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侵攻開始

 ――一週間後。夜更け。

 未だに精霊王崩御の報せで揺れ動く大森林の最中、黒の森で、動きがあった。


 さりげなく忍ばせた、雑草を装った探知特化のニルヴァーナの眷族が警報を発する。


 根を通じて、ニルヴァーナとリタに伝えられる。

 カエンタケから用意された家の中、ベッドで休息をとっていた二人は、同時に起き上がる。気配を察して、カエンタケも起きてきた。

 魔法の明かりがともり、家を照らす。


「動いたか」

「ああ」


 短いやりとりに、緊張感が忍ぶ。

 既にニルヴァーナは自分たちの眷族に命令を下している。カエンタケも、傍に控えていた伝令役に指示を与えてから、部屋に戻ってくる。このタイミングで、タマも起きてきて、広いテーブルを囲んで簡易的なミーティングを始めた。

 リタがテーブルに地図を広げる。

 ニルヴァーナが眷族を使って作成した、ランタンの森とダークロウの森の細かい地図だ。

 すでに幾筋もの線が走っている。

 眷族からの情報をもとに、ニルヴァーナはその線の一つをなぞった。


「予想通りの進路をとってきているな」

「このまま進むと思うか?」

「十中八九」


 ニルヴァーナは断言する。

 ここ一週間、人事は全て尽くした。むしろ準備が整いすぎているきらいまである。万全なこの状態で、予想外の事態の発生は考えにくかった。


「この進路を取りやすいよう、森の状態まで調整かけているからな」


 数日間もかけて、ニルヴァーナとリタは森の様相を緩やかに変化させていた。具体的に、雑草の密度を変化させて、獣道に近いものを敢えて作り出したのだ。

 しかも、道でない道には毒草やトゲの強い草を生やしたりして、通行しにくいようにも仕向けた。

 相手が何度か森を調査しにきているのも察しているので、おそらくほぼ確実に予想の道を通ってくるだろう。


「主様。連中の中にバケモノ猿どもの姿も見られるようです。数匹のようですが」


 リタが重ねて報告してくる。

 これも予想通りだ。カエンタケとニルヴァーナは同時に頷いた。


「斥候兼道案内だろうな。それと、動機付け」

「動機付け?」

「バケモノ猿を我らが不当に追い出した。故に我らを駆逐し、正当なる後継者としてバケモノ猿どものため、土地を奪い返す、という名目であろうな」

「そんなこと、タマたちしてないもん……」

「分かっているさ」


 あひる口になりながらべそをかくタマの頭を、カエンタケは優しく撫でてやる。

 事実として、攻撃を受けたのはむしろタマたちの方である。だが、そんなものは無視されているに違いない。

 ファルムはあくまでも己の都合のいいように解釈し、周囲からの目を欺くための理由付けをしているだけだ。


 《名目があれば、表面上は取り繕える。周囲からの邪魔は入りにくい、か》


 そういう部分もよく考えられている。


「かなり怯えている様子のようですね」

「数匹しかいないところから考えて、ファルムは見せしめにほとんど殺して、強制的に奴隷にでもさせたのだろう。だから斥候だと思うぞ。今回の斥候は、先行部隊。ただの使い捨ての駒だからな」

