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そのはじまり

今日から連載開始します。

残酷な描写があります、ご注意ください。

 彼、あるいは彼女は、まさしく雑草だった。

 人の手の入らない、魔と精霊の聖地──フリードリッヒ大森林の中に自生する、数多ある名もなき雑草のなかのたった一つだ。

 学名などない。人になんら益をもたらさない植物に、与えられるはずがない。ましてこの雑草は、存在さえ認知されていない。正しく路傍の草でしかなかった。

 ただ日々を、生存本能のままに生きるだけ。


 そんな雑草の前で、惨劇は始まる。


 生々しい打撃音と共に転がってきたのは、全身を血で染めた鬼の子だった。もとは薄桃色の美しいはずの皮膚は、その血と、打撲による内出血で無惨な状態だった。

 鬼の子の口から、血が漏れる。

 顔はずんぐりと腫れていて、すでに片目はない。右腕はありえない方向にへしゃげ、腹は抉られ、臓物が垂れ落ちていた。


 濃厚な死の気配。


 それでも屈強な種族である鬼の子のあまりに幼い身体は、周囲の魔力を吸い込んで再生を試みていく。

 そんな生物としての正しい欲求を嘲笑うように、赤い光線が幾つも小鬼の全身を貫く。


「ぎゃんっっ!!」


 激しくのたうち回る鬼の子。

 傷口が灼かれ、出血はない。だからこそ、激痛が鬼の子の神経を舐めるように丁寧に焼く。


「まだ死なないのか……そういうとこだけは鬼の子だな」

「役立たずのくせにねぇ。なんのために産んだんだか」

「早く死ねばいいのに。本当に迷惑だ」

「望んで産んだ子じゃないのに」

「そのくせ、グズでノロマでゴミクズだ。何一つできやしない。情けねぇ」


 口々に放たれるこころのない声は、信じられないことに小鬼の両親のものだった。

 薄汚いそれは、切れ味の鈍い刃物のように、小鬼の心を無惨に切り刻んでいく。身内に否定されることほど、辛いものはない。


「ううっ……!」


 あふれでる、涙。

 直後、踏み込んできた鬼が鬼の子を背中から全体重をかけて踏みつけた。

 決定的で、致命的な破砕音。

 背骨を踏み砕かれ、鬼の子は地面に沈みこみながら、声なき悲鳴をあげた。それだけに終わらず、鬼は鉈を振り下ろし、左腕を切り落とす。

 鬼は鬼の子から離れ、その鉈を砕けた背中にも次々と振り下ろす。


「…………っ! …………!?」


 ──どうして。


 ────どうして、こんな目に。


 ────────ひどい。ひどいよ。


 鬼の子は慟哭し、ただ、絶望していく。

 自分はもう、助からないのだ。


 ──ちゃんとやるから。ちゃんとがんばるから。だから、許して。


 そんな訴えは、声にならず、吐息だけになった。


「あっはははははははは!」

「死ね、さっさと死ね!!」


 両親の、嘲笑と罵声。

 それを浴びた鬼の子は絶望し、再生能力にとうとう限界が訪れる。

 筋肉の弛緩が始まり、鬼の子の悲しみに満ちた目も緩んで、光が失せた。

 急速に終わっていく意識と痛みに、鬼の子は恐怖と絶望の最中、一つの感情を強く励起させた。


 ──許せない。


 憎悪。


 ──コロシテヤル。


 忿怒(ふんぬ)


