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泣き虫と白刃2

降天器

天から遣わされたとされる超兵器。

大部分は人間に見合わない大型の武器で、展開中は体を支えるための衣を身につける。

人間には備わっていない未知の力、天力を所有者に与え、限定的な異能を発現することも可能。

降天器は人間に爆発的な力を与えるが、それには所有者側が降天器の存在を信じ、誓いを守らなければならない。誓いを反故にされた場合は、所有者は自らの内側から刃で貫かれることになる。

真っ白な石に、蝶の文様が彫られた椅子。同じ文様を拵えた机は、淡い水色のハイドレンジアに囲まれた場所に置かれている。

ここには景色なんてものはない。ただ水色のハイドレンジアと、白い机と椅子があるだけだ。

椅子は三つ。一つには、いつも女の子が一人座っている。自分はいつも遅れてきて、彼女は待ってくれている。


「昨日は役に立てたかしら」


「うん。とっても助かった。ありがとう、レイニィ」


女の子、レイニィはにっこりと微笑んで、机に置かれていたカップを手に取った。彼女のカップにはいつも紅茶が注がれている。自分のカップは、いつも空だ。

降天器を手にしたあの日から、レイニィはティアーレンスの中にいた。降天器を手にする瞬間と、夢の中でしか会うことができない存在。そんな曖昧な存在でも、確かに彼女はいると確信できる。

レイニィは、本当は降天器などではなかった。

ティアーレンスが島に住んでいた頃、友人は一人しかいなかった。ホワイトカンバスであるティアーレンスに親しくしてくれる人などいなかったのだ。

そんな自分と仲良くしてくれたのが彼女だった。

レイニィという名前は、降天器としての名前だ。人間だった頃の名前は他にあった。もうそれを、呼ぶことはなくなってしまったけれど。レイニィ自身も、かつて人間だった頃の記憶はない。

