ニルヴァーナの成長
「まずは戦力の増強といくか。タマよ。俺に《祈祷》を教えてくれ」
「《祈祷》を? いいけど……」
「まずはニルヴァーナの眷族を増やして、数を揃えるのか? だが……」
「うん。《祈祷》の習得って、簡単じゃないよ?」
渋い表情のカエンタケにタマの表情もどこか暗い。しかし、ニルヴァーナには自信がある。本来の過程を飛び越えて魔法を習得したのである。
「だが、ここで手に入れられなければ、何もできんからな。頼む」
「……うん、わかった。じゃあ、ニルヴァーナさんは魔法使えると思うんだけど、その基礎は知ってるって思っていい?」
「基礎?」
問われて、ニルヴァーナは麒麟から授かった知識を検索する。
「この世界を構成する魔素と五行の真素。これらを精神力で混合させ、暴走させることで因果の道から外す。これが魔法の基礎だろう?」
「うん。地・水・火・風・金。この五行の真素で世界はなりたってて、命は必ずこのどこかに属して、親和性をもつんだよ」
「うむ。しっている」
カエンタケなら火だ。ニルヴァーナの場合、稲妻を操れたので、水、風、金の三つに親和性を持っていることになる。
この時点でかなり恵まれていて、タマも見ているはずなのだが、厳しい表情は変わらない。それほどの難易度という意味だ。
「《祈祷》というのは、この五行の真素すべてに働きかけて発動させる術なの。だから、全ての属性を感じて発動させないといけないんだけど……」
「ふむ。こうか」
「うん、そうそう、ってなんでできるのーっ!?」
あっさりとやってのけたニルヴァーナに、タマはたまらず声をあげた。
涙すら薄っすら滲む反応に、むしろニルヴァーナは首を捻った。
「なんでも、と言われてもな……俺は植物だろう? だから土と水は元々親和性があるし、雷を扱えるようになったことで、風と金も感覚を掴んだ。火に関しては、カエンタケの攻撃を受けたから、火の感覚もある。それをなんとかしたまでだが?」
当然のように言い放つニルヴァーナに、タマはがっくりと肩を下げた。
「私……感覚を掴むだけで、一年くらいかかったのに……」
「気にするなタマ。一年ならかなり早い方だ。こいつがちょっと全方位的におかしいだけだ」
そんなタマに、カエンタケは寄り添って慰める。
「全方位的にってなんだ、全方位的にって」
「そのまんまの意味だ。規格外め」
どうして睨まれるのか、ニルヴァーナは本気で理解できなかった。
できてしまった以上は仕方ないのである。
とはいえ、抗議している時間も惜しい。ニルヴァーナは続きをせがんだ。タマは落ち込んだ様子を見せながらも、実践しながら解説を再開した。
「そ、その感覚をフルに使って、こんなかんじに、同じくらいに調整して、対象に力を分け与えるイメージでいいんだよ。こう、ほら、水に意思を落とすと波が出るっていうか」
「波紋をイメージすればいいんだな」
「うん、そうだよ! 後は、自分と相性のいい眷族さんたちが力を吸収して、成長してくれるんだ」
「なるほど。術の発動には何度か練習が必要そうだが、なんとかなりそうだ」
理論的には、《祈祷》により周囲の力を取り込むことで己を極大に活性化し、魔核を分け与え、さらに《祈祷》のエネルギーを与えることで魔核を活性化させるのだろう。
手ごたえを掴んだニルヴァーナはそう告げて、タマはまた口をぽかんと開けた。
「……すごすぎない?」
「本当に謎だからな、こいつは。ニルヴァーナ。本当にできそうなんだな?」
「任せろ。それと、まだ提案はあるんだ」
「提案?」
「お互いの戦力増強だ」
訝るカエンタケに、ニルヴァーナは不敵に笑いながら答えた。
「失礼な話で悪いが、そちらの個々の戦闘能力は高くはないだろう。だから、俺の眷族の力を使って強化してもらう。反対に、俺の眷族も強力な戦闘能力を保有できるかどうかは未知数だ。リタが生まれたのは、本当に奇跡だったからな」
リタは特別だ。
様々な条件が重なりに重なって、結果、ニルヴァーナと近い条件を手にしたのだから。
カエンタケは納得したように手を叩く。
「相互強化か。なるほど。具体案はあるのか?」
「俺は、眷族の成長や傾向をある程度調整ができる。そこで、ある程度命令がきいて、棘のついたツタで武器となり、鎧となる眷族をパートナーとさせることで、全体的な底上げをさせたい」
「……願ったり叶ったりだな。こちらの皆は耐久性に欠けるからな。そっちは?」
「毒の獲得をさせたい」
はっきりした要望に、カエンタケは腕を組み、少し思案するように首を捻る。
「構わないだろう。こちらもある程度の幅がある。何が欲しい? いっておくが、猛毒はそちらにとっても危険だぞ?」
「分かっている。麻痺系の毒と、平衡感覚やそういった感覚を乱す系の毒がいい。後は、毒性は低くて構わないが、強い痛みを与えるものがいいな」
「分かった。そのオーダーならなんとかできるだろう。どうすればいい?」
「サンプルを俺にくれ。俺が獲得すれば、分け与えられる」
「分かった」
やり取りは短く進んでいく。その隣で、リタは真剣な表情で考え込んでいた。
ニルヴァーナの狙いを分析しているのだ。
彼の副官を自負するリタにとって、必須の作業だ。合わせて、ニルヴァーナが展開した索敵用の眷族たちからの情報もかき集めていく。
まだ幾ばくも経っていないのに、相手の動きはある程度活発だった。こちらの情報収集能力を侮っているのだろうか、筒抜けだ。
