24.真実/黒
「――――大丈夫……私が一緒に死んであげるから」
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「…………」
ハッとした顔になる。何か。何かを忘れているような気がして。
首のあたりがむず痒いから掻こうとか、私が世界から消えていた間まわりの人々から見て私はどういう扱いになっているのかとか、たぶんそんなことじゃなくて。
そう……思い……出せない。
「……やっぱり、具合が悪い? ……もう少しだけ。……もう少しだけ、待って」
「いえ、大丈夫です……」
修復しなきゃ。
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「……とりあえず、目的地には着いた。……中に入ると少々クセの強いヤツがいる。……そいつにいろいろと訊くといい」
「…………」
変な色をした外壁。おかしなデザインの旗。目が痛くなるくらいにカラフルな外観……のくせに白と黒があちこちに散りばめられている。
ここは、そう、今まで気になっていた、あの――――
「――――奇抜な建物」
家から森に行くまでの、あの、あのおかしな、建物。
「……さあ、入って」
言われるがままに足を1歩踏み出し、建物内に入る。
中は……少しホコリくさい。掃除はたぶん暫くされていないようだ。床のあちこちには書物や紙切れが乱雑に転がっている。
「――――その足音は。おかえり、RL」
部屋の奥から、そうRLさんの名前を呼ぶ男性の声が聞こえる。
「無事そうで何よりだ」
ひょっこりと顔を出したその男性は、ポットをテーブルらしきものに置くと、ソファーに寛ぐことができる体勢で座る。……というより、寛ぎすぎている。
「……ズズズ。……うん! やっぱり、お茶は緑茶だよな! 美味い!」
「あ、あの……」
「ああ! そうだ! そうだね。自分としたことが、すっかりと忘れていたよ。自分の名前まだ言ってなかったよね。僕の名前は『コネクター』。まあ、これはただ、まわりからそう呼ばれているだけで、本当の名前は『ゲンイチ』っていう極々平凡な名前なんだけどね」
「……はあ」
「話はそこの彼女から聞いているよ。……これは少し……いや、少しどころの話でもないかもしれないな。……酷な話になるかもしれないけど。トーカちゃん、ちょっとお話しようか」
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『24.真実/黒』
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「――――そうだ。お話の前に、何か訊きたいことはない? なんでもいいよ~。好きな食べ物についてでもいいし、趣味についてでもいい。……ああ、もちろん、あの世界のことでもいいよ」
「……ええと」
「あ、飲み物いる? 僕は無類の緑茶好きなんだけど、一応紅茶、それからオレンジジュースくらいなら出せるよ」
「あ、お言葉に甘えていただきます」
「何がいい?」
「じゃあ……同じ、緑茶で」
「オーケーオーケー! ……あちっ! あちちちちちちちちっ! あ、あつぅ~。失礼失礼。やっぱり、緑茶は熱いくらいのがいいよね~!」
この人、結構饒舌だなあ。なんだか、見ていてこっちまで楽しい気分になってきた。
「白湯なんかもいいよねー。からだがポカポカしてくる感じが実にいい! でも、近々頻繁にトイレに行くようになっちゃってね……。飲みすぎの弊害ってやつなのかな……って、そうだった! そうそう、訊きたいことなんか思いついた? なんでもいいよ。もう、どんどん訊いちゃって」
「えと、RLさんとの関係はどういった……」
「あー、RLとはべつに彼氏彼女とかそういう関係じゃないよ。……そうだな。強いていうとしたら、仕事仲間かな。……コイツと約束したんだ。……約束、というより、契約、といった方がいいかもしれないな」
出会いとかも訊いていいんだろうか。踏み込みすぎるのも、なんだか良くない気がする。
「他には何かあるかい?」
「……いっぱいあります。訊きたいことが、山程と……」
「そうか、そうか。……まあ、いろいろとあるしね。ちなみにこれはただワンクッション置いておきたかっただけなんだ。あー、ちょっと話しづらいな……」
彼はそう言いながら、小刻みに膝を揺らす。貧乏ゆすりだ。
「――――なんか、変に感じない? その、さ。なんだろうな」
変? 確かにこのからだとかはもう収拾がつかないくらい変ではあるけれど。
「この腕とこのなんか翼みたいなやつのことですか?」
「ええっと、それじゃない。……具体例を出せばいいか。例えばここ。この建物とか」
「あー、確かに見た目が変ですよね」
たぶん、ある程度の感性を持っていれば、誰でも思うことではあると思うけれど。
「あー……見た目じゃないんだ。……ここ。この建物、実は誰の許可も得ずに建てられたものなんだ」
それってつまり――――違法って、こと……?
「なのに、この場所から立ち退いてください、とか言われるような警察沙汰とかそういうことが起きていないんだ」
「…………」
「――――何故だと思う?」
「……ハッ! まさか、賄賂ですか?」
それか、裏で繋がりがあるとか。
「いいや、いいや、僕はそこまで汚れてはいないと思うよ。……自分では。んーと……」
手を顎に当てる仕草をして、暫く考えた後に彼は言う。
「……ある一家が全員行方不明になってしまった。そして、他の数名も行方不明。なのに、なのに……」
彼は言葉を濁らせた後、私に悲しそうな表情を見せて、こう、言った。
「――――全然、騒ぎになっていないんだ」
「……え」
その言葉は、とても衝撃的だった。普通、一家全員行方不明となると、警察沙汰、果てにはマスコミや世間一般の人々だって騒いだり、驚いたり、不審に思ったりするはずなのに。
存在が空気だったとか? ……いや、そうだとしてもありえない話だ。
「それって、どういうことですか……? 存在……記憶すらもが……消えてしまったってことですか……?」
「……もしかしたらそうかもしれない。誰かの手によって消されてしまった、って可能性も」
それって、それって……。
「でも、たぶん違う。言いたかったのはそうじゃないんだ」
「と、言うと……」
「――――この世界自体、元からおかしかったんじゃないか、ってことなんだ」
……え。えぇ……?