「行くも帰るも死、か……ならば少しでも生存確率が高い方を選ぶ、か。道理だな」


 つまりそれは、未だにファルムの方が恐ろしいと思われている証左。

 ニルヴァーナは確認しつつも、次の指示を眷族たちへ下していく。


「……ひどい。いくらなんでも……」

「なんとかしてみよう」


 タマの悲しそうな表情を見て、ニルヴァーナは宣言した。


「なんとかって?」


 一瞬だけ明るくなったタマだが、すぐに不安そうな表情を浮かべる。

 対して、ニルヴァーナは安心させるように、明るく微笑んだ。


「要は、奴等を無効化させて屈服させればいいのだろう? それなら簡単だ」

「ほんとうに!?」

「任せろ。さて、そろそろ我らも出向くとしようか。一世一代の戦いだ」




 ▲▽▲▽




 ざっ、と足音が無数に進んでいく。

 すでに周囲は薄く霧がかっており、暗がりが特徴のダークロウの森とは雰囲気が違う。

 ランタンの森。

 ファルムが狙っている領土の一つ。不思議なことに、ここには精霊王の欠片が二つも確認された。真っ先に攻め落とし、確保しておきたかった。

 精霊王の欠片があれば、正当なる後継者として認められるからだ。


 ファルムが揃えた戦力は、およそ三百二十。


 斥候兼道案内役のバケモノ猿に、先行部隊の黒狼。そしてゴブリンの群れ。中核を担うのは、黒熊どもだ。近接戦闘に特化した編成なのは、相手を武力で圧倒するためだった。

 その陣容の最奥に、ファルムはいた。

 黒光りする肌に、牙。変異種である、黒大鬼ダークオーガ

 純精霊たる彼は、恐ろしい力を秘めていた。


「駆逐させてもらおうか」


 ファルムは、鈍く嗤った。


「敵はおそらく、本土決戦を挑んでくるだろう。奴等の勢力は脆弱だ。そのまま進め。勢いのまま全滅させろ」


 バケモノ猿からの情報で、相手の数はかなり少ない。カエンタケともう一人――おそらく取り逃がした侵入者――強者がいるようだが、他は有象無象である。問題はない。

 とはいえ、いたずらに兵を損耗させるつもりはなく、ファルムも前に出る予定である。何せ、あの暴走させた猪を屠ってくれたのだから。


「もっとも、あの猪が一匹だけだと思ったら大間違いだがな」


 ぱちん、と、ファルムは指を鳴らす。

 直後、周囲で拘束されていた大量の猪が魔力暴走を引きおこし、一斉に悲鳴をあげはじめた。

 ぶしゅっ。と、血が飛び散る。

 ほとんどが死にゆく中、何匹かの猪が暴走を迸らせ、巨大化をはじめる。完成するには時間がかかるだろうが、間に合う算段だった。


「さあ。挨拶だ。見舞ってやれ!」


 戦闘の火蓋が今、切られた。




 ▲▽▲▽




 雄叫びが聴こえた。

 相手の戦意を高めるための、雄叫び。森を容赦なく切り進んでくる。既に場所はランタンの森であり、用意された道を敵の軍勢は突き進んできていた。 

 関係のない動物たちが逃げ惑う中、ニルヴァーナは指を静かに振った。


「はじめよう」


 合図を受け、眷族が動く。

 合わせて、カエンタケも指示を下し、攻めてくる敵軍の前に立ちはだかった。


「ここから先は一歩もいかせんぞ!」


 波打つ剣に炎を宿し、カエンタケは十名近い兵士を連れて構える。

 それだけでバケモノ猿と黒狼は怯むが、ゴブリンが煽り、関係なしといわんばかりに突撃を開始する。予想通り、数で攻めてくるのだろう。


「ならば――死ねっ!」


 カエンタケは剣から威圧を最大限に放った直後、後ろに下がった(・・・・・・・)

 虚を突かれ、一瞬、敵の動きが戸惑う。

 そこに生じた隙を、ニルヴァーナの眷族たちは逃さなかった。

 森の陰、木の枝葉や雑草の中に潜んでいた眷族たちが、一斉に起き上がり、挟撃を仕掛ける。人の姿を辛うじて保っている程度の植物。それらは棘を宿しつつ、両腕をほどくように植物のツタを高速で放つ。


「「「ぎゃいんっきゃいんっ!!」」」


 その高速で放たれたツタの棘が黒狼の皮膚を掠め、激痛を与えた。

 毒だ。

 毒性そのものは低いが、ただ激痛を与えるものだ。沸き起こる恐慌。ニルヴァーナの眷族たちは、文字通り挟撃を開始し、黒狼を屠っていく。


「な、なんだこれ……!」


 指揮官だろうゴブリンが、驚愕を口にする。

 その瞬間、ゴブリンたちの背後からも襲撃が始まった。同時多発的多角奇襲。

 完全に森の中へ溶けこめる、ニルヴァーナの眷族だからこその攻撃だった。


「ぎゃあっ!」

「ぎぃっ!」

「げぎぃっ!」


 次々とあがる悲鳴。

 辛うじて程度ではあったが、組まれていた陣形が乱れる。そうなると、乱戦にしかならない。ニルヴァーナが狙っていた通りの展開だ。


 《こうして包囲した状態で乱戦に持ち込めば、数の不利をカバーできる》


 加えて、相手は大混乱状態で、こちらは冷静。地の利もある。

 それでも立ち直りが早い敵もいて、小隊を組んで正面突破を図ってくる。素早く正面から相対しているカエンタケと、タマの眷族たちが立ちはだかった。


「雑魚の分際で、いきがるな!」


 ゴブリンが血のついた棍棒を手に突撃していく。

 兵士たちが、一瞬だけ怯んだ。

 決して強いとはいえないゴブリンだが、タマの眷族たちは、近接戦闘においてゴブリンにさえ敵わない肉体的脆弱さが弱点だ。それは特殊能力が備わっているせいだが、こうした接近戦になりやすい戦闘では圧倒的に不利だ。


 ゴブリンは知っている。


 だからこそ、強気の突撃だった。

 カエンタケが前に出れば、なんとかなるだろう。だが、後に控える存在のことを考えると、今、カエンタケが損耗するのは得策ではない。

 作戦を知っている兵士たちが、覚悟を決めたように前に出た。


「げげげっ! 死ねぇっ!」

「――死ぬのは、そっちだ」


 兵士たちを、真緑の植物のツタが包み込む。それは兵士たちを一回り巨大化させただけでなく、肉体的に強化させる。

 瞬きの間。

 兵士たちは一気に加速し、ゴブリンとの距離を急速に詰める。

 驚いたゴブリンが怯んだ瞬間、兵士たちはその植物のツタを変化させ、しなる棘つきの鞭としてゴブリンを強かに殴りつけた。

 直撃を受けたゴブリンは昏倒し、大きく吹き飛ばされる。木に、あるいは仲間に激突して、そのまま倒れこんだ。


「今までの俺たちと、思うなよっ!」


 兵士たちの咆哮は、一陣の風となって、敵方に吹いた。

 戦況は、一気に傾こうとしていた。








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