6.約束した雨
――――嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘だ。
――――だって、お母さんは……。
――――ありえない。ありえるはずがない。
……お母さんが生きていたなんて!
「――――お母さん!!!」
言う。言うんだ。
今までのこと。楽しかったこと。寂しかったこと。つらかったこと。全部。
全部話して……それで――――
「――――待って、トーカ。何か様子がおかしいよ、トーカのお母さん」
……確かにそうだと思う。
私の知っているお母さんが「……チィィッ! 殺せなかったか……」なんて言うわけがない。
……幻覚や幻聴の類いだろうか。
……齢15にして、耄碌したのではないかとも疑った。
でも、視力、聴力ともに異常は無さそうだ。正常だ。
視力:直立状態で靴下に小さく『Lie』と書かれているのが読める以上、聴力:左手の親指で人差し指を擦る動作の音を聞き取れる以上。
うん、たぶん正常だ。……正常だ。
……お母さん。
「――――邪魔者は消えてしまえッ!」
「リール――――」
アメさんはリールを守るように、咄嗟にリールを突き出す。
「……リール! アメさん!」
リールとアメさんが透けていく。
今にも、消えてしまうんじゃないかと思ってしまう。
どうしたらいいんだ、私。考えろ、考えろ、考えろ、考えろ。
お母さんはいったい何をしたんだ。なんで、お母さんが魔法らしき何かを使えるんだ。
この世界に来て、突っ込みたいことだらけだよ……。
……話し合わなきゃ。
「お母さん――――」
――――え。
……お母さんは、剣のような何かを私の腹に突き刺したようだ。
痛い。痛い。痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
苦しい。苦しい……。苦しい……よ……。
かなりの出血……死んでしまうかもしれない。
――――翼。この翼で翔べるのか?
……やってみるしかない。逃げるしかない! 今のお母さんは話し合いができる状態じゃない!
翔ぶ方法を知らないが、私は背中に力を入れる。
……ボウッ。
……何かが燃えている音? 左腕に違和感を覚える。
……まさか。
……やっぱり。また、左腕からマグマのような熱い何かが漏れだしている。血じゃない。
ちがう。ちがう。私が今欲している力はそっちじゃない……。
私の翼、お願い……翔べ……!
右翼と左翼がわからなくなるほど翔べ。全速力で駆け抜けろ……!
――――いない!?
「アメさん!? リール!?」
これはいったい……。
もしかして――――
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――――救う。
――――助ける。貴方を。
きっと貴方は苦しんでいる。必死で必死でもがいて、足掻いて、それでも空が見えない暗い暗い底にいる。きっと。
その暗い暗い底で貴方は助けを求めている。
寒い。つらい。痛い。苦しい……。
裏切られ、利用され。心が病んで病んで病んで病んで病んで……。
……たぶん覚えていないと思う。
貴方が私を助けてくれたこと。
暗い暗い底の闇の中で鎖に繋がれた私を貴方は助けてくれた。救いだしてくれた。私から笑顔を取り戻してくれた。
……だから、絶対助ける。
……今度は私が貴方を助ける番だ。
貴方を助けることに心血を注ぐ。
このからだが壊れても。息苦しい嘘の波に呑まれそうになったとしても。
――――この身が朽ち果てたとしても。
――――私は……約束……したから……。
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『6.約束した雨』
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――――ここは……もとの……あの……森。
……森!? 嘘だ! だって、さっきまで、あんな何もない世界にいたはずなのに。
「……痛え。ここは……どこだ!?」
……そうか。アメは知らないんだ。ここのこと。
「アメ。……ここは『私達の世界』だ」
「……は!? なんで、この世界に私は……」
……十中八九、トーカのお母さんの仕業だと思う。……十中八九。
……でも、気になる点がある。
――――だって、アレは……アメは『私を助けるため』に私を突き出したようには見えなかった。
……おそらくコイツは。
「おい、リール。あっちに戻る方法を探すぞ。ちょっとこっちに来い」
……私の予想が正しければ。
「……リール、どうしたんだ。こっちに来いよ」
(……こっちに来いよ)
(……こっちに来いよ)
(……こっちに来いよ)
(……こっちに来いよ)
(……こっちに来いよ)
(……こっちに来いよ)
(……こっちに来いよ)
(……こっちに来いよ)
(……こっちに来いよ)
(……こっちに……来い……よ)
――――ッ!?
……やめろ。やめろ! そんな下卑た気持ち悪い悪魔のような声で私に指図するな!!!
……ダメだ! 絶対に行っちゃいけない!!!
「……? どうした? リール?」
構える。突進をする。ナイフで一突き、二突き、三突き。
そのイメージをする。できる。私ならやれる。
――――お前はトーカの『味方』じゃない。『敵』だ。
「……? どうしたんだ、リールのヤツ……」
背を向けた。今だ!
