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退魔の巫女 中

かや様、あまりお近付きになられては……」

 後ろに引き連れた同心のひとりが気遣わしげに言った。

「案ずるな」

 不敵に笑う巫女。かやというのが彼女の名前らしい。


「大人しくしているようだな、もののけ」

 口調同様、俺たちを見下す眼差しも尊大なものだった。

「私の力が込められたその断魔牢だんまろうの中で抵抗は無意味と心得たか」


断魔牢だんまろう……?」

「この町へ入り込んだもののけは、その牢の中で処刑をする決まりになっているのだ」


「処刑……!」

 緋澄ひすみが息を呑んだ。

 人間相手に殺される俺たちではないが、この巫女の持つ力は未知数だ。

 処刑という言葉も重い意味を帯びてくる。


「たしかに俺たちはそういう類の存在だ。だが、決して人間に害を与える気はない。なんならすぐ町を出て行くから、ここを出してはもらえないか?」

「出来ん……と言いたいところだが、取り引きをしてやってもいい。無事に出たいのなら心して聞け」


 かやは北のほうにある山を指差した。


「あの山に馬頭剛力めずごうりきという凶暴な人食い妖怪がいて、周辺の者が被害を被っている。おまえたち三匹のうち二匹を出してやるからそいつを退治してこい」


 匹とまで言うか……。

 しかし、二人だけで?


