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リタの戦い

「さすが主様!」


 自分では逆立ちしても出力できない魔力を惜しげもなく吐き出し、電撃を放つニルヴァーナを応援しつつ、リタは眷族を連れて一匹のバケモノ猪と対峙する。

 大きさは木よりも大きく、リタであれば踏みつぶされてしまうだろう。


 生半可な攻撃は、一切通用しない。


 皮膚感覚で悟りつつ、リタは連れ出した眷族たちを見渡す。

 ニルヴァーナが用意したこの眷族たちは《祈祷》によってニルヴァーナから魔核コアを分け与えられた存在だ。

 初めて言葉を交わした日、まだそんなことは不可能だったはずなのに、今、もう叶っている。どれほどの成長速度なのか、リタはもう分からない。ただ、リタ自身も必死になって追いかけなければ、その背中は消えてしまう。


 《今回、私は色々と任されている》


 もちろん自分から志願したことも多いが、ニルヴァーナから頼られることも多い。

 信頼。

 ニルヴァーナは生まれて日が浅く、高い知性を持ったもの同士の関係――人間関係といいかえてもいい――の経験が浅い。だからこそ、全力で信頼して、頼ってきてくれる。

 これは、一番最初の眷族として生まれたリタだけの特権だ。

 だからこそ、全力で応える。


「今回だって……アンタなんかに負けないんだから!」


 やる気が漲る。

 己の中の、ニルヴァーナと同じ鬼の力が滾り、魔力を増大させる。それでも力の差は歴然だった。

 リタは考える。


 《コイツの攻略法……きっと、私にしかできないこと……正面から殴りあって、どうにかなる相手じゃない》


 ニルヴァーナは己の眷族を使って構わないといっていた。意味するところは、総力戦だ。

 猪が吼える。

 唸りと暴風がまた周囲を襲う。息ができなくなる風圧に翻弄されながらも、リタは耐えきってから、反撃を開始する。

 あの猪の脅威は、体格からくる強靭な物理攻撃力。確かに暴風も脅威ではあるが、最接近さえしてしまえば影響は受けない。もちろん、それだけ物理攻撃が苛烈になるのだが。


 《その動きさえ封じてしまえば、どうにでもなる》


 リタはちらりと地面の様子を見て、眷族たちに指示を下す。

 あの風は、地面をなぶっていない。つまり、地面スレスレを移動すれば、ダメージを受けずに近寄れる。ニルヴァーナの眷族たちの属性は植物だ。自在に姿形を変化させられる。

 強みをいかして、リタは次々と指示を下しながら自分も攻撃に移る。


「私にできること……」


 リタは常に思考している。主であるニルヴァーナのために。

 だからこそ、リタの戦闘スタイルは、徹底的にニルヴァーナの戦闘補助だ。もちろん一人である程度戦えるようにも工夫しているが、真髄はサポートである。


 この一週間、リタはそこに重点をおいて、自らを鍛えた。


 タマやカエンタケからも教わって、魔法の基礎は習得している。ニルヴァーナ程の学習能力はないが、それでも習得速度は異常の領域だった。

 精霊や魔物には、明確に体系化された魔法はない。

 だからこそフレキシブルであり、同時に使いこなすのは困難だった。魔物たちの魔法習得レベルに極端なレベル差があるのは、ここが原因だ。


「私は風。主様を支え、守る風」


 魔力を集中させ、リタは魔法を発動させる。生み出したのは、清廉なる風。

 猪とはまったく異なる、静かで強い風だ。


