プロローグ
星のよく見える夜だった。
窓際で一人の女の子が、空を見上げてきゃあきゃあと声を上げる。
その女の子の少し後ろから、もう一人の女の子が呆れたようにそれを見ていた。
「あっ流れ星!」
今日は流星群であった。
いくつもの星が燃えて、その命を散らしていく。その輝きに願いを込めるのが、人間の行いだった。
女の子は何かお願いをしようとして、言い終わるよりも前に流れ星は消えてしまった。
「こんなの無理だよう」
情けない声を出すと、もう一人の女の子が女の子の横にやってきて、同じように空を見上げた。
「二人でお願いをしたら、叶えられるかもしれないわね」
それを聞いて、女の子の顔は月明かりに照らされたように明るくなった。
女の子の手を握って、願い事を二人で決める。
空にまた、星が降った。
夏が近い。
南から暖かい風が吹いてきたら、もうすぐ夏がやってくる。
まだ少しだけ低い太陽の下で、青年が一人寝転がっていた。
頭の後ろで腕を組んで、帽子で顔を隠している。やや長い茶色の髪の毛が、帽子からはみ出ていた。
白い皺一つないシャツと、使い込まれた革のベルト、黒いタイトズボンが風に揺れていた。
その青年はしばらく動かなかったが、一つの影が近づいてくることに気がついたのか、顔に乗っていた帽子を取る。
岩のような大男だった。左ほほについた傷跡と、中身のない右腕がなおさら印象を厳つくさせている。服は、青年と同じようなものを着ていた。
男は青年に何か言って、青年は嫌々と首を横に振った。
少しの沈黙。
それから青年は呆れたようにため息をついて、首を縦に振った。
男はそれを見て、左手をひらひらと振りながら去っていった。
青年はまた帽子を顔の上に戻した。
眠り始めた。
大陸歴一七八八年。
大陸一の大国であったノエキア帝国が南北に分かれ、戦争を起こした。
議会率いる共和国側と、王家など貴族の率いる王国側に別れたこの国は、いわば共和国側の革命のような形で戦争を始めた。
一八〇五年。百年続くだろうと考えられていたこの戦争は、あっけない終わりを告げた。
それは共和国側にもたらされた無数の流れ星によるものだった。
降天器と呼ばれる超常兵器は両陣営の力関係を明確にし、わずか十七年という歳月で共和国側が勝利した。
降天器。
この革命を導いた超兵器は、戦争が終わってもなお未だこの大陸に息づいている。
そしてまた、一つの流星が地上に舞い降りた。
多くの犠牲を払って。
「すまないね、出迎えもできずに」
前から声をかけられて、顔を上げた。
岩のような男だと、向き合っている少女、ティアーレンス・カナ・ホワイトカンバスは感じた。
左ほほについた傷跡や、切り落とされたのだろう右腕が痛々しい。それらに似合わない朗らかな表情で、彼は挨拶をした。
元北ノエキア国、現在はニーリーア共和国と呼ばれるそれの護衛隊、つまるところ軍隊の中の一つ。
彼は南の小隊の小隊長であった。
主に訓練生を教えているので、実質的に教官である。
故に、彼は隊長よりも教官と呼ばれることの方が多い。
そういうことは、今日来たばかりのティアーレンスにはわからないことだった。
「いいえ、とんでもありません。私の無理を通して下さっただけでもありがたく…」
「あぁ、いいよいいよ。ここは本隊からは離れているし、もうちょっと気楽にいこう、な。田舎でも堅苦しいと、しんどいだろ?」
「は、はぁ…」
「あっちの連中が何やってるか知ってるか?評価稼ぎばっかりさ。戦果を上げようと何でもかんでも問題にして解決しようとしやがる。俺はそんなのごめんだね…って、君に愚痴っても仕方ないな」
ポリポリと小隊長は頭を掻いて、ティアーレンスが出していた書類に目を通した。
彼の後ろに空いている窓から、気持ちの良い風が吹き込んでくる。もうすぐ夏が来るのだと、肌で感じさせてくれる。
鉄と錆の匂いばかり予想していたティアーレンスは、少しばかり拍子抜けして、それよりも安心していた。
「ティアーレンス・カナ・ホワイトカンバス。…あぁ、『島』の出身なのか。ということは事件も?」
「…はい。あの時は島にいました」
