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ニルヴァーナの戦い

「ぎぎいっ!」

「ぎゃぎいっ!」


 悲鳴。雄叫び。血飛沫。

 鞭が飛び交い、凄まじい一撃が何度も入る。それでなくとも、ニルヴァーナの眷族たちの攻撃が襲い、敵はただ命を落としていく。

 まともな反撃さえも叶わず、戦線はすでにズタズタだった。


「くソっ! おまえら、バラけろ! ひとつにまとまるな!」


 指揮官が叫びながら、撤退を開始する。

 強引な突破方法で、森の脇へと逃げ込んでいく。確かに、その手を使えば森に隠れることができて、かつ、小隊で動くことで機動性があがる。

 だが。

 その程度のこと、ニルヴァーナが考えないはずはない。


「ぎゃあああああああああっ!!」


 通りにくい見た目の森へ飛び込んだ瞬間、悲鳴があがった。

 いうまでもなく、毒草だ。

 ニルヴァーナとリタが眷族として植えたものである。


「今回の作戦は、伏兵戦術とスピードが肝だ」


 ニルヴァーナは物陰に潜みつつ、ぼそりと口にした。


「だからこそ、相手も森にバラけられると、効果が半減する」


 むしろそうなると、追い切れなくなる可能性があった。

 この最初の一手、絶対的優位な条件下で、敵の勢力を削り切る必要がある。相手が持ち直せば、数の暴力が姿を見せるのだ。


「そんな弱点に気が付かないはずがないだろう? だから、たっぷりと忍ばせてもらったよ。毒草をな。どうだ。痛くてたまらないだろう。おっと、我慢して進まない方がいいぞ。そこから先は、猛毒だ」


 悲鳴を聞きながら、ニルヴァーナは、ゆっくりと姿を見せる。泰然とした顔で。

 大混乱の中、ニルヴァーナが腕をあげて命令を下す。直後、味方が動いた。


 今までの攻撃は、敵の外側からに集中していた。


 だが、敵の進軍ルートにはもちろん幅があり、道一本だけを通じてきているのではない。踏破しやすいように配慮されている獣道のようなものであり、道中には草むらや木々もまばらに存在している。

 また、敵の中心部の連中は、ほぼ無傷だ。

 勢いと混乱に負けているが、徐々に落ち着きを取り戻し始めていた。ここで立ち直られると困る。ニルヴァーナはそうなる前に次の一手をくりだしたのだ。

 猿のような形に変化したニルヴァーナの眷族たちが、木を伝ってその敵側の中心部に生える木々たちに移動し、そこからも攻撃を加え始めた。

 逃げ場などない。

 そう思わせたところからの、二重の奇襲だ。


 だが、リスクも高い。


 更なる混乱が襲う中、さすがに鍛えられているのか、指揮官と思われるゴブリンや狼が反撃を試みる。逆を言えば、敵方の中心部から攻撃を仕掛けている眷族は、囲まれているのと同義なのだ。

