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王の血脈 八

 地を蹴った魍呀もうがが矢の如き速さで向かってくる。

 以前戦ったときは目にも止まらぬ速さに思えたが――今は違った。


 見える。追える。

 そして斬れる。その確信があった。

 俺とてあの時より進歩しているのだ。

 一度は撃退した相手。もはや恐るるにたらぬ。


 俺が抜き打つ構えを取った瞬間――突如、視界が黒いもので遮られた。

 反射的に斬り捨てる。

 カラス……!?


 けたたましい鳴き声と黒い羽毛を撒き散らす向こう側に、もはや目と鼻の先まで魍呀もうがが迫っていた。


 野太い隻腕が振りかぶられる。

 と、同時に狼たちが殺到し、俺を釘付けにするべく足や腕に噛み付きはじめた。


 これでは刀を振るのもままならん!

 俺は十数頭の狼を引きずって、渾身の力でもって真横へ跳んだ。

 まさに紙一重のところで大刀のような爪がゆきすぎる。

 魍呀もうがは己の手下たる狼たちをも蹴散らしつつ、烈風のように駆け抜けた。


 なるほど、たしかにこれだけの軍勢がいるのだから活用しない手はあるまい!

 と、間髪を入れず、頭上からカラスの群れが襲いかかってきた。


 鋭いクチバシが鉄の雨のごとく降り注ぐ。

「くっ……!」

 一匹一匹の力は大したことないが、群れとなって攻められると、これは少々厄介だ。

 それに加え、足もとからは狼たちがなおも飛びかかってくる。


 とにかく刀を振って払いのけるしかない。

 しかしいくら斬ってもキリがない。

 獣たちは次々と湧いてでてくる。


 そんな獣の大軍勢の向こうで、

「がはははははっ!」

 魍呀もうがはきりきり舞いをしている俺の姿を眺め、愉快そうに笑い声を上げた。


「『獣順戯法じゅうじゅんぎほうの術』によりすべての獣はオレの手足となる! てめぇは楽には死なせねぇ! 生きながらに少しずつ体を食い散らかされろ!」


 小さな牙と爪の嵐によって、すでに着物はズタボロ。

 全身くまなく傷がつけられている。

 動くたびに霧のような血しぶきが舞うのは、果たして獣たちの血か、俺の血か。


 とはいえ、いくら大量にいようと、こんな獣など脅威ではない。

 傷も些細。

 俺が警戒せねばならないのは、こいつらに気を取られた隙に魍呀もうがから一撃を受けてしまうことだ。

 そうなったら一巻の終わり。とても無事には済むまい。


 魍呀もうがの動きから決して目を離さず、大量無数の狼やカラスたちを切り払ってゆく。

 もはや根比べのような時間が訪れていた。

 なにか、攻勢に転ずるきっかけさえあれば……!


「……ちっ、案外しぶてぇ野郎だ」

 根比べに負けたのは魍呀もうがのほうだった。

「ならよぉ――こいつはどうだっ!」


 魍呀もうががしびれを切らしたように飛びかかってくる。

 無論、俺はそれを見逃していない。

 見逃してはいなかったが――対応できるかはまた別問題であった。


 魍呀もうがへ振り向こうとした一瞬の隙を突いて狼とカラスが一斉に飛びかかり、俺の体を覆い尽くした。


 体の自由が奪われる。

 塞がれた視界の隙間から、憤然と迫る魍呀もうがの凶相が見えた。


 そのとき、


龍血りゅうけつ活性――鋼龍裂破爪こうりゅうれっぱそう!」


 すさまじい突風が吹き荒れ、瞬時にして、周りの獣たちが吹き飛ばされた。


 俺の束縛も解かれる。

 山のような巨体の魍呀もうがは目前。

 反射的に身体が動く。

 俺と奴をさえぎるものは、もはや何もない。


「真っ向勝負――受けろ魍呀もうが!」

「しゃらくせぇっ!」


 振り下ろされる巨腕をかいくぐり、やつの足もとへ飛び込む。

 横なぎに一閃!

 左の太ももを両断!