「――――リール……おい!? リー……」
グサリとナイフを突き刺す。ナイフはアメの下腹部に突き刺さる。
傷口から血が滝のように流れている。
素早く抜き出し、もう一突き。血がドバドバと出る。やれたはず。
三突き、四突き、五突き、六突き、七突き。
お前はやっぱり『敵』だ。
「……リー……ル? ……どうして? お、お腹が痛い、痛い、痛い痛い痛い痛い!」
「――――急に私に親しくなった、あのときから怪しく思ってた」
「……怪しい? 何がだ……痛い……」
「……いや、親しくなったわけじゃない……親しくなったフリをしたんだ。目的はなんだ」
「……はぁ? 何言ってるんだよ」
……甘かった。
「……その出血量でそんな冷静に受け答えできるわけがない。ほら、ボロが出たよ」
「……」
「……お前、私に刺されるのを見越していたな! 腹を刺した感触……人のからだを刺すような感じじゃなかった……」
「……おい、待てよ『人のからだを刺すような感じじゃなかった』って、リールッ……!?」
「……うるさい、目的を答えろ! 偽善者!!!!!」
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――――いつの間にか、私のお腹から溢れ出していた血が止まっていた。貧血感もない。
「――――トーカ……久しぶり。大きくなった……ね」
……お母さん? やっぱり、何かに操られてたりしたんだよ。
お母さんがあんなことをするわけがない。
……お母さん。……お母さん。お母さん!
「お母さん!」
お母さんの胸に飛び込む。お母さん、お母さん!
……ああ、もうなんだっていいや。
だって、久しぶりにお母さんに会えたから……。
「……トーカ、ああ、殺したくなっちゃうなぁ。お父さんといっしょに静かに天国にお逝き……」
……お母さん。
……お母さん?
私はお母さんの胸の中で涙をポロポロと流して泣きながら、その言葉に違和感を覚える。やっぱり、お母さんの様子がおかしい……。
……手を見る。薄い。
「……さっきのと……同じ」
――――まさか、アメさんとリールは死んだ!?
……私も……死ぬ?
アメさんとは短かったけど、あんなに私やリールを心配してくれていたのに。
リールはもう、あのときからずっといっしょなのに。
リールとはたくさん遊んだ。……最初はリールとはあまり合わなかった……でも、遊んでいくうちになかよく……ずっとずっと前から……。それなのに……。
「――――『END』ッ!!!!!」
……え、ア……ミュ?
「うわああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
アミュの手から爆発が生じ、灰色の……煙が辺り一帯を包む。
「トーカから離れろ、ゲスババア!!!」
「……チッ、小娘が……裏切りやがって」
――――手は薄くなってない。なんで……?
強制キャンセルが起こり得るのか? あの……魔法らしきものは。
「……こっちに来て、トーカ」
小声で言う。……アミュ。
「……逃げるんだよ、トーカ! あんなの、勝てるわけがない! 死にに行くようなもんだ!」
「……ああ、うん」
「トーカ、翔び方はわかるか?」
「いや……」
「……なら、走って逃げるしかない。こっちだ、トーカ」
アミュは私の左手を握る。
「あーあ、図書館が崩壊しちゃったなぁ。ここは何階だ? 翔べれば、窓ガラスを割って逃げれるんだけど……」
「……ゴメン」
「……謝ることないよ」
アミュといっしょに走る。私は涙をポロポロと流す。
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「――――突然だけど、アミュはみんなの中では『お母さん』って感じの存在なんだ。『貴方』には……それを知っていてほしい。」
「……」
「……このお話には、嘘がたくさんある。……とても悲しい……お話なんだ」
「――――実話。実話なんだ」
「……うん、実話。むかし、むかーし、あった出来事。ゴメンね、こんなこと、本当は話すつもりなかったんだけど」
「ううん、むしろ『貴方の』むかしの話を聞けるから……それを聞ければ、きっともっとなかよくなれるよ! そんな気がするの!」
「……そう」
「……続き、話して?」
「……うん、わかった」
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「――――リール……やっぱり『裏切り者』は殺さないとな……」
距離を少し取ったつもりだったが、早い!
瞬時に、剣とも言えない、槍とも言えない、弓とも言えない。その、謎の武器を取り出し、私に向かって猛スピードで突進してくる。
……嘘でしょ。あんな重たそうなものを持って、あんなに早いスピードで突進してくるなんて……!
非力な私に勝てるわけがない……。
ヤツの攻撃を避けようとしたそのとき、小石に躓き転ぶ。
幸いにも、その攻撃を避けることはできたが……。
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「――――トーカ、とりあえず図書館は抜け出せたけど、後ろを警戒して」
アミュは後ろを振り向く。
「……うん……うん……うん。」
「――――前も警戒した方がいいんじゃないの?」
「……嘘だろ!?」
「……お母さん!?」
まわりには誰もいなかったはずなのに……。
「……さよなら」
お母さんの手から、青白く光る雷のようなものが私達に向けて放たれる。
「――――クッソッ!!!」
嘘だよね、お母さん?
……お土産話を持って帰ってきてくれるって言ってくれた。
お父さんはお土産を持って帰ってきてくれるって言ってくれた。
そう言ってくれたじゃないか。守ってよ!
だって――――
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――――血を吐く。
コイツがよくわからないものを振り回して、私を殺そうとする。
……再生。再生、再生再生再生再生再生。
――――ここで死ぬわけにはいかない。
この……偽善者を殺し、トーカを助けて元の世界に戻すまでは……!
だって――――
「「――――約束……したんだから」」
『約束した雨』
『END』