 それをカバーするために、動いたのはリタだ。


「同じ血を分け合うものどもよ、私に従いなさい。指揮は私がとります!」


 リタが敵陣真っ只中の木に飛び移り、手から硬化させた爪を飛ばしつつ声を張る。 

 爪は容赦なく指揮官を直撃し、目を潰していった。


「このまま押し込むぞ!」

「分かった! 総員、胞子攻撃だ! 同時に戦線を圧迫させろ!」


 カエンタケが吼え、命令を下す。

 キノコたちが一斉に毒の胞子を放つ。神経系に働きかけ、吸い込んだ相手の動きを鈍くさせる効果がある。もちろん、ニルヴァーナたちは毒に耐性を手にしている。

 事実上、相手にだけかかるデバフである。


「グッ、ぎいぃっ……!」


 動きの落ちたゴブリンに、キノコの眷族たちが襲い掛かる。植物のツタで強化された上にデバフがかけられていては、ゴブリンたちに抵抗する術はなかった。


「ぎぃっ!」

「ぎゃいんっ!」

「ぐうっ!」


 黒狼も切り捨てられていく。

 犠牲らしい犠牲が出ないまま、戦況は圧倒的にニルヴァーナ陣営有利だった。指揮系統は乱れ、数の優位性も相手は失っていく。


 《上等な首尾だ。だが、ここからが勝負》


 ニルヴァーナに、この戦闘を長引かせるつもりはない。

 むしろ、持久戦は不利だ。

 疲労対決となれば、相対する数が多いこちらの方が、疲労は早い。


「さて、と」


 ニルヴァーナは大混乱の最中、更なる一手を打つ。

 ミシミシと音をたて腕を変化させ、敵方の指揮官たちに狙いを定める。大きい反動を伴って放ったのは、礫。

 一直線に突き進み、礫は指揮官の頭を撃ち抜いた。


 《相手の統率を奪っていく。頭を潰せば、後は烏合の衆でしかない》


 ニルヴァーナはそれに徹底していた。

 とにかく混乱の継続と、矢継ぎ早の攻撃。多彩な攻撃手段が、要といえた。


「ぎ、ぎぎぃっ!」

「逃げロ! もう、ダメだ!」

「ぎゃいんっ!」


 敵の士気が、完全に挫けた。

 めちゃくちゃな状態で、誰かが逃げた。堰を切ったように、敵たちは我先にと逃げ始めていく。


 勝利が見えた。


「よし、このままいけば――……! ……!?」


 額に汗さえ浮かべながら指揮を執っていたリタの表情が、変わる。

 響いてきたのは、ズシン、という重い足音。

 耳障りに、バキバキという倒れていく木々。

 轟いてきたのは、けたたましい野獣の咆哮。


 木々の葉を散らし、姿を見せたのは、三頭もの巨大な猪だった。


 今度は、こちらに混乱がやってくる。

 それどころか、咆哮で暴風を呼び起こし、逃げ惑うだけの敵たちごと眷族たちを弾き飛ばしていく。

 薙ぎ倒される木々、飛び散る草葉。


 圧倒的だった戦況が、瞬間的に覆っていく。


 異常に増幅させられ、荒れ狂うだけの魔力に威圧され、眷族たちに動揺が広がっていく。


「あれは……! ファルムめ、切り札をだしてきたか!」

「あんなバケモノ猪が三匹も……っ!」


 カエンタケも表情を変える中、唯一ニルヴァーナだけは泰然としていた。

 あの猪が出てくる可能性は頭に描いていた。さすがに三匹は少し意外だったが、対処不可な状況ではない。


「おい、ニルヴァーナ?」

「二頭は俺がなんとかしよう。残りの一匹はリタ。なんとかしろ。眷族を好きなように使って構わない」

「……主様のおっしゃるように!」


 リタが飛び出し、ニルヴァーナも歩を進めていく。


「大丈夫なのか?」

「無論だ。カエンタケ。お前は相手の大物……──ファルムとやらとの決戦に準備を整えておいてくれ」

「……! しかし」

「ヤツは必ずでてくる。こちらが動揺した今がチャンスだからな」


 ここであぐらをかくような愚かものではない、と、ニルヴァーナは相手を信じていた。

 もしニルヴァーナが反対の立場であれば、ここを見逃さない。


「さて、俺は俺の仕事をしてこよう」


 ニルヴァーナは意識を切り替えると、今にも突進を始めそうな二匹のバケモノ猪のもとへ走った。

 魔力を高めながら、ニルヴァーナは地面を蹴った。そのまま木の幹を駆けあがり、大きく跳躍してバケモノ猪どもの前に出る。


 《ここで、一気に叩く》


 ニルヴァーナは全身に稲妻を纏った。

 遠慮も何も一切ない、全力の稲妻。ここ一週間、タマやカエンタケから魔力についてのアドバイスを受けて、より強化したものだ。

 その性能は、バケモノ猿を退治した時とは桁違いである。


「まだコントロールに難があってな、味方を巻き込む恐れがあるんだ」


 今後の課題を口にしつつ、ニルヴァーナは両手を突き出した。

 バケモノ猪がそれに注目した、まさに刹那。


 ――ヴァリバリバリバリバリっ!!


 轟音が空気を切り裂いて響き、太く荒々しい閃光は瞬く間より疾く駆け抜けて、二匹のバケモノ猪をまとめて打ち穿つ。

 地面を震えさせる程の音は衝撃を生み、地響きを連れて広がっていく。

 そんな風を受けながら、ニルヴァーナはまた雷を宿した。


「……――ッガァっ……!」

「知っているぞ」


 全身から煙を上げ、前脚を折って倒れそうになりながらも佇む猪に、ニルヴァーナは一切の油断をしていない。

 全身からひねり出すように魔力を練り上げ、雷を迸らせていく。


「私の雷の一撃では、くたばらないことなど」


 ニルヴァーナは吸い上げていく。

 失った魔力を補うため、自分自身の周囲に咲かせていた、魔力を供給してくれる花たちから。周囲の植物が見るからに弱っていくが、割り切る。


 《今の一撃で分かった。稲妻では、倒しきれない》


 魔力の回復も無限ではない。

 電撃の痺れによって猪の動きを止めたが、それでこちらの魔力が使い果たしてしまっては痛み分け、否、こちらの負けだ。


「――天と地を駆け抜ける酷薄の使者。空の支配者、裁きの担い手、音を置き去りに怒りは涙さえ薙ぎ払う! 唸り穿て! 《雷迅轟破》っ!」


 ――呪文。

 この世界において、呪文とは因果律を解く奇跡の言葉。故に使いこなせるものはその奇跡の真理に辿り着いたものだけであり、通常、耳にすることはない。

 そのため、効力は絶大なものになる。――主に、威力の面で。


「呪文は封じようと思っていたが、誰にも聞かれないなら、構わないだろう」


 うそぶくように言いながら、両腕いっぱいに暴れる稲妻を、ニルヴァーナは再び放つ。

 轟音と閃光が、またバケモノ猪を襲った。

 

「「グヒイイイイイイイイイイイイ――――っ!?」」


 破滅的な威力を宿した一撃は、容赦なくバケモノ猪を穿ち、皮膚を焼き払い、筋肉から蒸発させていく。実にニルヴァーナの保有する九十%もの魔力を籠めて放たれた一撃は、必殺の威力と語るにふさわしい。

 幾筋もの落雷にも勝る破壊は、バケモノ猪を爆裂させた。

 ただの黒塊になった二匹の猪は、黒煙をあげながらぐらりと地面に倒れこんだ。


「……さすがに、疲れたな」


 絶命の様子を見ながら、ニルヴァーナは大きく息をつくと着地、その場に座り込んだ。





次回の更新は明日予定です。


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