3.敵対した雨
――――私がティビィ達と出会ったのは、私が10歳の頃だった。
ちょうど6年くらいの歳月が経ったんだなぁ。あのときもとても暑い夏だった。
~~~~~~~~~~~~
「――――暑い」
それに、やることがなくてとても退屈だ。
暇だから、おばあちゃんから何か本でも借りよう。
そう思った私は、重たいからだをすぐに起こし、部屋を出て階段へと急ぐ。
階段をバタバタと下りる。
……うちの階段は他の家よりもほんの僅かだが段数が多いらしく、下りるのに若干の時間がかかる。
1階に着いて、すぐ右に曲がりずっと奥まで進むと、左側におばあちゃんの部屋がある。
襖をゆっくりと開ける。
「おばあちゃん! 何か本借りていい?」
「おやぁ、トーカ。好きに持っていってええよぉ。そうだ、せっかくきてくれたんだから、アイスをやろう」
おばあちゃんはニコリと笑う。
「わ、わ、わ! ありがとう、おばあちゃん!」
アイスを口にくわえながら、これがいいかなーとか、いや、あれもいいなーとか、じっくりと選んで2冊持つ。
「よし、これでいいかな」
アイスもちょうど食べ終わったから、ゴミをゴミ箱に捨てて、おばあちゃんの部屋を出る。
自分の部屋まで戻ろうとするが、玄関前まで来たとき、玄関扉に誰かのシルエットが見え、外に誰かいるのがわかった。
あれ、誰かいる。郵便屋さんかな。
ガチャリと扉を開ける。
「はーい、どなたですか――――」
「やあ!」
……誰?
髪は茶髪のショート。背は私と同じくらい。容姿は可愛らしいというよりは……男らしい?
歳は同じくらいかな。でも、同じ学校じゃなさそうだ。
「どなたですか~?」と、私は尋ねる。
すると、その女の子は「アタシはティビィ!」と、言う。
ティビィは続けて「キミがトーカか? アタシの学校じゃあ、有名だったんだぜぇい?」と、言う。
「はあ……」
「よっしゃ、お前ら連れてけ~!」
「……え~!!!」
ガサガサと音がしたかと思えば、いきなり4人の女の子が現れて、私の手を引いたりからだを押したりして、何処かへと連れていかれた。
――――辿り着いた先は森だった。
「ええと、はぁ、はぁ、ふぅ、ティビィさんは、なんで、私を、この森、まで、連れて、きたの……?」
「そりゃあ、お前、あれだろ!友達になりたいから連れてきたのさ!」
……なんだそりゃ。
「森で遊ぶのって危なくない? ……熊とか出たらどうするの?」
「この森で熊に遭遇したことは1回もねえなぁ~蛇なら1回だけ遭遇したけど」
「……だいたい、よく私の家があそこだってわかったわね」
「そりゃあ、聞いたからね、キミの友達に」
「はあ」
誰だろう。オレンか? ミーモか?
……というか、あの2人のどっちかしかありえないな。あの2人なら、誰にでもペラペラ話しちゃうだろうし。
「……で、ティビィさんの学校で私が有名だったって言っていたけど、なんで?」
――――いや、だいたい予想はついてるけど。
「うちの学校じゃあ『鬼のトーカ』って伝説を聞かない人はいないくらいだからな! 何かやらかしたから有名になってるんだろぉ~! 聞くまでもないくせに~ウリウリィ~」
「……なんか、嫌な伝説ね」
……やらかしたといえばやらかした。
だから私は転校して今の学校にいるわけだし。
でも、その伝説は相当恥ずかしいものだと思う。べつに、喧嘩ばかりしていたとか、そういうのじゃない。
というか、前までティビィさんと同じ学校だったのか。こんな感じの人いたっけ。
「ティビィさんっていたっけ?」
「アタシはトーカが転校した1ヶ月後くらいにこっちに来たらしいんだ、知らないのも無理ないね」
「そうなんだ」
「改めて、自己紹介がまだだったな~アタシは、ティビィ! 好きなことはスポーツ全部! 嫌いな食べ物はピーマンだ! よろしくぅ~!」
「……どうも」
「そんじゃ! リール!」
「……私はリール。好きなことは読書とか……好きな食べ物は柿。よろしく……」
「読書好きなの!?私も好きなの!よろしくね~!」
「――――ッ!」
テンション上げすぎたかな。
……なんか冷たい感じがする。
「私はヴィネです。よろしく」
……うん?それだけ?