 ──フクシュウ、シテヤル。


 怨念。


 それは魂に奥深く刻み込まれ、魔力となって流れでるばかりになった血に染み込んでいく。


 ──《祈魂法(きこんほう)》。


 知らずと、鬼の子はその秘術を発動させたのだ。

 それに気付かず、鬼の子の死を知った鬼の両親は、図々しい足音を残して去っていく。

 ただの骸となった鬼の子は、秘術を発動させた代償に、肉体が滅びて砂となっていく。

 そんな血と砂を、雑草はその葉から、根っこから、容赦なく取り込んでいく。




 ▲▽▲▽




 《雑草》がその全てを吸収できたのは、たまたまだった。

 ただ、周囲の草が鬼の子への凄まじい攻撃のせいでほとんど駆逐されてしまったからだ。


 おびただしい怨念のこもった魔力を一身に浴びて吸った《雑草》に、変化が訪れる。


 スキルの習得だ。


 ――雑草が得たのは、《進化促進》というユニークスキルだった。


 同時に強い魔力を宿し、それは一気に凝縮。赤紫の光に《雑草》は包まれる。

 自我を持つほどの強い魂が宿った瞬間だった。


 《――俺ハ、草か? それトも、鬼カ? いや、どうでモいいカ。復讐セヨ、復讐セヨ》


 強い恨みを持って、《雑草》は悶える。

 鬼だ。あの鬼に、鬼どもに復讐を。

 その思いの強さは、まさに命にふさわしく、そして加速度的に進化を始めた。


 《雑草》は、元々弱い種だった。


 栄養状況も悪く、遠からず周囲から駆逐されていただろう存在だ。大地の恵みを受け取るための根が、周囲よりも弱く、いつも僅かしか栄養を受けられなかったのだ。むしろ今まで生き残れてきた方が奇跡と言えよう。

 だからこそ、まず生き残ることを優先した。


 まず大地の恵みを一身に受けられるように進化する。


 それは正しい生存競争だった。

 より強く、太く、深く、広く。

 根をどんどんと増殖させ、成長させ、周囲の栄養を根こそぎ自分のものとする。

 植物とはとても思えない速度で根を増やし、周囲に僅か残っていた他種の草を、根こそぎ駆逐し、枯らしていく。


 《――俺ハ、強くナらなイといけなイ》


 求められるがまま、《雑草》はその茎を、葉を強くさせていく。

 濃紫の茎に、深紅の棘のついた黒い葉。

 禍々しい見た目そのままに、太陽からの栄養も強く吸収していく。僅か一週間程で、《雑草》は周囲のどの草よりも逞しい姿に変貌していた。


 向かうところ敵なし。


 そう思えるほどの勢いだったが、草たちも負けてはいない。

 集団となって、《雑草》を駆逐しようと迫ってきたのだ。しかし迫る草たちに自我はない。ただ、生き残りたいがため、結果的に集団となっただけだ。

 故に容赦がない。再び、自らの周囲に草が生えだしてくる。


 《少しズツ、栄養が奪われテいく。このままでハ……》


 危機を悟った《雑草》は、凄まじい学習能力を発揮した。

 強い恨みがもたらす、生存への強い執着心が原動力だ。《雑草》は数の暴力を知り、覚え、自らの武器とし、また加速度的に進化していく。


 《数にハ数で対抗するノが、最適カ》


 《雑草》は、自らの根から、自らの分身を生みだした。

 栄養と力を分け与え、各々で迫ってくる《雑草》と対抗できるように。

 迫ってくる草どもに紛れて、眷属が芽吹き、一気に成長、周囲の草を枯らしていく。


 この戦略は、直撃した。


 圧倒的な強さを持つ《雑草》の眷属は、迫りくる草どもを全て駆逐する。

 その勢いに任せ、《雑草》の眷属は次々と大地から芽吹いていく。本体に比べると二回りほど小柄ではあるが、それでも周囲の草を圧倒し、一帯を支配した。

 子鬼が死んでから、ちょうど一ヶ月たった頃だ。


 たった数メートル四方とはいえ、勢力図を塗り替えた《雑草》は、順風満帆といえた。


 《このマま、俺も強化して大きくナれバ……》


 魂の本能に従い、《雑草》は自らの強化を選ぶ。

 だが。

 その矢先のこと、地鳴りのような足音がやってきたのを、《雑草》は全身で感じた。

 ざわざわと、全身が粟立つ。魂が再び慟哭し、強い怨念が全身を支配していく。


 ――鬼の、再来だった。


名 前:名もなき雑草

生命力:320/320

属 性:鬼/植物

特 性:ユニークスキル《進化促進》

魂のステージ《1》


次回の更新は一時間後予定です。

ブクマ等、お願いします。


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