リタはもう悟っている。
今回の戦い、情報をいち早く手にすることはとても大事であると。
「次に罠だな」
「主様。それならお任せを。リタめが、この目で地形を隅々まで把握してみせます」
ニルヴァーナの意図を察しているリタが跪きながら進言してくる。
うやうやしいリタの頭を、ニルヴァーナはそっと撫でた。
「わかった。任せよう。その間に俺は毒の獲得と眷族を増やす」
「承知しました。では」
リタは一礼してから、さっと走り去っていく。見送ってから、カエンタケは口を開いた。
「罠、というのはどういうことだ?」
「相手は必ずこちらに攻めてくる。だったら、地の利のあるこちら側の領地で迎え撃つのが最適解だろう。色々と仕掛けも施せるしな」
「籠城、ということか。だが、相手の戦力は凡そ五百は下らないぞ。戦力差は大きい」
「そうだな。俺が《祈祷》に成功したとして、おそらく兵士となれるのは五十くらいだろうからな、到底及ばない」
ニルヴァーナは過剰評価はしない。確実に出せるだろう数字をまず口にする。
「ならばどうするつもりだ?」
「まず、その相手は全勢力をこちらには向けられまい? よくて三百程度だ。対して、こちらは全力をあてられる。戦力差は思ったよりも小さいだろう」
「それでも三倍近いぞ」
「だから地の利を活かすんだ。罠と奇襲さ。森という、身を隠すのに有用なエリアに、隅々まで把握している地の利を活用すれば、いくらでも削れるだろう」
それに、と、ニルヴァーナは付け加える。
「兵士の質、特に連携においては、我らの方が有利だろうし、俺やカエンタケといった、強者もいるからな」
「タマは戦力に数えるなよ。それに、強者ならファルムが向こうにいるだろう」
俺たちよりも強い。
と、悔しそうにカエンタケは続けた。ニルヴァーナはそれを鼻で笑い飛ばす。
「だが一人だ。我らは二人……リタもいれれば三人だぞ? これだけいれば、多方面作戦において有利だ。後、訂正だ」
「訂正?」
「我らはこれから更に強くなる。ファルムの想定を超えるぞ。そのための毒の獲得でもあるんだからな」
ニルヴァーナは不敵に笑い、カエンタケが呼び寄せたキノコたちの胞子を受け入れていく。
全身に毒が回るが、強力な再生能力と《進化促進》スキルによって克服し、獲得する。
十分に使えるレベルなのを確認してから、ニルヴァーナは魔力を高めた。《祈祷》の準備である。
察知したカエンタケが目を見開く。
「おい、もう始めるのか? 何度か試すとかいってなかったか?」
「毒は手にはいったからな。どんな眷族を生みだすのか、もう決めているし……それに、シミュレーションならもう終えている。呪文を唱えないといけなさそうなのが難点だが、今なら誰にも邪魔されないから、問題ないだろう」
「「は?」」
「──陰陽の切り文字、黒白が座す線の五つの星祖、金の呼び声、土の唸り声、水の鳴き声、火の吠え声、風の叫び声。重なり奏でよ力の源、いのちにくべよ欠片のソナタ、ゆきてかえらぬ揺らぎを抱け、光よ!」
カエンタケとタマの抜けた声を無視して、ニルヴァーナは呪文を完成させる。
瞬間、虹色の光がニルヴァーナを包み、そこを通じて地面に広がっていく。直後、地面がボコボコと沸騰したように噴き出し、人型の植物を生み出していく。
《祈祷》による加護を受けた眷族たちだ。
その数は凄まじく、次々と生まれていく。
鬼の血と、麒麟の骨格、そして膨大な魔力。一気に解放され、ニルヴァーナはものの数分で百体もの眷族を生み出した。
「な……なっ……!?」
「ウソ、だろ……!?」
絶句する二人を背に、ニルヴァーナは薄っすらと額に浮かんだ汗を拭う。
「ふう。こんなものか」
「こんなものか、じゃないぞ! ニルヴァーナっ!」
「いきなり背中から怒るな、ちょっと焦ったぞ」
肩を怒らせながら叱りつけてくるカエンタケを振り向きながら、ニルヴァーナは少し困った表情で返す。
「いきなり《祈祷》を、しかも高等呪文を添えて成功させるとかどういうことだっ! そんな芸当をこなすなんてただごとじゃないぞ! それこそ賢者とか、魔導大師くらいなものだぞ! お前本当になにものなんだっ!?」
詰問されて、ニルヴァーナは返答を詰まらせた。
言えない。麒麟の知識をフル活用しただけだ、などとは。どうも麒麟から与えられたものの中には、とんでもない高度なものが含められているらしい。
「細かいことはいいじゃないか」
「全っ然細かくない! 確かに鬼は魔力も高いし魔法適性も高いが……! とにかく、とんでもないことをしてるんだぞ! わかっちゃんか!?」
「分かった。とりあえずカエンタケが噛むくらいにはとんでもないってことは理解した。今後は多用しない」
「そうじゃなくて、なんで使えるんだって聞いてるんだが?」
低い声で睨まれ、ニルヴァーナはそっと目をそらした。
「企業秘密だ。というか、細かいことは今はおいておこう。大事なのは戦力が予想よりも確保できたことだろう?」
「む……それもそうだが」
「それに、予定よりも大分高い知性も確保できたんだ」
ニルヴァーナがそういうと、彼の眷族たちが一斉に跪いた。
あまりに異様な光景に、タマが「ひっ」と驚いた。
「これは、面白いことができるぞ?」
自信満々に、ニルヴァーナはほくそ笑んだ。
次回の更新は明日予定です。
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