「お前のような下劣で極まりない風には負けん」

「ルォオオオオオオオオォォォオンっっ!!」

「耳に障る、癪に障る。いいから、黙れ」


 ビキビキと両腕を変化させ、リタは弓矢を生み出す。

 その矢尻には、毒が仕込まれている。

 ニルヴァーナから与えられた毒だ。予めニルヴァーナからリクエストきいてもらって、受け渡されたもののひとつだ。


「後でじっくり仕留めてやるから、今は眠れ」


 ギリギリのギリギリまで引き絞り、リタは矢を放つ。風で加速、指向性を持たせて強化までしてある。静かに放たれた矢は、口をとじようとしてる猪の口内に入っていく。

 リタは気付いている。

 あの硬そうな獣毛の奥に潜む、強靭な皮膚。おそらく、リタの現状の攻撃力ではまともに貫通させられない。全力を振り絞って、辛うじてかすり傷程度だろう。

 ならば、粘液まみれの口の中であれば。


 ――矢はまともに刺さる。


 ぶしゅっ、と、矢が口を抉った。

 とたん、猪は目を見開き、大きく悲鳴を上げた。


「ぶぎいいいいいいいいいいい――――――――っ!!」


 リタは次々に矢を放つ。

 二本、三本と矢を刺したところで、猪は口を強引に閉じた。


「学習するのが遅いな」


 そう評しつつ、リタは次の攻撃に移る。

 ありったけの毒を仕込んだが、相手はあの巨体だ。毒が回るのか、回ったとしてもどれだけ時間がかかるか。計算している余裕はなかった。

 リタは両腕を変化させる。

 もう弓矢は通用しない。直感だが、間違いではない自信はあった。


「ぐるぶるるるるる……!」


 口から血を流しつつ、猪は激烈に睨んでくる。

 足下が疎かになっている証拠だ。リタはそれを狙っていた。


 リタは、木々の合間を縫うように飛び回りながら爪を弾き飛ばす。


 鋭く伸ばされた爪は軽さもあって速度が乗っている。反対に、絶大な威力はない。

 それで構わなかった。

 狙いは、鼻の孔と、目元。


「ぶるああっ!」


 猪が暴風を呼び起こす。

 爪は一瞬にして吹き飛ばされた。だが、リタは懲りずに攻撃を仕掛けた。


「本当に読みづらい……ただ、がむしゃらに風を乱暴に起こしてるだけ……か……でも、それなら、法則性があるはず」


 《――それを、読みきる》


 リタは思考を高速で発展させつつ、次々と攻撃を仕掛けていく。

 もちろん、忍ばせている眷族のことも忘れていない。

 ミシミシと音を立てつつ、リタは爪を次々と飛ばす。猪が風を起こすタイミング。角度。弾き飛ばす方角、方向。全てを観察し、読み切っていく。


「ぶるああああああああっ!」


 猪が叫び、風を起こす。

 渦を巻いた暴風から、リタはほとんど身を投げるようにして飛びさがる。

 豪快な破砕音を立てて、直線状の木々は薙ぎ払われた。


「……――なるほど」


 痺れるような感覚の中、リタはまた爪を飛ばす。

 やはり暴風で防がれる中、リタは着地し、合図を送る。確認してから、リタはまた跳躍して木々に飛び移った。

 直後、猪がまた反撃とばかりに暴風を起こした。

 渦を巻いて、また破壊が撒き散らされる。今度、リタはさっきよりも早く動いて対処し、爪を飛ばして狙撃する。


 《あのバケ猪が使える風はたった二種類。攻撃的な指向性のある風と、周囲にただ展開させるだけの、守備的な風。守備的な風はただ本当に呼び起こしてるだけって感じで、流れを読み切るのは難しい。どこからどう出すのか、までは分かったけれど》