昔、軍隊の訓練場として開拓された島があった。そこでは過酷な環境と訓練により多くの隊員が排出されたが、降天器が現れたあの戦争以降不必要となり、ほとんど放置されていた。
議会が解体しようと島に赴こうとした時、島に流星が落ちた。
それにより、生存者はほとんど発見されていない。というよりも、捜索がされていないという方が合っていた。身元が分からない人間を探すことは、あまり意味がないことだったからだ。
今でも、島は大きなクレーターと共に数多の死体が転がっている、らしい。
らしい、というのはティアーレンスも事件以降島に戻っていないからだ。
あの島で自分にとって大切だったものは全て無くなってしまった。元々好きではなかったというものあった。
なんとなくもう必要ないから、ティアーレンスは代わりに護衛隊への入隊希望を出したのだった。
「災難だったな。降天器なんて最近は全然見つかってなかったってのに」
凶星とも呼ばれる降天器は、空から落ちてくる。たった一人、選ばれた人間しか使うことしかできないと言われ、事実一度それを掴んだ人は誰かに譲ったりしない。
譲れないと言われていた。所有者に選ばれたなら、離れることができないと。
「いいえ」
「最近の子はクールだねぇ。何々…最近老眼で見えにくいんだよな」
ぶつぶつと何か言っているが、一々反応していてもあまりこちらの利にはならないことを理解した。反応して欲しそうな話題にだけ反応しておこう。
そうしないと疲れるだけだ。
「…なるほどね」
小隊長は書類をやや乱雑に目を通してから、下の方に判子を押した。
「一応聞くけど、君って上昇志向強い?」
「えっと…、いいえ」
なんのことを聞かれているのかわからず、ティアーレンスは狼狽えた。
上昇志向とは、つまり彼が言っていた本隊の戦果争いという話だろうか。それは興味がない。大して自分が役に立つとも思えなかった。
「そうだな…、君の実力を見たい。あくまで参考程度にね。悪いけど、屋上にいる男を呼んできてくれ。模擬戦をするぞーってね」
「模擬戦、ですか?」
「そう。いくら強くても、いきなり隊に組み込むと色々言う奴がいるからね」
小隊長は部屋の脇にある円錐形の金属に手をかけて、それに向かって話した。
「俺だ。新入りの歓迎模擬戦を行う。全員広場で待機、以上!」
受話器を戻して、ティアーレンスの入隊申請の紙を引き出しに入れた。
「部屋を出て階段はあっちね」
簡単な指差しをして、彼はティアーレンスを部屋から追い出した。どの道先ほどの放送で人が動くのだろう。ここにいてもあまり意味がない。
一度頭を下げてから、部屋を後にした。
言われた通り廊下を歩き、階段を上る。
四角い螺旋を上ると、屋上への扉は開いたままになっていた。
暗い階段から、扉の先だけが浮いたように明るい。
屋上に出ても、明るさに目が慣れるまで時間がかかった。
太陽の光を反射して白く光る床の中に、一つだけ黒い影がある。
ボサボサの茶髪に、反対の整えられた服装。
ティアーレンスの影が頭の部分に被さると、少しだけ頭に乗っていた帽子を上げた。
「…白、か」
よくわからないことを呟いた。
「小隊長が呼んでいました。模擬戦をするからと」
「小隊長?…あぁ、教官か」
とても低い声だった。おおよそ年齢とは合わないガラガラの渋い声をして、青年は眠そうに言った。
「貴方は誰ですか?何をする人ですか?」
「俺は俺だ。昼寝をするよ」
また顔に帽子を落とす。
「あんたこそ誰だ?あんたは何をする?」
「私はティアーレンス。貴方と模擬戦をします」
「…ティアーレンス?」
青年はガバッと起き上がって、ティアーレンスの方をじっと見つめた。
市場に出た魚を値踏みするように、おおよそ人間を見るような目ではない様子で見ていた。
「何か」
ありましたか、と言うよりも先に、
「いや、何も。答えを変えようレディ。俺はあんたと模擬戦をするよ」
立ち上がった青年は、ティアーレンスよりも背が高かった。帽子を被りなおし、扉に向かって歩いていく。
屋上に吹いた風が、ティアーレンスの着ていたワンピースの裾を揺らした。
のんびり書いていきます。
イミイルも更新予定〜。




