王の血脈 七
「魑潮……いったいなんだ、それは? その石の剣がどうしたというのだ」
彼女の様子は明らかに尋常ではない。
「……龍の里の秘宝だ」
魑潮は俺に答えるというより、自分の記憶を洗い出すように呟く。
「里の長が厳重に管理していて門外不出……。よそ者の手で里の外に持ち出されるなんてもってのほかのはず……!」
以前訪ねたときの排他的な態度を思いだす。
俺たちのようなよそ者は里の敷居さえまたがせてもらえなかった。
他種族を寄せつけぬほど気難しい龍族が、そんな秘宝をこいつらに譲り渡すはずはたしかにない。
となれば……。
「ここに来る道すがら、龍の里なんてのがあって兄者の行く手をふさぎやがってよ」
魍呀は笑い話でもするかのように語りだした。
「龍族の野郎は里には入れねぇから迂回しろなんっつったが、そいつは無理な相談だ! 魎鉄の兄者に迂回の二文字はねぇ! いつだって最短距離を直線移動よ!」
「オレらはただ通らせてもらいたかっただけなんだが、あいつらも譲らなくてよ。しまいにゃあ、力づくでオレらを追い返そうとしてきやがった。はははっ……まっ、そのあとのこたぁ言わなくてもわかるだろ」
「ちなみにその石剣は後生大事そうに祀られてたからよ、おめぇへの手土産に頂いてきたんだ」
まるで悪びれる様子もない。
……こいつらならやり得る。
魅狐の故郷を焼き討ちにし、緋澄が暮らしていた町にも無差別な破壊と殺戮を平然ともたらした連中だ。
彼らがどうなったか……考えたくはないが……。
「噂に聞く龍族とやらも兄者の前では口ほどにもなかったぜ! 偉そうなことをぬかすわりには鎧袖一触! 大人しく従ってりゃいいものを、馬鹿な連中だ!」
しかしだ。
魅狐と緋澄は長兄が鬼族の王となることに異を唱え、その結果として暴虐なる報復を受けた。
それに対し
「魑潮はおまえたちとは対立していないはずだ。彼女の故郷をも襲うなどと……何故そのようなことを!」
「ひとの話を聞いちゃいねぇ野郎だな。んなもん関係ねぇよ!」
魍呀は俺の疑問を笑い飛ばす。
「ああ、関係がねぇ! どこのどいつであろうと兄者の機嫌を損ねたやつは血をもって償うしかねぇのさ! ただそれだけよ!」
そんな程度の理由で……!
無茶苦茶な言い分だ。
こいつらは、やはり道理の通じるやつらではない。
無法な世界に生きる野獣も同じ。
「他人の領地へ勝手に押し入った者の言うことか!」
「わめくんじゃねぇぜ。第一、魑潮だってせいせいしてんじゃあねぇか? なぁ?」
魍呀のギョロリとした目が末妹へ向けられた。
「おめぇを追い出したひでぇ連中だぜ? 言うなれば兄者がおめぇに代わって灸を据えといてやったわけだ。感謝の一言くらいはあってもいいんじゃねぇか?」
本気で言っているのか、こいつは。
当の魑潮は石剣を見つめたまま依然立ち尽くしている。
追放されたとて、普段は悪し様に言っていたとて、同じの血の通う同胞たちだ。
それが酷い目に遭わされて胸のすくような奴では断じてないと、付き合いの浅い俺でもわかる。
「……魎鉄が王になれば、許しを得たとばかりに鬼族全体が奴らのような振る舞いをし始めるかもしれない」
そうなればこの世は修羅の国と化してしまう。
「そうならぬよう魅狐と緋澄は命を賭して戦っている。これでもまだ見て見ぬ振りをするというのか、魑潮」
反応はない。
龍の里に被害が及んだことがよほど衝撃だったのか。
今は何もしてくれなくてもいい。
だが俺の言葉も、姉たちの想いも、その胸には確実に届いているはずだ。
義憤に駆られる心を持った彼女ならば。
「動けるなら巻き添えを食わぬよう離れていろ」
一方的に告げて、俺は魍呀へ向けて歩を進めた。
「腹違いとはいえ実の妹たちに手酷い仕打ちをして、おまえの心は一欠片とて痛まないのか!」
居並ぶ狼たちが海を割ったように道を開けていく。
その先で
「くどくどとやかましい野郎だ――獣血活性!」
獣の姿に変貌した魍呀が青灰色の瞳を煌々と輝かせていた。
「オレが聞きてぇのはつまらねぇ御託じゃねぇ、てめぇの悲鳴だ。痛がって、苦しんで、泣きわめいて、命乞いをして、天に響くような断末魔の叫びを聞かせてもらわねぇとオレの気が晴れねぇんだよ!」
「手のつけられぬ暴れ犬め。その性根、地獄門の向こうで叩き直せ!」