 鋭く尖った爪は、吸い込まれるようにして猪の鼻や目に刺さる。

 それを嫌がって、猪は顔を振った。

 ダメージは期待していない。リタは冷静に狙撃を続ける。


「ぶる、ぶるるっ……ぐるっ……!」


 猪の唸り声に、変化の兆し。リタは聞き逃さなかった。

 静かに乱れる息を強引に整え、じっとりと滲んできていた疲労の汗を拭う。冷静に自分の体内で精製している毒がほぼ枯渇しているのを確認し、ゆっくりと身構える。


 《やっと、きいてきたか》


 リタは相手に驚愕しつつ、ほくそ笑む。

 相手に仕込んだのは、麻痺毒だ。ニルヴァーナから受け取った毒の一つで、相当強力な毒性を持つ。毒をたっぷり仕込んだ爪の一つでも直撃させれば、象でさえ倒せる。

 それを、自分が精製できる限界ギリギリいっぱいまで堪えるとは。


 《けど、ここまで弱ってくれれば》


 眷族が動く。

 互いに合体し、巨大なツタになった植物たちは一斉に猪へ襲いかかり、猪の四肢に絡みついていく。唐突の奇襲に、猪が戸惑う。慌てて引き千切ろうとするが、そこへリタの狙撃が次々と襲いかかり、邪魔をした。


「……情けないっ」


 ツタには、棘がついている。互いに合体させ、且つ、拘束するというただ一点に集中させた結果、眷族たちはとんでもなく強靭な耐久力と膂力を有している。

 そこにも毒が仕込まれていて、押し潰すようにして猪の硬い獣毛と皮膚を突き破る。


「ぐる、ぐ、ううっ……!」


 察したらしい猪は暴れようとするが、すでに遅い。

 大量に仕込まれたリタの毒により、猪は思うように力をこめられない様子だ。リタは目眩を覚えながらも、頭を振って力をこめる。


「まったくもって情けない……この程度で、動けなくなるなんてっ……!」


 痺れる足に気合を入れながら、リタは腕を変化させる。

 毒の精製に魔力を使いすぎている。ニルヴァーナの眷族から魔力が送られてくるが、周囲の地面はもう涸れそうになるくらいの状態で、充分な量はこない。

 辛うじて相手の動きを止める。

 これを成し遂げるだけで、リタはほとんど動けない状況に追い込まれていた。


「むしろ不利なのはこっち、ってね。でも」


 遠くで、ニルヴァーナの気配を感じる。見られている。


「負けない……!」


 リタは体内に魔力を強く宿し、別の毒を精製していく。

 眷族の拘束に負け、猪が倒れる。そこを機に、眷族たちが次々と身体に纏わりついてさらにきつく縛り上げていった。

 めりめりとツタは猪を侵略し、口を開かせていく。


「この毒は、とびっきりだぞ……」


 ニルヴァーナから授かって、且つ、己で改良を加えている。

 単独での毒性も強いが、これはある毒と掛け合わせることでより強力になる性質を与えている。その毒は、麻痺毒。

 今、あの猪には、その毒がたっぷりと仕込まれている。


「たぶんだけど、今のあんたには何よりも強い毒になるから、覚悟しなさい」


 腕を弓矢に変化させ、矢尻に限界量を仕込む。

 ギリギリと矢を引き絞り、しっかりと狙いをつける。眷族に足を支えてもらわなければならないくらいの状態で、それでも正確に、丁寧に。


「さよなら」


 矢が、静かに放たれた。

 風を丁寧に切り裂き、矢は猪の口の中に飛び込み、突き刺さる。


 ――びくんっ。


 毒が注入され、猪が目に分かる程大きくい震えた。

 ぶくぶくと泡をふき、目をむいて、猪はまた何度か大きく痙攣してから、息絶えた。


 ほふう。


 と、息が漏れる。リタは微笑みながら、意識を手放した。


「後は……頼み、ま、す……」




 ▲▽▲▽




 ――威圧。

 粗い、息。


 カエンタケは、静かに剣を抜く。揺らめく炎のような剣。いつもなら最高の相棒なのに、今は頼りなく感じた。

 分からないでもない。

 今、目の前にいる黒い大鬼。こいつから放たれる威圧が尋常ではないからだ。


「……さぁカエンタケ。あの時の続きを始めようか?」


 圧倒的に不利なはずなのに、黒い大鬼に動揺は観られなかった。


次回の更新は明日予定です。


応援、お願いします。


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