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泣き虫の白刃

広場はガヤガヤと人が集まっていた。

皆同じような服を着ているので、彼らが小隊の隊員であることがわかる。

男女比はやや男性の方が多いくらいだろうか。男女で制服に違いはないようで、集まっているとよくわからない。

広場は一段高くなっている場所が中央にある。そこが模擬戦のフィールドというわけらしい。

自分だけが私服を着ているため、ティアーレンスは場違いな気持ち悪さを感じた。

小隊長に促され、フィールドの真ん中で立ち止まる。

向かい合うように青年が立っていた。

シャツのボタンはだらしなく空いていて、胸あたりまで見えている。風通しが良さそうだった。


「ティアーレンス君、準備をしたまえ」


小隊長に言われた言葉の意味を、考えるまでもなくティアーレンスは理解した。

大部分の外野はわかっていない。

当たり前だ、ティアーレンスがそうであることを知っているのは、今のところ小隊長だけなのだから。

目の前の青年は、恐らく察している。

彼もまた同じである気がしているからだ。見た目でも性格でもなく、そのあり方が。


「はい」


目を閉じる。

太陽の光が瞼を通過して、赤い景色が映し出される。それをまた閉じて、真っ黒な世界へ。

夢を見ているような感覚。自分の奥底に、彼女はいる。

恐らくは皆、昔は星を見ていた。

そして流れていく星々に願いを込めた。

いつからだろう、星に手を伸ばすことをやめたのは。

彼女はいつの間にかやめてしまった。

輝きの下で俯いて、彼らを見上げなくなってしまった。

だから、きっと。

彼女と自分の違いはたった一つ。


『来て、レイニィ』


自分はまだ諦めていないのだ。


「おぉ…」


目を開く。

体に繋がれた第六の感覚が溢れ出す。

これが天力。人間には備わっていない、天だけが持つ『あるはずのない力』だ。

つま先が浮いたように、自分の魂が体から離れていく。それは幻想で、実際にはそんなことはない。

ただ、自分の思考速度がそれまでよりもずっと速くなっただけ。

右手を前に差し出す。

空中で少し捻ると、そこには巨大な武器が、自分の体の延長がある。

これがティアーレンスの降天器。

巨大な刀身を持つ、槍とも剣とも取れる武器だ。そのどちらかなんて、ティアーレンスは気にしていない。

七つの星が爆散して輝く。

体を支えるための天の衣に身を包み、ティアーレンスは真っ直ぐに武器を構えた。何か黒いものが、頭から弾け飛ぶ。

染めていた塗料が無くなってしまったらしい。これが終わった後、また染めなおさなければならない。

先ほどの声は、誰かの感嘆の声なのだろう。

ティアーレンスの出力はそれほど高くない。天力に対する耐性があまり無いせいだった。

降天器と人間はお互いが干渉し合う関係にある。降天器がとても強大であっても、扱いきれなければ本来の力を発揮できない。

人間は降天器に体を与え、この世に存在する意味を与えなければならない。この世に確かにいるのだと、証明しなければならないのだ。誰にも使われない武器なんて、無いというのと同じだからだ。


