退魔の巫女 後
俺は朝日を背中に受けながら、檻の中央で胡座をかいている。
檻の外には昨日にも増して大量の見物人が集まっていた。
無論、俺の処刑を見るためにだ。
あのふたりはどうしているだろう。
馬頭剛力とかいう妖怪を見つけられずにまだ探しているのか。
今も戦い続けているのか。
あるいは歯が立たず、俺の言った通りに逃げてくれたのか……。
やがて同心たちを引き連れた茅がやってきた。
白い小袖に緋袴の巫女装束。
そしてひと振りの刀を携えていた。
「時間だ」
檻の前に立った茅が冷酷に告げる。
「あのふたりは戻ってこなかった。取り決め通り、これよりおまえを処刑する」
そして檻の中へと足を踏み入れる。
素早く同心が鍵を締め直した。
「どういう理由での処刑なんだ?」
俺は立ち上がりながら訊く。
なんだかんだで一睡も出来なかったが、体調に不備はない。
「この町の人々が心穏やかに暮らすためには、もののけの侵入を許すわけにはいかない」
語る口調は滑らか。
彼女の鋭い視線はまっすぐ俺へと向けられている。
「そして私がもののけを倒す姿を見ることで、皆は安心を得ることができるのだ。その礎となれ」
「他のことでなら協力してやってもいいが、俺の命をくれてやるわけにはいかん。抵抗させてもらうぞ」
「好きにしろ。だがすぐに無意味と知る」
茅は口元に余裕の笑みを浮かべた。
自分の優位を微塵も疑っていないのだろう。
「言っておく。私の体にも退魔結界が張ってあるため、もののけであるおまえは私には触れられない」
それは昨日自分の身で確認済みだ。
「加えて」
茅は刀を抜いて鞘を投げ捨てた。
「この妖刀・聖光神邪祓は如何なもののけをも消し去る。……神への祈りは済ませたか?」
見物人たちから大きな歓声が上がった。
これから、この晴れの舞台で、英雄である彼女が妖である俺を退治するのだ。
さぞ盛り上がる見世物であろう。
観客たちの期待を裏切るのは忍びないが……こればかりは仕方がない。
故に俺はこう唱えるのだった。
「人血活性……!」
「たあーっ!」
茅が刀を大上段に振りかぶり、斬りかかってくる。
ろくに剣術を習っていない者の動きだった。
見切るのは容易い。
俺は初太刀を避け、素早く背後に回り込む。
そして彼女をしっかりと羽交い締めにした。
観客の声がどよめきに変わる。
同心たちも驚いて顔を青ざめさせた。
「馬鹿なっ……!」
茅は拘束から逃れようとじたばたする。
「なぜ私の体に触れて平気でいられる!?」
「退魔結界といったか。これは人間には無害なものなのだろう?」
俺が触ったら猛烈な痛みを生じた檻も、開け閉めをする人間はなにも感じていない様子だったからな。
「俺は半人半妖の身だ。人間の部分を前面に押し出し、妖の部分を奥へやった。そうしたら普通に触れるようになったぞ」
「なんだと……!」
魅狐や緋澄がやっていた技を真似させてもらった。
名付けて人血活性。
一晩中試行錯誤を繰り返して、明け方やっと会得できたのだった。
「手荒なことはしたくない。処刑を取りやめて俺をここから出すと言え」
「ふざけるなっ!」
茅は必死に暴れている。
この状態の俺は身体能力も人間並に戻っているはず。
だが彼女も退魔の力を除けば単なる人間の女だ。
力負けする道理はない。
締める力を少しだけ強める。
「うっ!」
彼女は苦しそうなあえぎを漏らした。
「出してもらえたら、今度は俺があの山に行って人食い妖怪と戦ってくる。だから早く降参しろ」
「くっ……」
ようやく観念したのだろう。
茅は下唇を噛んで、脱力したように刀を取り落とす。
それを答えと認め、俺は羽交い締めを解いて体を離してやった。
「その処刑、待つのじゃぁっ!」
魅狐の叫び声が響いたのはそんなときだった。