 魍呀もうがは突進してきた勢いのまま倒れ込み、大量の土煙を巻き上げた。

 

 ◆


「ぐっ……おお……うおおおおっ……!」


 片手片足となった魍呀もうがが、うめきながら、池のような血だまりの中を這って逃げようとする。

「一度ならず二度までも……このオレがっ……!」

 その姿は哀れでもあった。

 しかし慈悲はない。


「前に言ったはずだ魍呀もうが、貴様に情けは不要と」


 見開いた魍呀もうがの目に、月下に掲げた刀が反射して映る。


「よ……よせっ……やめろ……! 後生だ、見逃してくれっ……!」

「ならん」

「オレが悪かった……こ、こんな有様じゃ……オレはもう、何も出来ん……お前らにも、もう手は出さねぇと約束する、だ、だからよ……」


 あの威勢はどこへ行ったのか。

 鬼の王の血を引く次兄は見る影もない。

 そこにいたのは、弱々しくみじめに命乞いをする一匹の鬼だった。


「俺だけの因縁であれば考えもする。だが――緋澄ひすみの心と体を深く傷つけた貴様は、万死でも生ぬるい!」


 巨木の幹のような首めがけて、ありったけの力で斬りかかる。

 間欠泉のように噴きあがった血が視界を赤一色に染め上げた。


「ぐおおおおおお――おおおおおおっ――うおおおおおおお……!」


 遠吠えにも似た魍呀もうがの断末魔は、首と胴体が分かたれたあとも、しばらく夜の森に響きわたった。


 ◆


 狼たちが蜘蛛の子を散らすように逃げていく。

 その中の一匹を、右腕だけ『龍化』させた魑潮ちしおがむんずと掴み上げた。


魎鉄りょうてつに伝えろ。気が変わった、とな」


 魎鉄りょうてつが次なる鬼族の王になることを黙認していた彼女のひとこと。

 短くも、両者のあいだでは充分に通ずる戦線布告であった。


 解放された狼が一目散に駆けて、暗い森の中に消えていく。

 果たしてあれが言伝を伝えられるのか……という疑問はあったが、今は深く考えるのをやめておこう。


魑潮ちしお、礼を言う。助けられたな」


 最後に獣たちを吹き飛ばしてくれたのは彼女だ。

 あの助太刀がなければあわやという状況であった。


「ふん……おまえになにかあったら姉上たちが悲しむからな。それが嫌だっただけだ」

 顔をそむけながら吐き捨てる魑潮ちしお

「あとは……多勢に無勢を卑怯に思ったとか、単純にむかむかしていたから憂さ晴らしをしたかったとか……まぁそんなところだ」


 まるで言い訳をするような口調だ。

 結果からすると実の兄が討たれるための手助けをしたわけだが……それに足るだけの心境の変化が彼女の中であったのだろう。

 例の龍族の秘宝という石剣は左手で大事そうに抱えられていた。


「それよりお前……さっき聞いた話、他言無用にしておけ。いいな?」


 言うまでもなく、魎鉄りょうてつが龍族の里を踏み荒らしたという件だろう。

 魍呀もうがの口振りだけならば信じがたいが、秘宝が略奪されてこの場にあるという事実は如何ともしがたい。


「それは、和修吉わしゅきちさんと摩那まなさんに黙っていろという意味か?」

「……」


 俺に対して冷たいが、友情には篤いやつだ。

 婚儀をあげて幸せになろうという晴れの日にふたりを暗い気持ちにさせたくない――

 どうせ追放されて戻らない里のことならば知らないほうがいい――

 ――そんなことを思ったのではなかろうか。


「承知した。ただ魅狐みこ緋澄ひすみにだけは言わせてもらうぞ。隠しごとはせぬと約束してしまったし……なによりおまえに関することだからな」

「勝手にしろ」

「それは了承と受け取らせてもらう」


 ◆


 果てしない戦いに思えたが、月の位置からすると、案外時間は経っていないのかもしれない。

 多少の足止めを食ってしまったが――魎鉄りょうてつはまだ追える距離にいるはずだ。

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