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作戦会議

 ──精霊王、崩御。

 その報せは、瞬く間にフリードリッヒ大森林の全土に広がった。悲しみに嘆くもの、自らの野望に勇むもの、思慮深く沈黙するもの、呆然とするもの。様々な陣容で、反応は異なった。

 ただ一つ。

 安寧の時は、終わったのだ、という事実の理解だけは、全員が一致した。


 静かなはずだった森が、騒がしくなっていく。


 たったこの瞬間から、森の安全は消え去った。

 気を急かせるような気配が蠢く中、ニルヴァーナたちもまた、事態に対処しようとしていた。この状況下、ニルヴァーナたちは間違いなく弱小勢力である。

 判断を間違えれば、一瞬で蒸発してしまう。

 だからこそ、慎重に考える必要があった。


 ことに、精霊王から最後の最後、届けられたものについて。


 受け取ったのは、ニルヴァーナと、タマ。

 ともに、精霊王から王と認められた存在である。二人の胸元には、今、キラキラと虹色に輝く、小指ほどの大きさの宝石が浮かんでいた。

 感じる波動は明らかに精霊王のものだ。


「これは、いったいなんだ?」


 物珍しそうに眺めつつ、ニルヴァーナは疑問を素直に口にした。

 一方で、タマはとても大事そうに胸に抱きしめている。目には、うっすらと涙さえ浮かべていた。カエンタケも慈しむように、そっとタマごと宝石を抱きしめる。


「リタ、分かるか」

「……申し訳ありません、主様。私の知識にもありません……ただ、感じ取れる波動は、確かに精霊王のものかと」

「うむ。それは俺も感じているんだが……」


 それが何を意味するのかが、分からない。

 これは二人が落ち着くのを待つしかないか、と、ニルヴァーナが考えた矢先、遥か遠くから強大な気配が風となって周囲を凪いだ。

 ビリビリと、嫌な気配と敵意が痺れるように肌を刺激した。


「この気配は……ダークロウの森のそれか」

「おそらく、ファルムとかいう下賤の輩かと」


 警戒を強めながら、リタがいう。戦闘態勢に移行しているが、ニルヴァーナは警戒程度に留まっている。明確なメッセージこそ分からなかったが、なんとなく理解できた。

 ゆっくりと、ニルヴァーナは目を細める。


 《これは、宣戦布告というわけか》


 いつでもここを潰せる。という、メッセージそのものだ。

 受けて立つつもりだ。ニルヴァーナは内心で戦意を昂らせる。


「ファルムのヤツめ……あざとい。もう嗅ぎ付けたか」

「嗅ぎ付けた?」

「これのことです、ニルヴァーナさん」


 タマはさっきとは全く異なる、真剣そのものの表情で、宝石を見せてきた。


「これは、精霊王様の欠片です」

「欠片」

「そうだ。精霊王様が命を散らすその刹那、自らの魂を結晶化させたもの。おそらく、親精霊王様派の統治者に配られたのだろう」

「それの意味するところは?」


 一瞬だけ、カエンタケは言葉を選ぶように悩んで、息を吐いた。


「考えられるのは、加護の代替と……王の資格、だな」


 加護の代替。それはなんとなく理解できた。

 だが、王の資格の方は分からなかった。何故ならば、ニルヴァーナは精霊王から、王となる許可を得ているのだ。今更資格とはどういうことか。

 ニルヴァーナは目線で、更なる疑問をぶつける。


「この王の資格というのは、次代の森の統治者――精霊王になる資格のことを意味している」


 カエンタケは難しい表情を浮かべながら解説した。


「精霊王様が声明を出されたのは、お前に統治者としての資格を与えたんだ。精霊王様が統治している以上、勝手に王を名乗ることは反乱に等しいからな」

「なるほど、それを避けるための声明か」

「通常、考えられないような特例だがな」


 カエンタケは探るように見てくるが、ニルヴァーナはしれっとそらした。

 考えられる可能性があるとすれば、麒麟だろう。

 麒麟はニルヴァーナを気に入っている。精霊王と麒麟は知り合いらしいことはあの短いやり取りで察していた。故に、双方で何かしらのやり取りがあっても不思議ではない。


 《恵まれてはいる、か……》


 おそらくは興味本位なのだろうが。

 それでも奇貨を二度にも渡って手にしたことには違いなく、ニルヴァーナとしてはありがたく受け入れるだけだ。


「話を戻すぞ。この精霊王様の欠片は、次代の精霊王の資格があるとみなされたものに与えられるものだ。つまり、候補者ともいいかえられるな。逆に、これを持っていないものはどれだけ覇を唱えても、認められることはない」