流星が落ちてきたあの日、ティアーレンスを庇って死んだ彼女は、一振りの武器としてその体を作り変えていた。

島に初めて現れた降天器ではあったが、落ちてきた流星の衝撃波によってほとんどの人は死んでいた。生きていた人々も、地面に刺さっていた降天器を抜くことはできなかった。

手にしては諦め、離れていく人々。

ティアーレンスはホワイトカンバスだったため、挑戦することもできなかった。

それが羨ましいとも、悔しいとも思わなかった。

ただその時は唯一の友人がいなくなってしまったこと、その友人の代わりに自分が生きていることが何よりも苦痛だった。

何故自分は生き残ってしまったのか。

友人の方がよほど必要な人間だったはずなのに。

だから、そう。

自分が生きていてもいいと思うためには、その価値を見出すためには、手を伸ばすしかなかったのだ。

白くなって白くなって、色が抜けてしまった体であっても。もういらないと、価値がない人間に生きている資格はないと言われても。

彼女をこのまま殺すわけにはいなかったのだ。

そして、ティアーレンスは武器を引き抜いた。生まれてから手にしていたような、異様に馴染む巨大な武装を振り上げて。

降天器所有者となったティアーレンスは、島の人々に殺されることになった。ホワイトカンバスごときが使っていいものではないと。

取り上げることなどできはしない。降天器は他人に使うことなどできない。

そういう『誓い』なのだ。

それでも向かってくる障害を、ティアーレンスは排除した。

自分より強かったはずの人々を、紙くずを破り捨てるように、ゴミが焼却炉に投げ込まれていくように、事務的に片付けた。


「なら良かった。ティアレったら、ずっと沈み込んでいるんだもの。ここにいる時くらい、明るくしたら?隠し事なんてしないって、約束したでしょう?」


「そう、だね。でも別に、何かあったわけじゃないよ。初めてのことばっかりで疲れただけ。起きたら普通になるから」


「普通になった時は会えないじゃない。もしかして、誓いを忘れたの?」


「そんな、まさか。忘れるわけない。でも心配してくれてありがとう、レイニィ。でも本当に大丈夫」


あの時自分を止めようとした障害を人だと思ったことはない。何より自分を人だと思ってこなかった人たちなのだ。

ただ無意味になって消えていくはずだった人間が、急に自分たちより上に立ったから。家畜が暴れたら処分する。そういう行動だったのだ。

人を助けるために、武器を手にしたはずだったけれど。

最初にしたことは、敵を殺しただけだった。


「ほら、また。暗い顔してる。ねぇ、ティアレ。ちゃんと使ってね。武器は殺すためにしか使い道がないのだから」


「わかってるよ、レイニィ。私の願いのために、貴女には手伝ってもらわなくちゃ」


武器は道具だ。

どれほど強くても、人の言葉を話しても。その域を脱することはない。

例えその武器が、友人と瓜二つの姿であったとしても。


「もう起きるよ。またたくさん働かなくちゃ」


「えぇ、無理しないしようにね」


「ホワイトカンバスは、頑張らないといけないんだよ」


「…ティアレ!」


言いたいことはわかっている。もうホワイトカンバスなんて名前に意味はない。もう無価値なんかじゃない。

それでも、なんの違いがあるのだろう。

自分は無色に違いない。色が抜け落ちたただの白色だ。なんの価値もない色だ。


「じゃあまたね、レイニィ」


悩みのない人間にそれを教えて欲しいと言われても困るように。レイニィから与えられる優しさは自分にはなんの価値もない。

そんなもの、貴女の弱みを握りたいですと言っているようなものだ。信用できる要素がない。でも、それでもよかった。

この先に自分の求めるものがある。

また、朝日が昇ってくる。

意識が覚醒する頃に、レイニィの場所は見えなくなる。

夢と現は表裏一体。どちらかしか存在できないから、その一枚の紙の厚さ分、自分が繋いでやらなくてはならない。


「ん…」


眠い瞼をこすり、体を起こす。

感じたこともないような柔らかい布。マットレスというらしい。ベッドで眠るなんて、そんなこと自分がする時が来るとは思わなかった。

昨日の夜、黒く染めた髪の毛を軽く束ねる。

支給された護衛隊の制服を着て、軽い吐き気を催した。

黒い服にはいい気持ちがしない。自分の体の表面に絵の具を塗られているようだった。

こんな色を着る資格なんてないと、脳が否定する。そんなものはもう存在しないのだと理性が訴える。

結局、黒いジャケットは脱いで、黒いスカートも似たような白いものに履き替えた。

髪の毛は視界に入らないようにする。これで随分マシになっただろう。白い髪留めを付けて、家の扉を開ける。

白いカバンを持って、鍵を閉めた。


「おう、おはようさん。昨日は眠れたか?」


扉を開けると、昨日模擬戦をした青年が花壇に水をやっていた。

ボサボサの茶髪に、紅掛空色の瞳。

昨日と同じ、白のカッターシャツに黒のパンツを履いている。目の下には、若干クマができていた。

昨日の帰り、ティアーレンスと彼が同じアパートに住むことになっていることを知って、小隊長に色々言っていたことを覚えている。


「おはようございます。貴方が花を育てているのですか?」


「ん?いや、大家に任されただけだ。今日は用事があるんだとよ」


このアパートの大家は腰の曲がった老婆だった。昨日は疲れていたのであまり記憶がないが、甲高い声の苦手なタイプだったことをおぼろげに覚えていた。


「制服、合わなかったか?」


「いいえ、サイズはあっていました。ただ、個人的に黒い服を着ることはできなくて…」


「そーいやあんたは島出身だったか。ホワイトカンバスだっけ?髪が白いのもそのせいか」


緑色の可愛らしいジョウロを空にすると、青年は一つあくびをして自室に戻っていった。数秒後、黒いカバンを持って出てくる。

鍵は閉めないらしい。


「そういえば、貴方の名前を聞いていませんでした」


模擬戦を始める前、聞いたらはぐらかされてしまった話題。

青年は聞いて、ニヤリと笑う。またはぐらかされるかと思ったが、


「エルドノートだ。役職的には訓練生教官補佐だな。あんたも同じ部署だろ?同期だな」


「年齢的にはそうかもしれませんけど」


それを言うと、エルドノートはしわがれた声でカラカラと笑った。

誓い

願いを叶えられず落ちてきた流星はこんどこそ願いを聞き届けようとする。

だが、魂のないただの武器には、願い手の意思を理解することはない。相互理解などできないのである。

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