思わず、冷ややかな視線を向ける。まるで、嫌いな食べ物を無理矢理にでも食べるかのような感じで。
「……まあ、そんな目で見られるか。誤解しないでね。この、誤解は……いずれは解けるかな」
彼の呟いた独り言が妙に気になる。……うーん。
「この世界もあっちも、誰かの手によって創造された、若しくは改編された。言いたかったのは、これなんだ。……あ、お茶、もっといるかい?」
「あ、お願いします」
その理論から考えると、つまり、私は生まれたときから誰かがつくった世界の上で何も知らずにのほほんと生きていた。……なんか、今まで私が、誰かの上で弄ばれて踊らされていた人形のような感じに思えてしまって、とても、気味が悪い。
「……おい、ゲンイチ。顔色が悪そうだ。……少し休憩させてやれ」
「ハハハ、相変わらずRLは口が悪いなぁ。わかった、わかった。この話は一旦、置いておこうか。あー、そうだった。たぶん、お腹が空いているだろう? 何か作るよ。……んー、トーストと焼きベーコン、スクランブルエッグ、それにサラダ……それで大丈夫?」
「あ、はい。大丈夫です」
「オーケー。じゃ、そのソファーでできるまで横になってな」
静かに吐息を漏らしながら、瞼を閉じた。
「……良い友達持ったな、トーカちゃん」
「…………」
「……よし、できた! あとは盛り付けて、っと……。さあさ、起きた起きた! お食事のできあがりですよ! っと」
ふわーあっ。眠い……。
「……ありがとうございます」
「んおっ? いいって、いいって。気にすんな。遠慮せずに食えよ~!」
「……いただきます」
……普通に美味しい。餓死せずに今を生きている自分に、あんなことが起きても尚生きている自分に、思わず涙が出る。
「……泣いているの?」
「おっ? 僕の飯がそんなに美味かったのか? ひゃっほー! これは、また腕を上げたな! なあ、RL! そう思うだろ!」
「……なわけないだろう? ……お前、少し黙れ」
「気にしないで。……私は大丈夫だから。本当だよ……?」
逃亡癖……治ってなかったよ。ダメだ、こんなんじゃ。
「……また。……もう少し寝てな」
「うん……」
「話をするのはそれからでもいいだろう? ゲンイチ」
「ああ、もちろんだとも」
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「…………」
あれから、たぶん熟睡して。
「おはよう! ……いやぁ、2人とも良い寝顔してたから、思わず写真撮っちゃったよ。アッハッハッ! いやぁ、いいもんだね~額にでも飾っておくかな」
それ、私はともかく、RLさんにかなり叱られるんじゃ……。
「……ふう。そうだ、訊きたいことまだあるんだったんだよね? 僕に話してみて」
「あ、はい。ええと、あっちの世界のことの話なんですけど」
「オーケーオーケー。あっちの世界の話だね」
「ある人に、時計台……時計塔? が15もあってそのうちの何処かがこの世界とあっちを繋いでいるから探そうみたいなことを言われたんです。で、気づいたら友達たちがいなくなっていて、別の世界みたいなところ来ちゃって、そしたらRLさんと遭遇したんです。これは……いったい?」
「……え? まてまて。時計台? 15? なんだそれ」
彼は、首を傾げる動作をすると、手を此方に向ける。
「――――嘘、かもね。その人、適当な嘘を言っている。というか、僕ら以外にあそこに行けるヤツがいるのか……それは興味深いなあ。僕は確かにあっちのことも知っている人間ではあるわけだが、それは初めて知った」
「別の行き方があるとかではなくて……」
あっ。……なら、そのことを私に伝えているはず。そんな口ぶりではなかったような。
「……トーカちゃん。君はまんまとその人の嘘の上で踊らされていた……ということだ」
つまり……利用されていた、とか。
何か隠し事をしている感は確かにあった。
「……やっぱり、嘘を」
「まあ、嘘なんて誰でも吐き捨てるものだからね。……やっぱ、半信半疑くらいが一番いいのかなぁ」
そう言いながら、彼は、ズズズ、と音を立ててお茶を啜る。
「飲み終わってしまった。お茶入れるか……お、茶柱が立った。なんか縁起がいいなあ」
……でも。
「……でも、この時期に熱いお茶」
なんか、何処か、どこかしらがズレてる気がするのは気のせいかな。……そんな私もこの熱い緑茶を選んでしまったわけだけども。
「……で、話を戻すわけだけど、どうして別々になってしまったか、どうして別の世界のような場所に迷い込んでしまったのか、って話だよね」
「はい」
「うーん、そうだなー。その件に関しては僕からは話せない……いや、言えないかな。というより、わからない? が、正しいのかな? RLに訊いてみるのがいいと思うよ。彼女が起きたら訊いてみな」
「……わかりました」
若干、眠そうな目を擦り、口から欠伸が出るので手で抑えながら眠そうな声で返事を返した。
「他に訊きたいことはまだあるかい?」
「えっと……」
次に訊く内容は――――




