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カエンタケの戦い

 全体を見れば、趨勢は決まっているように思える。

 ファルムの軍勢はほぼ崩壊し、切り札であったであろう猪も、思ったような成果を出すどころか、完全に防がれている。残るはファルム本人だけであり、こちらの損害はほとんどない。

 通常であれば、負けを認めて撤退している場面である。


 カエンタケも、相手がファルムでなかったら勝鬨をあげていただろう。


 だが。

 ファルムは今目の前にいて、そのファルムは余裕を一切崩していない。自信があるのだろう。敵がどれだけいても、自分が一人いればどうにかなる。と。

 傲慢極まりないが、事実だ。

 カエンタケは対峙しているだけで威圧を感じ、負けそうになる。


「どうした。随分と怯えているようだな?」

「……ぬかせっ!」

「はっはっは。当然だな。俺様は大鬼オーガの中でも特殊な変異種。純精霊だ。貴様のようなハンパものに、勝てるはずはないからな」


 ナチュラルに煽りながら、ファルムは一歩進んでくる。

 鬼らしい図々しさにカエンタケは嫌悪しつつも、剣を構えた。呼応して、カエンタケの眷族たちも散っていく。距離を取らないと、巻き添えを喰らう。

 ファルムの戦いは、粗雑極まりないのだ。


「いってろ」


 カエンタケは地面を蹴る。最大の加速でもって迫り、剣に炎を纏わせる。


「はっはっは!」

「タマに手は、出させないっ!」

「その炎、今度は完全に消し去ってやる!」


 剣が閃いた。

 鋭い踏み込みに、鋭い機動。疾風がごとく、ファルムの懐へ飛び込んでいく。

 最初の一撃から殺意の乗せられた一撃を、だがファルムはあっさりと後ろに一歩だけ下がって回避した。直後、ファルムは突きの構えを取って突撃する。

 通常であれば、後ろに重心が傾いている状態。回避する術はない。

 しかし、ファルムは拳を繰り出し、恐るべき速度で剣の腹を殴りつけた。


「――っ!」


 衝撃。

 カエンタケは迷わず剣を手放した。そのまま屈み、地面を抉る。そのまま土をまきあげ、目つぶしを仕掛けた。更に炎を腕に纏い、放った。


「火炎砲っ!」


 火炎は容赦なくファルムの顔面を殴り、爆裂する。

 カエンタケは素早く横に跳び、殴り飛ばされた剣の回収へ向かう。

 剣は木の幹に叩きつけられ、めりこんでいた。


 《速さ重視の軽く弾き飛ばす程度の拳で、あれほどか》


 物語る凄まじい膂力。

 カエンタケは背筋を凍らせつつも、戦意は衰えさせない。どうにかして勝ち筋を見つけなければならないのだ。

 そこへ。

 ファルムはカエンタケへ迫った。顔面に未だ爆炎を抱えたまま、笑顔で。


「はっはっはっはっはっは!!」

「……っ!」

「面白い小手先の手段を使えるようになったようだな!」

「なめるなっ! 炎纏爪っ!」


 カエンタケは手に炎を纏い、爪立てながら攻撃を繰り出す。斜め下からのひっかきは、容赦なくファルムを襲う。

 だがそれでファルムの勢いは止まらない。

 顔面にひっかき傷を作りながら、ファルムは迫ってくる。通常でも巨大に見える拳が、威圧で数倍に巨大化しているように思える。


「くそっ!」


 カエンタケは生存本能に逆らわずに真横へ跳び、ファルムの振り下ろしから逃げる。

 ズドン、と衝撃。

 地面が爆裂し、土塊と衝撃波がカエンタケを襲った。その勢いに乗りながら、カエンタケは加速して剣を回収する。


「はっはっはっはっは!」


 真正面からファルムは特攻してくる。

 どしんどしんと図々しい足音を立て、周囲を破壊しながらカエンタケに接近する。

 決して愚鈍ではない。

 むしろ、その巨躯とは思えない速度だ。


「その図体と、めちゃくちゃな動きで……っ! よくも!」


 カエンタケは全身を駆動させ、鋭い機動で剣を繰り出す。

 足捌き、体捌き、全てを駆使しながら、何度も斬りつける。ファルムは全身でその全てを受け止めてみせた。

 剣で皮膚を刻み、炎で焼く。二重の激痛が襲っているはずなのに、ファルムは笑顔のままただ拳を振り上げる。


「はっはっはぁっ!」


 剛腕。

 カエンタケは一瞬で剣を横に持ち、腹で受け止める。鈍い音が轟いて、カエンタケは容赦なく殴り飛ばされた。


「かはっ」


 衝撃が剣を貫通し、カエンタケはダメージを受ける。

 危険な予感がした。

 一気に全身から炎を猛り生み出し、猛火をそのまま接近しようと構えていたファルムに直撃させた。さすがのファルムもその場にたたら踏む。


 《――危なかった! もし今攻撃していなかったら、猛ラッシュを受けていた》


 ファルムの戦闘スタイルは、いたって単純だ。

 ただ純粋な暴力を振るう。

 それだけだ。だからこそ、強い。