「期限は明朝。それまでに奴の首を待ってくれば三匹揃って解放してやる」

「持ってこれなかった場合は?」

「ここに残る一匹を処刑する」


 なるほど、一人は人質というわけか。


「退魔の力を持つおぬしが退治してくればよいじゃろう」

「……出来ることならそうしている」

 口を挟んだ魅狐みこかやが苦々しい表情を向けた。


「私にはこの町を守るという使命がある。留守にしているあいだ、おまえたちのような者が来て勝手をされたら困るからな」


 もっともな理由だ。

 やり方はどうあれ、彼女は人々のことを第一に考えている。


 そして俺たちにこんな取り引きを持ちかけるということは、その妖怪は侍が束になっても勝てないほど強いのだろう。

 人に被害を与える妖怪とあれば、俺も見過ごすわけにはいかない。


「断ったらどうなるのじゃ?」

「無論、この場で三匹とも処刑だ」

 かやの言葉は軽口ではない。

 本当に実行しそうなほどの威圧感をまとわせていた。


「わかった協力しよう。ただし俺たち三人で行かせてくれ。必ずそいつを倒して戻ってくると約束する」

「ふざけているのか。もののけと約束などしない」


 取りつく島もなく一蹴されてしまう。


「一匹残って二匹が行く、それは変えられない。誰を残すかはおまえたちで今すぐ決めろ」


 ◆


「……ということだが」

 かやとの話を終え、俺は魅狐みこ緋澄ひすみに振り返った。

 ちなみにかやは檻のすぐ前に仁王立ちして俺たちの相談を聞いている。


「選択の余地はないようじゃの」

「そのあやかしによって町の人たちが困っているのなら、私としてもなんとかしてあげたいです」


 取り引きを飲むという点では誰も異論はないようだった。

 そいつを倒してくれば町の人たちも助かり、俺たちも解放される。

 うまくいけば一挙両得だ。


 問題はかやの提示した条件。

 三人のうち誰かひとりを人質としてここに残していかなければならない。

 では誰が残るのか……。

 俺の中ではすでに答えは決まっていたが。


「ならば、わらわが残るのでおぬしらふたりで行ってくるのじゃ。戦う力で言えばおぬしらのほうが上じゃからな」

「いいえ、私が残ります」

 ふたりの意見は対立していた。


「姉様のほうがあやかしを察知する能力が高いです。戦う以前に見つけなればならないので、やはり姉様と仁士郎様で行くべきです」

「駄目じゃ。こんな檻に一日中いれられるのじゃぞ。おぬしをそんなつらい目には遭わせられぬ」

「それは姉様だって同じことです!」


「待て、そういうことなら話は早い」

 言い合いになり始めたふたりのあいだに俺が割って入る。

「察知能力に長けた魅狐みこと戦闘能力に長けた緋澄ひすみ、おまえたちふたりで行けばちょうどいいだろう」


 こんな晒し者のような真似を彼女たちにさせておくわけにはいかない。

 誰かひとりが残らねばならないのなら、それは最初から俺しかいないのだ。


「しかし、それでは仁士郎様が……」

「悪いが反論は聞かん」

 不服そうな緋澄ひすみは無視して再び茅へと振り向いた。


「決まりだ。彼女たちを出してやってくれ」

「良いのか? そいつらが戻ってこなければおまえが死ぬことになるぞ」

「信用してのことだ。こう見えても彼女たちは強い。必ず退治してきてくれる」


 そしてふたりが檻の外へと出された。


 同心から馬頭剛力めずごうりきなる妖怪の特徴が伝えられ、緋澄ひすみの刀が返却される。

 俺はそれを檻の中で眺めていた。


「仁士郎様」

 出発の準備を終えた緋澄ひすみが不安げな顔を俺へ向けてきた。

「必ず退治して戻ってきますので、少しだけ辛抱していてください」

 そう言うときはもうちょっと自信のある顔をしてもらえるとありがたいのだがな。


「ああ。だがその妖怪が強すぎて身の危険を感じたら、俺のことなど構わず逃げてしまえ。そしてふたりで旅を続けるんだ」

「そっ、そんな……!」

 なんてことを言うのか、と目を丸くする緋澄ひすみ


「……そうじゃな」

 対する魅狐みこは冷静に頷いてみせた。

「いよいよとなったらそういう選択も頭に入れておくのじゃ」


「姉様っ!」

「ぼさっとしておるでないぞ」

 魅狐みこが、非難めいた表情をする緋澄ひすみの手をつかんでずんずんと歩き始める。

 今は一秒でも惜しい、と言わんばかりに。


 ◆


 ふたりが去り、そしてかやや同心たちもいなくなる。

 俺は檻の中でひとりきり。

 やることもないので寝転がっていた。

 刀を取り上げられていなければ、素振りでもして暇が潰せるのだがな……。


 檻の外ではまだ多くの住民が俺へ奇異の目を注いでいた。

 よく飽きないものだ。

 時折、子供が石を投げてくる。

 まさしく晒し刑に処されている気分だった。


 ……そうか。

 自分が妖化して忘れていたが、もののけというのは、人間にとって本来こういう存在であったな。

 恐らくだが……幼少期の緋澄ひすみにもこんな目が向けられていたのだろう。


 長年思い悩むのも当たり前だ。

 そのつらさを、俺はわかった気になっていただけでまるでわかっていなかった。


 しかし彼女は自分の行いでそれを改善してみせたのだ。

 すごいやつだ。

 心からそう思う。

 

「おい……もののけ」

 横になって目をつぶっていると、不意に女の声がかかった。

 かやだった。

 今は同心たちを連れず、ひとりで檻の前に立っている。


「俺には勇薙いさなぎ仁士郎という立派な名前がある」

「まるで人間のような名だな」


「少し前までは人間だったからな。妖化の術とやらで半人半妖になったんだ」

「物好きなやつだ。まぁ、おまえの身の上などどうでもいい」

「ご挨拶だな……」


「おまえにひとつ尋ねたいことがあって来た」

「なんだ?」

「なぜ自分からここに残ると言い出した?」


「おかしいか?」

「……以前にも、もののけの一派をここに捕らえて同じ取り引きを持ちかけたことがある」

 独白するように語り出すかや

「話し合いで揉めたそいつらは、一匹を半殺しにして無理矢理残していった。そして出て行った連中は二度と戻ってこなかった」


「残されたやつはどうなったんだ?」

「約定通りに処刑した」

 愚問だった。


「おまえたちは、そいつらとは様子が違ったのでな。気になって聞いてみたくなった」

「違って当たり前だ。人間にも善人と悪人がいるように、もののけにもいろんなやつがいるからな」


 人間に平然と被害を与える連中が多いのは事実だ。

 だがそうではない者もいる。

 魅狐みこと出会って俺はそれを知ったのだ。


「あいつらは姉妹だ。引き離すのは忍びない。俺が残った理由はそれで充分だろう」

 かやは黙って俺を見つめている。

 俺の言葉が本心であるかを見極めるかのように。

 

「それと、あのふたりも人間の味方だ。戻ってきたときはあまり邪険に扱わないでやってくれ」

「戻ってくればいいがな」

 かやは吐き捨てて踵を返す。


「この取り引きは苦肉の策だ。やつを退治してくれれば御の字だが、あまり期待はしていない。おまえも期待しないほうがいいぞ。せっかく自由になれたというのに、他人のためにわざわざ危険を冒す者などいないからな」


 そして、邪魔したな、と一方的に言ってそのまま去っていった。


 馬頭剛力めずごうりきを倒して戻ってきてくれるのが一番だ。

 仮に戻ってこなくても、ふたりが無事ならそれでいい。


 だが俺も黙って処刑される気はなかった。

 罪を犯したというわけでもないのだ。

 いざというときのために打開策を考えておかなくてはならないな。


 触れられない結界の中で、丸腰の俺にできることといえば……。

 幸い、考える時間はたっぷりありそうだった。


 ◆


 日が沈み、長い夜が訪れ、そして約束の朝が来る。

 魅狐みこ緋澄ひすみは戻ってこなかった。


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