、ニルヴァーナの隣に立つ。

 あの炎の中で、ファルムの魔力はしっかりと存在している。おそらくダメージらしいダメージはないだろう。もしくは、すぐに回復する程度の傷か。

 ニルヴァーナは腕を再生させつつ苦る。


「……これは困ったな。お前の魔力にあてられたおかげで我に返れたが、それも長くは続きそうにない。黒い恨みが支配してくる」

「同種族のくせに、相当強い恨みがあるようだな?」

「俺の大元が抱いてくれてるようなんでな。それよりも、カエンタケ。お前は動けない程のダメージを受けたはずだが?」

「わたしだよ」


 答えは、ほんのりと柔らかい温もりと共にやってきた。振り返ると、心配と不安と焦燥の入り混じった、複雑な表情を浮かべたタマがいた。

 ニルヴァーナは、生命力が回復していくのを感じ取りつつ、僅かに安堵する。


 《なるほど。タマは癒し手なのか》


 麒麟から与えられた知識で、ニルヴァーナは悟る。

 回復魔法を扱えるのは希少価値だ。おそらく、ファルムが狙っている理由の一つになっているだろう。

 おそらく、タマはその癒し手の中でもかなりの上位にあたる。

 あのカエンタケを短時間でいつものように動けるレベルにまで回復させたのが証拠だ。


「問題は、アレをどうするか、だ」


 カエンタケはうんざりした様子で剣を構える。


「そうだな。俺の攻撃は全く通用しないし、カエンタケの剣でも大ダメージは期待できない、か。厄介だな、鬼というのは」

「鬼のお前がいうか」

「俺は生まれつき鬼じゃないからな。それよりもどうする」


 ミシミシと、ニルヴァーナの全身が変化を始める。暴走するほど活性化した鬼の魔力の仕業だ。ニルヴァーナは悶えるように顔を歪めつつも、自我を保つ。

 この精神状態では、とても丙子椒林剣は出せない。

 アレの使用にはかなりの集中力を要する。


「……雷はどうだ?」


 カエンタケの提案に、ニルヴァーナは思案する。


「全力で放ったとして、ダメージがどれだけ通るか……やってみる価値はあるが」

「仕留めるには至らないか?」

「おそらくな」


 今のニルヴァーナでは、一撃しか放てない。そして、意識を失う。

 あの猪でさえ、一撃では倒しきれなかったのだ。ファルムがあの猪以下の耐久力を持っているとはとても思えない。


「ならば、共闘しかあるまい」

「それしかないだろうな」


 ニルヴァーナはゆっくりと起き上がる。再生と強化の終えた腕の具合を確かめつつ、稲妻を纏った。全力で放たずとも、攻撃の底上げにはなる。


「作戦会議は終わったか?」


 気合い一撃だけで炎をかき消し、不敵な笑みを浮かべるファルム。その体表は焦げているが、すぐに再生していく。

 ニルヴァーナとカエンタケは、同時に地面を蹴った。あわせて、タマは後ろに下がった。

 二人は左右に展開しつつ、斬り込んでいく。


「はっはっは! 俺様を楽しませてみろ! そして死ね!」

「死ぬのは、貴様だ! ファルムっ!」

「貴様には恨みはないが……俺の大元が叫ぶんでな!」


 カエンタケが剣を構えて炎を纏い、ニルヴァーナも腕を変化させて剣を生み出して雷を帯びさせる。間合いに入った刹那、二人は最大に加速する。

 炎と稲妻が交差した。

 破壊が響き、ファルムの胸に斜め十字の傷が入る。


 《そうか……斬撃なら入るのか》


 ファルムの肉体は、恐ろしいほど打撃系には強い。だが、鋭利な刃物であれば、その皮膚を切り裂ける。生半可な刃物だと、当然通用はしないのだが。

 ニルヴァーナは片足で着地し、もう反対の足で地面を蹴る。間髪おかず、カエンタケも同じ軌道を描いて迫っていく。

 ファルムが対処するより前に、ニルヴァーナとカエンタケは連続攻撃を仕掛ける。狙いを定まらせないよう、色々と動き回りながら、時にはフェイントを織り交ぜつつ確実にファルムの皮膚を切り刻んでいく。


「――その程度か?」


 炎と雷に殴られながらも、ファルムの笑顔は消えなかった。

 ファルムの姿が消える。

 虚を突かれ、二人の動きが止まる。

 衝撃が、二人の頭を襲った。ファルムが互いの頭を掴み、ゴツン、とぶつけたのだ。

 直接頭への衝撃に、二人が弛緩する。

 ファルムは一回転しつつ、足で二人を蹴飛ばした。


「「がっ」」


 重い一撃に意識を奪われ、カエンタケとニルヴァーナは地面を転がる。


「つまらん。実につまらん。二人がかりでその程度か」


 ファルムはゆっくりと一歩を踏み出す。

 直後、半身だけ振り返って後ろから迫ってきていた矢を素手で掴み、折った。毒が滲み出て掴んだ手をただれさせるが、すぐに再生していく。


「貴様もだ。この俺様に、その程度の毒が通じると思ったのか?」


 森の木から狙撃していたリタが、ちっと舌を打つ。

 それでもめげず、リタは大量の爪を飛ばすが、そのどれもがファルムの皮膚の前に弾かれる。


「その弱った状態で」


 ファルムがリタを振り向き、即座に間合いを詰める。

 豪快に木へ蹴りを叩き込んでへし折り、ファルムは跳躍する。辛うじて枝に掴んでいたリタの後頭部を掴み、そのまま地面に顔面から叩きつけた。


「ぐはっ……!?」


 全身を穿つ衝撃。

 それだけで、リタは戦闘不能に陥る。ファルムは、そんなリタの背中を踏みつけた。


「あ、ああ、あっ!?」


 ミシミシと、背中が軋む。


「ああああああああああああ――――っ!?」

「はっはっは! いい悲鳴だ。そのまま断末魔をあげつづけろ、俺様を楽しませろ!」


 徐々に力をいれ、ファルムは苦しむ様を楽しむ。

 その悲鳴は周囲に響く。もちろん、ニルヴァーナへも。


 《――仲間を》


 ニルヴァーナの指が、ぴくりと動く。


 《――殺させはしない》


 蘇る、仲間を奪われる苦痛。


 《――もう、あんな思いはこりごりだ》


 全身の植物を暴走させながら、ニルヴァーナは起き上がる。体内で渦巻く鬼の力を、更に暴走させていった。完全に、自分を見失うほどに。

 そんな不安定な形状のニルヴァーナが音もなく消える。

 ファルムと同程度の大きさに変化しつつ、ニルヴァーナはその拳でファルムの顔面をとらえ、殴り飛ばす。

 頬骨に砕ける音。

 眼球が飛び出すような衝撃の中、ファルムは顔面から着地し、首の骨をへし折りながら地面を抉り滑って、さらに地面を何度も転がる。


「あ、あるじ……さま?」


 そんなリタの呼びかけに、ニルヴァーナは応じなかった。



次回の更新は明日予定です。


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