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亡者の城 六

「妖狐火炎術――紅蓮炸撃砲ぐれんさくげきほう!」


 魅狐みこが攻城兵器もかくやという巨大な火炎弾を放ち、一度に十体以上の骸骨を吹き飛ばした。

 その後も小粒な火の玉を手の平から連射し、骸骨たちを寄せつけずに次々焼き払っていく。


 一方では緋澄ひすみが舞うような動きで四方八方から襲いくる攻撃を避け、的確に反撃の刃を叩き込んでいた。

 後頭部で結んだ長い髪が残像のごとく一拍遅れて追従する。


 そんな彼女たちに目を配る余裕があるくらい、今日の俺は冷静に戦うことが出来ていた。


 真正面から斬りかかってくる骸骨兵の頭を刺突で弾き飛ばす。

 右方から振り下ろされた刀をさばき、反撃の胴払いを叩き込む。

 そして左から迫っていた一体を振り返りざまに斬り倒した。


 斬られた骸骨たちは、昨日と同じく黒い煙となって消えていく。


 恐らくひとりで戦っていたときは集中しすぎてしまい、視野が狭まっていたのだろう。

 しかし今は視野を広く保っていられている。

 両側面どころか、真後ろの気配まで手に取るように把握できていた。

 

 昨日の一戦を経て慣れてきたというのも当然あるだろう。

 だがそれ以上に俺の精神状態の違いが如実に表れている結果でもあった。


 魅狐みこ緋澄ひすみ、彼女たちに背中を預けている安心感。

 彼女たちと肩を並べている心強さ。

 そして彼女たちの前で無様な戦いは出来ないという闘志。

 それらが折り重なって俺の力を底上げしているのだ。


「勇薙流妖刀術」

 刀の切っ先に稲妻が集い、光り輝く球体を形成する。

雷重爆撃覇らいじゅうばくげきは!」

 刺突が相手に触れた瞬間。

 爆発と共に稲妻が飛び散り、十数体の骸骨を一度に貫いた。


 ◆


 手当たり次第に斬りまくっていると、やがて視界を埋め尽くしていた骸骨の兵士たちがまばらになってきた。

 目に見えてわかるほどに数が減ってきている。


魅狐みこ緋澄ひすみ! まだいけるな!?」

 激励の声に、緋澄ひすみが威勢良く「はい!」と答えてくれる。


「う、うむ……!」

 あちらこちらから振り下ろされる刀から逃げ惑いながら、魅狐みこが疲れた声で返事をする。

 火を放つ妖術はあまり連続では使えないようだ。


 彼女たち二人とも、体力は消耗しているようだが目立った負傷はない。

 俺も同じだ。

 このまま押し切れる。


「あとひと息だ! 頑張ってくれ!」


 ◆


 骸骨兵を逆袈裟に斬って、振り向く。

 ――残り十体。


「妖狐火炎術!」

 魅狐みこが両手から放った火の玉が同時に二体を焼き尽くす。

 