 《本当に鬼はやりにくい。ただでさえ強靭な生命力なのに、高い再生能力と身体能力も備えてる。とくにコイツは変異種だから、特別に毒が効きづらい》


 カエンタケにとって毒は主力だ。だからこそ、毒が効かないファルムとは絶対的に相性が悪い。

 残るは炎で攻めていくことになるが、とんでもない耐久性の前には通用しない。そもそも相手は精霊であり、格上だ。

 どれだけカエンタケが技術でなんとかしようとしても、相手はパワーで破壊してくる。


「はっはっは! この前よりはできるようになたようだな?」


 気合いで炎をかき消し、ファルムは豪快に笑いながらいう。

 身体の表面は焦げているが、その程度で、再生が始まっていた。切り傷もほとんど見当たらない。

 ぎり、とカエンタケは歯ぎしりする。


「規格外め……だから鬼は嫌いなんだ」


 脳裏にニルヴァーナをちらつかせつつ、カエンタケは剣を構えた。

 身体能力における速度では負けているが、反射神経含め、敏捷性では勝っている。ファルムに何度も剣を当てているのが証拠だ。


 《だが、生半可な傷ではすぐに再生される》


 炎を纏っていても尚、ファルムの動きを鈍らせることもかなわない。

 何か決定的な一撃を与える必要があった。


「もう少し楽しんでやりたかったが、お前らのおかげでこっちもズタボロなんでな。さっさと終わりにしてやるよ」


 威圧が、増大する。

 ぎょっと目を見ひらいた瞬間、ファルムは地面を蹴っていた。

 ──風圧。

 本能的に、カエンタケはその場で回転して背後を振り返る。そこに、嘲笑うファルムがいた。


 《この一瞬で、回り込んできやがった!》


 はじめて見せつけられる、ファルムの全力。

 悪寒を感じながらも、カエンタケは剣を横薙ぎに払う。


「はっはっはぁ! 遅い! ぬるい!」


 だがファルムは、それを上回った。

 横薙ぎの一撃を豪快な拳の鉄槌で叩き落し、衝撃を生む。空気の壁に殴られたカエンタケが大きくのけぞったその時には、カエンタケに最接近していた。


「火炎……――っ!」

「遅いといった!」

「がはぁっ!?」


 強引に上半身を起こしながらのカエンタケの反撃より早く、ファルムの拳がカエンタケの鳩尾を抉った。カエンタケの身体がくの字に曲がる。

 ごり。と、衝撃が広がり、カエンタケの体内で暴れ回った。

 一瞬で内臓がかき乱され、ごほっ。と吐血し、地面に叩きつけられる。大きくバウンドし、跳ね上がった瞬間、ファルムの追撃の拳がまた鳩尾を抉った。


 また、吐血。


 全身を貫く激痛の中、カエンタケは初撃よりも大量の血を吐き出す。

 地面にめり込み、一瞬意識を失う。全身が弛緩したとたん、激痛が蘇る。もはや戦闘不能のダメージを告げていた。


「おいおい、もう終わりか?」


 カエンタケの真っ赤な髪を掴み、ファルムは鼻を鳴らしながら持ち上げる。

 たった二発で、カエンタケは内臓と骨に甚大なダメージを受けていた。まだ致命傷ではないが、放置しておくのも危険な状態。

 自覚しながらも、カエンタケは虚ろな目でファルムを睨む。


「くそ……が……!」

「減らず口だけは叩けるようだな。じゃあ、さっさと終わりにしてやるよ」


 ファルムはカエンタケを軽く放り投げる。落下してくるのを見て、ファルムは構える。

 ぎりぃ、と拳を握りしめて腰を落とす。


「何発持つかな……!?」


 好戦的な笑みを浮かべ、ファルムは腰を捻る。

 魔力が恐ろしいくらい練り込まれているのが、見るだけで分かった。


「ルガァッ!」


 拳がカエンタケに到達する直前だった。

 何かが駆け抜け、何かがカエンタケをさらった。風の残滓は風圧を呼び、ファルムの拳と衝突する。唸りをあげ、周囲を荒れ狂う。

 ファルムは鋭く卓抜した動体視力で野生の獣のように動く影を捉えた。


「……はて。猪を相手にして力尽きたはずだが?」


 ファルムは戦意を静かに昂らせつつ、それを睨む。

 カエンタケを近くの木に寝かせ、影は獣の威嚇を放ちながら、ゆっくりとファルムとの間合いをはかっていく。


「グルルル……」

「おいおい、ナリもそんなんだったか? 随分とバケモノ風情になってるな?」


 口が狼のように裂け、鋭角になった目。だらんとした猫背。やや長い手。

 自分と同じ種族を意味する二本の角は、猛々しく、植物のような髪は逆立っていた。


「鬼……鬼……オニは……コロす……っ!」

「復讐に囚われた鬼、か。面白い!」


 ファルムは心を躍らせながらそう吠えた。


「面白い第二ラウンドになりそうだ!」




次回の更新は明日予定です。


ブクマ等、応援、お願いします。

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