檻を囲む人だかりが一方向だけ割れる。
出来た道の先から、ふたりがかりで大きな風呂敷包みを持つ魅狐と緋澄が駆けてきた。
「お望みのものじゃ、受け取りゃ!」
檻の前まで来たところで風呂敷包みを地面に置く。
包みを開けると、馬のような顔をした妖怪の首が白日のもとに晒された。
その場は今日一番に騒然となった。
「ま、間違いない……馬頭剛力だ……!」
改めにきた同心が絞り出すように驚きの声を上げる。
「まさか……」
茅が愕然と呟いた。
「本当に退治せしめて、戻ってくるとは……」
◆
「仁士郎様、遅くなってしまってすみませんっ!」
晴れて檻から出された俺へ、魅狐と緋澄が駆け寄ってきた。
ふたりとも額に玉の汗を浮かべ、着物は返り血や土で汚れている。
山の中を駆けずり回って戦っていたということが聞かずともわかった。
「無事でよかったです……!」
緋澄が目に涙を浮かべ、俺の手をぎゅっと握った。
「すばしっこい奴じゃったので骨が折れたがのう。なにはともあれ間に合ってよかったのじゃ」
その隣で魅狐も安堵の表情を浮かべる。
「ふたりこそ、無事でよかった……よく戻ってきてくれたな」
あのまま脱出できそうではあったが、ここでそれを言うのは不粋というものだろう。
彼女たちの顔を目にし、熱いものが胸に込み上げてくる
見栄を張ってはいたが、やはり俺は心配でしょうがなかったのだ。
世の中すべての人に疎まれたとしても、彼女たちが味方でいてくれたら生きていける。
そんな思いさえ胸に去来していた。
こんなになるまで頑張ってくれたふたりの気持ちがなにより嬉しかったからだろうか。
「魅狐、緋澄……恩に着るぞ」
俺はあふれる感情のまま、両腕でふたりの体を包み込む。
「わっ……!」
緋澄は縮こまって身を固くし――
「図に乗るでないわ」
魅狐は思い切り俺の足を踏んだ。
◆
返却された刀を袴の帯に差す。
人心地のつく重みだった。
そのあいだも、住民たちは遠巻きに俺たちのことを忌々しげに眺めていた。
悪い妖怪を退治してきたところで俺たちも似たような存在なのだ。
恐ろしいことに変わりないのだろう。
「こんな町、用が済んだらとっととおさらばするのじゃ」
不機嫌そうな顔で魅狐が言う。
「そのほうがよさそうだな」
無事に解放されたはいいものの、俺たちの素性は町中に知れ渡っている。
長居をしても迷惑をかけるだけだ。
「待て……勇薙仁士郎」
去ろうとする俺たちを呼び止めたのは茅だった。
打って変わって慎ましげな表情を浮かべている。
「それからそこのふたり。馬頭剛力を退治してくれたこと、皆を代表して礼を言う……ありがとう」
彼女は深々と頭を下げた。
さっきまでの尊大さは欠片もない。
心からの感謝の言葉だった。
「調子の良いやつじゃ」
ぼやいた魅狐の口を、緋澄があわててふさぐ。
「いえ、お気になさらず。困っている人を助けるのは当然のことですから」
「今から私の家に来てくれ。せめてもの礼として、もてなしをしたい」
「せっかくだが遠慮しておく」
俺は即座に断りを入れた。
「もののけがおまえの家にいたら町の人たちが戸惑ってしまうだろう。おまえは、もののけから町を守ってくれる英雄なのだからな」
「気障妖怪め」
緋澄の手の下で魅狐がもごもごと言った。
「それでは私の気が済まない……なんでもいいから礼をさせろ」
しかし茅は引き下がらなかった。
「遠慮などするな。私がここまで言っているのだぞ、もののけ風情が」
だんだん口調が戻りつつある……。
「そこまで言うなら、そうだな……ひとつ頼まれてくれるか」
それで彼女の気が済むなら、ここはお言葉に甘えるとしよう。
「なんだ? なんなりと言え」
「桜餅と柏餅を買ってきてもらいたい」