 ――残り八体。


斬風空裂衝ざんぷうくうれつしょうっ!」

 緋澄ひすみの振るった刀から突風のような斬撃が飛び、遠間にいた骸骨三体をまとめて斬り裂いた。


 ――残り五体。

 俺はすでにそちらへ駆けていた。


 駆け抜けながら、逆胴、左切上を一動作で繰り出して二体を斬る。

 跳躍し、斬り下ろしで一体を両断。

 斜め後ろから振り下ろされた刀を独楽こまのように回って避け、反撃。頭を弾き飛ばす。


 そして最後の一体が、刀を大きく振りかぶりながら俺へと突撃してきた。


 最後の一太刀こそ油断せず。

「はあっ!」

 俺は集中を切らさぬよう気勢を発し、正眼に構えて迎え討つ。


 相手が間合いに飛び込んでくるほんのわずか先に踏み込み、刀を振り上げる。

 そして鋭く振り下ろした切っ先が、がらんどうの髑髏頭を兜ごと打ち砕いた。


 頭部を失ってゆらりと倒れた骸骨兵の体が黒い煙と化して消える。


 黄昏時の城跡に立っているのは俺たち三人のみ。

 新たな骸骨がよみがえってくることもない。

 気の遠くなるような戦いが幕を閉じた瞬間だった。


 ◆


 俺は深く息を吐いて、刀を鞘に収める。

 しかし昨日ほど疲弊もしていなければ傷も負っていなかった。

 やはり一人で戦うのと三人で戦うのとでは大違いだ。


「無事だな、ふたりとも」

 歩み寄りながら訊ねる。


「はい……どうにか」

 緋澄ひすみも納刀し、長くて深い息を吐いた。

「仁士郎様もお怪我ないですか?」

「この通りだ」

「さすがです」


 安堵の笑みを浮かべる緋澄ひすみ

 桜色の羽織は片方の袖がパックリ斬られていた。

 その他にも無数に斬られた箇所があったが、下に見える肌に血は見えない。

 すべての攻撃を紙一重のところで避け続けていたのだろう。


「大丈夫ですか、姉様」

「ぬふぅ……」

 魅狐みこが崩れるようにその場にへたり込んだ。

 銀色の髪が汗に濡れて顔に貼りついている。

「さすがにしんどいのじゃ……」


 紅い着物に土汚れが目立つ。

 焼け焦げた部分があるのは自分が使っていた炎が燃え移ったからか。

 こちらも血の染みは見当たらなかった。


 彼女の隣へ、緋澄ひすみもたまらずといった様子で座り込む。

 俺もしばらくは動けそうになかった。


「まったく……無茶なことを思いつくものじゃ」

「今となってはそう思う」


 俺の口からは自然と笑い声がこぼれていた。

 もし彼女たちが来てくれなかったとして、俺はこうして無事に立てていただろうか。

 わからない、というのが本音だった。


「仁士郎様は、昨日もここで戦っていたのですよね……? しかもおひとりで」

 緋澄ひすみが上目遣いに見上げてくる。

 乱れた前髪を直してやりたい衝動を覚えたが、自分の手も砂まみれだったのでやめておいた。


「よくご無事でしたね」

「正直、危ういところだったがな。昨日は傷も多々負ってしまった」

「それでもすごいです。……けど、やっぱりこういうことはよくないですから。もうしないでくださいね?」

「ああ……そうだな。約束しよう」


 俺が頷くと、緋澄ひすみは大層満足げに微笑んだ。


「とにかくじゃ……これでもう解決なのじゃろう……?」

 足元から魅狐みこが訊ねる。

「そのはずだが」


 そのとき一陣の風が吹いた。

 巻き上がった砂煙が晴れると、そこに虚無僧こむそう姿の総元殿が現れていた。


「よもやこのような解決法があるとは……恐れ入ったぞ勇薙殿。それとお連れ様も」

 深編笠で隠れていて顔は見えないが、声からは感動が伝わってきた。

「これでこの地を汚染していた強大な死念も消え、いずれ人の踏み入れる土地へと戻っていくだろう。……いたく感謝する」


「総元殿。その浄化とやらも良いが、これからはもう少し方法を考えてもらいたい。せめて無関係な人々に被害が及ばぬよう」

「うむ……此度の件で私も思い知った。まだまだ私も未熟と」

 声には反省の色が滲んでいた。


 彼も善意の上での行動だった。それは間違いがない。

 しかし今回は、その方法を少しばかり間違えてしまった。

 それをわかってもらえたのならなによりだ。

 ……俺もあまり人のことは言えないが。


「では勇薙殿、私はこれにて失礼する」

 再び突風が吹いて砂埃を巻き上げる。

 視界が晴れたとき、総元殿の姿はどこにもなかった。


「あやつもここで斬ってしまったほうが世のためではないか?」

「滅多なことを言うものではない」


 俺も彼女たちが座り込んでいる横に腰を下ろし、そのまま大の字に寝転がる。

 夜のとばりが下りた空にはまばゆい星々が浮かんでいた。


「……白詰草か」

 ふと、緋澄ひすみの言葉を思い出す。

 俺たち三人は白詰草の三つ葉。咲くときも枯れるときも一緒。

 植物が好きな緋澄ひすみらしい例え方だった。


「その通りだな」

 俺は万感の思いで、彼女たちふたりの顔を見た。


 ◆


 直枝なおえ城に戻って骸骨の軍勢がもう現れないということをご老公に報告すると、すぐさま報せが行き渡り、城内は大変な歓喜に包まれた。

 よほどあの軍勢に苦しんでいたのだろう。

 たちまち酒宴が開かれ、夜だというのに祭りのような賑やかさとなった。


 城主の血縁である緋澄ひすみは、この怪事件を解決した功労者として、宴の中心で神か仏のように崇め祀られた。

 困惑して苦笑いを浮かべる彼女を、俺と魅狐みこは少し離れた席から微笑ましく眺めていた。


 ◆


 俺たち三人はほどほどのところで宴席を抜けて寝所へ戻ることにした。

 あのぶんだと朝まで騒ぎが続いていることだろう。

 城跡での戦いでくたくたになっていたので、さすがにそこまで付き合う元気はない。


 途中でふたりと別れ、俺はひとり城内の廊下を歩く。

 すると前方から緋澄ひすみの祖父であるご老公がやってくるのが見えた。

 俺はすぐさま廊下の端に避けて控える。


「おお、勇薙殿。宴は楽しまれたか?」

「は。存分に」

「それはよい。おぬしの行動に城内、城下、すべての領民が感謝しておる。改めて礼を言うぞ」

「いえ、そのような……」


「しかしおぬしも無欲な男よ。この件を解決したのは緋澄ひすみということにして、自分の名前は出せぬよう我が家臣に含めるとは」


 彼女たちにも黙ってこっそり頼んだつもりだったが、ご老公の耳には入ってしまったようだ。


「私のような浪人者より、血縁者たる緋澄ひすみ様の手柄としたほうがお館様の面目も立つと思いまして」


 それに緋澄ひすみも共に戦ってくれたのだ。

 彼女が事件を解決したと言っても何ら差し支えない。


「見上げた心意気だ。おぬしのような男を手ぶらで帰したとあってはわしの面目が立たぬ。どれ、わし個人から褒美を与えよう」

「褒美……ですか」

「隠居の身だがまだ名前は通る。金でも女でも望むだけのものを取り計らおう。仕官したいと言うのであれば城主へ直々に口を利くぞ。なんなりと申せ」


 普通の武士であったらこれ以上名誉なことはないだろう。

 俺にとってはそんな言葉をかけてくれる気持ちが充分な褒美だった。


「もったいなきお言葉。しかし、急にそのようなことを仰られても……」

「なに、じっくりと考えなされ。旅をしていると聞いたが、まだ一両日は滞在するのだろう? 出立するときまでに返事を聞かせてくれればよい」


 それだけ言い残し、ご老公は廊下を歩き去っていった。

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