「では、いいかね?」


ティアーレンスはこくりと頷く。偶然にも同じタイミングで、青年は頷いた。

小隊長は器用に左手だけでコイントスをする。ニーリーア共和国の、旧北ノエキアの将軍が彫られた金貨だった。

空中で回転する金貨を横目で見ながら、目の前の青年の名前を聞いていなかったことに気づく。


「すいません、貴方の名前は?」


「当ててみな。明日の飯を奢ってやるぜ」


青年は口元を釣り上げて、ニヒルな笑みを浮かべた。

両手を体の前で構え、格闘技のような体勢だった。彼は武器を使わないらしい。

ティアーレンスは少し疑問に思った。

近接武器、つまるところナイフや短剣を持っているならいい。自分の間合いに飛び込むだけの自信があるのだろうと取れる。

だが、素手というのはどうなのだろう。

ティアーレンスの武器は刀身だけで彼女自身の身長を超えているのだ。到底人が扱うような武器では無いが、それは降天器から与えられる衣が支えてくれる。

模擬戦である以上この作戦は取れないが、ティアーレンスが防戦に回った場合戦いにならないだろう。

降天器を使っているわけでも無い人間が、素手で武器の間合いから外れることは不可能だ。

いくらティアーレンスが戦い慣れていないとしても。

コインが地面に当たる。

コツンという金属音が耳に届くよりも前に、ティアーレンスは武器を振るった。

一歩踏み出して、武器を前に突き出す。それだけで青年との間合いは潰れ、刀身が体を掠める。

銀線を、青年はすんでで避けた。


「…っ」


上手い。予想していたことだが、自分よりもよほど戦い慣れている。

重心を落としたまま、上半身だけを捻って右下に払う。

手の甲に当たる寸前で、青年は体を回転させて避けた。少しだけ火花が散る。どうやら籠手のようなものを嵌めているらしい。肌色に塗装されているのか、上手く見えないが。


「ハッ!」


体の後ろに回せば少しは戦いのリズムを崩せるかもしれないが、自分よりも上手い相手にそんな隙を見せることはできない。

払い下げた刀身を、左手に持ち替えて切り上げる。これをするだけで普通ならば至難の技だ。降天器の衣に覆われているティアーレンスは、片手でもこの巨大な武器を扱うことができる。

その異様な景色が、降天器所有者の戦いの最も大きな特徴とも言えた。

身に合わない武装をまるで枝を振るように軽々と扱う。筋力ではなく、武器との相性が良ければこそだ。


「フッ、セイッ!」


青年は回避しているばかりで、実にフラストレーションが溜まる。

見ている側もあまり面白くないような気がするが、これが事実上の入隊審査である以上は、変に気を使うわけにはいかなかった。


「…っ」


三連撃をまたギリギリのところで避けられた瞬間、武器を体の後ろに回す。

下半身の軸を入れ替え、自分の体を前に出す。

露骨な隙。これは誘いだ。

相手は理解しているだろう。それでも、この場では様子見はできない。なぜなら、これは模擬戦で、殺し合いではないのだから。

こちらの能力を見なければならない以上は、この隙を黙って見ているわけにはいかないのだ。


「フッ」


少しだけ、青年が笑う。やはりバレているらしい。そんな顔をされると、なんだか仕掛けた自分が恥ずかしくなってしまう。予定を変えて殴りかかろうかと思ったが、そのまま右側から武器を突き出す。

ほぼ同時に、青年は顔に向かって掌底を打ち出した。

例えそれが直撃したとしても、大した傷にはならない。

その瞬間に、ティアーレンスは青年の行動の意味を理解した。

撃ち合いにはできない。だから武器を持たない。

斬り合える速さにもなれない。だからただ避ける。

そしてこの掌底も。全てがいわばパフォーマンスなのだ。

そして、ティアーレンスは彼の掌を受ける。

零秒前まで自分の体の後ろにあった、降天機を使って。


「おおっ…!?」


掌底を武器の腹で受け、バックジャンプで距離を取る。青年は珍しく驚いているらしかった。

ティアーレンスはてっきり彼は何をしても驚かないとばかり思っていたから、これにはつられて驚かされた。


「説明をもらっても?」


「…当ててくれたら、明後日のご飯を奢りますよ」


「…言うなぁ」


青年の青い瞳と目が合う。

刀身に太陽光が反射した瞬間に、ティアーレンスはもう一度武器を振るった。

大型の降天器であるため、一度武器を突き出したなら、それを一旦引き戻さなければ次の一撃を繰り出すことができない。

ティアーレンスは横薙ぎに払うことでこの隙をできるだけ少なくしているが、間に一動作入っただけで、実際はあまり有効ではなかった。若干の牽制程度だ。

引き戻す刀身に指を引っ掛けて、青年は体を前に転がりだした。


「なっ!?」


もしかしてその籠手が降天器なのではないかという疑問が浮かぶ。そんなわけはない。

だったらもっと攻撃的な手段を取るだろう。ティアーレンスなら、もうすでに負かされているくらいの。

空中で体を捻り、踵を振り下ろす。

同じタイミング。

武器は間に合わない。

それでも、足技を防ぐ位置に降天器は出現した。

威力に負けて、数歩たたらを踏む。

彼がまだ空中にいる間に間に合わせなくてはならない。

無理矢理体を加速させ、足元に一撃を打ち出す。当然回避行動をとることは予想できた。

それまでと同じように、刀身の腹に合わせて、手のひらをつこうとする。どうやったらそんな技術が身につくのだろう。どこかの特殊な体術のように思えた。


「そこまで!」


小隊長の声が響く。

ティアーレンスの武器は、青年が掌を降天器つく瞬間、彼の喉元に合わせていた。


「答えは見つかったか?」


「いいえ。だって何も知りませんから、貴方のこと」


「…やれやれ、とんだ新人が入ってきたものだ」


武器を収め、刀身が解れていく。支えてくれていた衣も無くなり、元の服装に戻った。

真っ白な髪の毛が視界に映る。自分がホワイトカンバスである象徴。

成績落第者であった頃の、どうしようもない傷跡だった。

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