「……ということは、どれだけ配られたかは知らんが……」

「持たざるものは、持つものを狙うだろう」


 分かりやすい構図だ。

 むしろこれは、森に大いなる混乱をもたらす可能性もある。精霊王たるものが、気付かないはずがない。すべては分かっていての仕業だろう。

 ともあれ、所持していれば有利条件ではある。


 《不利益よりも利益が勝る。そういう計算なのだろう》


 思考を巡らせていると、タマは宝石を握りしめながら、祈りを始める。

 王女が使える、周囲に加護を与える秘術。《祈祷》だ。

 淡い光の波紋が幾重にも周囲に広がり、ただのキノコだったものが巨大化、次々と人の姿を得ていく。その数は、ざっと見ただけで、六十人ほどにも及ぶ。

 皆が皆、キノコの傘を頭に携え、簡単な武装を施されている。感じる魔力は決して強力ではないが、高い知性を感じさせられた。


「眷族を、増やしたのか?」

「ええ。この資格があれば、と思ったけど、成功したわ」

「なるほど……加護、か」


 強力な眷族を生み出すには、必須の条件のようだ。

 ニルヴァーナは腕をくんで考え込む。

 索敵に特化させた眷族たちは、もうすぐ配置が終わる。とりあえず、奇襲には直前とはいえ、気付くことはできるだろう。


「それでも六割程度だがな。いないよりかは遥かにマシか」

「再びこの姿に戻れたこと、感激の極みです。我ら、命を賭してこの状況下に対処いたします……!」


 兵士たちがタマとカエンタケにひざまずく。

 ニルヴァーナは横目に見ながらも分析は欠かさない。忠誠度は高く、ちゃんと会話も成立している。個々の戦闘力はともかく、戦術的な行動はしっかりととれそうだ。集団戦闘で活躍が見込まれる。

 むしろ、ここランタンの森は、そうやって集団で守ってきたのだろう。

 バケモノ猿どもも、集団で行動をとっていたことからも、察せられた。


「カエンタケ。網の展開は終わったぞ」

「そうか、助かる」


 カエンタケの表情は未だに暗い。当然だ。

 見通しがまったく立たない状況下なのだから。そればかりか、刻一刻と、森全体の勢力図が変化していても不思議はない。

 どれだけやったとしても、安堵は不可能であろう。


「これからどうしよう、お兄ちゃん……」


 タマが不安そうな表情で、抱きよった。

 カエンタケは片手でタマを受け止めつつ、険しい表情で俯く。何があっても守り抜く、といいたいのかもしれない。だが、安易にそう口にできる状態でもない。


 目下、敵対しているファルムでさえ、カエンタケ一人ではどうにもできないのだ。


 その事実が、彼を苛んでいく。

 ただ暗くなっていくばかりの空気を切り裂いたのは、リタだ。


「とにかく状況の整理からはじめないといけませんね」

「そうだな。現状はなんとなく把握できている。精霊王が崩御したことによる後ろ盾の消失と、森全体の混乱。そして、敵対勢力の増長。また、ここにある精霊王の欠片が二つもあるという特異的状況下から予測されるのは、ダークロウの森の連中から、強く狙われるということ。奴等は持っていないのだろう?」

「ああ。ファルムは反抗的だったからな」

「付け加えて、ダークロウの森の勢力拡大と、こちらの縮小。戦力もダウンしている。もともとの六割程度に落ちた戦力に加え、バケモノ猿の逃亡のダメージは小さくないだろう」

「そうだな。バケモノ猿は愚かだが、格闘能力はあったからな……」

「まったく、どれもこれも悪い情報ばかりですね」


 うんざりしそうなリタに、ニルヴァーナも同調しそうになる。

 とはいえ、そこでうなだれていては意味がない。それに、まだ整理は終えていない。


「だが、このランタンの森と明確に敵対しているのは、ファルム――ダークロウの森だけなのだろう?」

「そうだな。他は明確な統治者がいないエリアだからな」


 カエンタケの肯定に、ニルヴァーナは希望を見いだす。

 フリードリッヒ大森林に、明確な国境線はない。

 ただ、統治者がいる場所を中心とした一定範囲に影響力が出る(これは統治者の強さによって範囲が変わる)。その範囲が統治領土となるだけだ。その影響力がほとんど及ばない領域は、必然的に空白地帯となる。森には精霊化していない動植物たちも多いのだ。

 つまり、ランタンの森の周囲で脅威となるのは、ダークロウの森だけだ。


「反対に、向こうには?」

「ランタンの森の向こう側には、確か親精霊王様派のフェイミーの森がある。フタツノウサギが統治しているはずだ」

「こっちとの仲は?」

「悪くはない。だが、渡りをつけるのは少々骨が折れるな。空を飛べれば別だが……」


 カエンタケは地面に簡単な地図を描きながら解説する。

 ファルムの森は歪な形で範囲を広げている。これは、ダークロウの森が外部から眷族を増やしているのが原因で、ファルムが狡猾に動いている証拠だ。

 

 《強さもあるが、周囲を弱体化させつつ、自身を強化しているということ。それも、連携を取りづらいように》


 戦略としては、実に正しい。

 相手は決して愚かではなく、ちゃんと考えている。だが、まだその戦略は完成していないと考えられる。否、ニルヴァーナが関与したことによって、崩壊した。


「とはいえ、反対側にも仲間といえる勢力があるなら、相手は全勢力をこちらに向けられないだろう。反対に、こちらは全力を傾けられる」

「立地条件の利があるのか、こっちには」

「そうだな。こちらも勢力を伸ばしていけば、対抗出来るだろう」


 そして、勢力を拡大する速度であれば、ニルヴァーナは自信があった。


「ここからは速度が重要になってくるな」

「……何か策があるのか?」

「うむ。要するに、相手の予想を超えればいい」


 カエンタケの言葉に、ニルヴァーナは強く頷いた。

 勝利のカギは、この精霊王の欠片にある。タマはこの欠片を使って、眷族を強化させた。であれば、ニルヴァーナにも可能のはずである。

 加えて、相手の侵略してくるという絶対的な意思の源にもなっている。これも利用できると睨んでいた。


「揃えるのは、戦力と罠だな。俺なら、そのどちらも用意できる」


 ニルヴァーナは腕を組んで笑んだ。




次回の更新は明日です。

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