「あ、アハハ、よろしく~」
「あ、私はアミュっていいます~ティビィの行動にはいつも困っちゃってね~コイツ、いっつも迷惑かけるから」
「アンタはアタシの母親かっての!」
すごい……お母さん感。
母性がスゴい! 良識人って感じやぁ。
「トーカちゃん、よろしく~」
「こちらこそよろしくお願いします~」
「あ!なんかアタシと対応が違うぅ!!」
「アハハハハハ!」
「で、最後にコイツが……」
「シピスちゃんだよぉ☆ヨロシク! ワ・タ・シ・は~ティ、ビィ、の~ただの友達でした!」
「「「ズコー」」」
なんだろう、この強烈なキャラは。何処の時代のギャルだ。
「よ、よろしく~」
「アタシはおもしろいヤツを友達にしたくてな~そんで、トーカの伝説を聞くとなぁ~すっげえおもしろそうなヤツに思えてよ~それでこれってわけだ」
「はあ、まあ退屈してたし……良いタイミングだったかなぁ」
「まあ、今後ともよろしくゥ~! てか、聞いてたイメージとまったくちがうなぁ、トーカは! なんか真面目ってーか、しっかりしてるっていうか」
「噂なんて……あまり信用するもんじゃあないよ……ハハハ」
~~~~~~~~~~~~
――――そんなこんなあって、私達は森でたくさん遊んだ。
……ああ、そういえば、あのときはまだ、リールはなんかおとなしかったなぁ。
あの頃とは正反対な性格になったなぁ。
なんというか、明るいというか、それでいて楽しそう。
あの頃はリールが一番苦手だったかな。うん。
私達6人組の中で、最も新参なのは私だ。
だから、私がいなかったときの様子は知らない。まったくだ。
ティビィひとりだったときの様子も知りたいかも。
みんなの過去も聞いたことがない。知りたいことだらけだ。
今度、みんなと遊ぶときに聞いてみようかな。
初めて森で遊んだときはちょっと怖かったけど、とてもワクワクしたなあ。
森にはハンモックや、倒木を利用した自然の遊具がいっぱいあった。
それに、森は少し涼しく感じた。遊ぶにはもってこいの場所だと言える。
「『鬼のトーカ』か。なんか、思い出しただけで笑っちゃいそうになるなあ」
――――でも『鬼』なんて表現は、正直自分には相応しくないと思った。
私は人にどう思われているか、どうしても気にしてしまう。私は小心者なのだ。
だから……『鬼』なんて表現……。
~~~~~~~~~~~~
「――――トーカ。とりあえずこの辺りで休もうか」
……。
「……トーカ?」
「そうですね……」
……不思議に思う。
今、考えると、ティビィはすごかった。
私達、6人組はひとりひとり『別の学校』だった。
『別の学校』の6人がひとつの場所に集まって、みんなで遊ぶ。
「……ティビィはすごいや」
ティビィのコミュニケーション能力が高いからできた業なのだろうか。……。
「――――トーカ、大丈夫かい?」
「……はい、大丈夫です」
「本当に?」
「はい」
「そうか、ならよかった――――」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ。
「な、何――――」
地面が揺れる。空間が揺れる。世界が強く揺れる。
「この世界の時間が動き出したんだ! やっぱり、アイツらが……」
「違いま――――」
違いますよ、って言おうとした。
でも、今までの不可思議な行動や言動。
そして、唐突過ぎた出会い。
これらを考えると……やっぱり。
胸がダクンダクンと痛む。頭がズキンズキンと痛む。
からだが……動かない。
……あ。あ。あ。あ。う。
――――きっと大丈夫。
――――6人なら大丈夫。
――――トーカの様子がおかしい。
休憩しているはずなのに、休憩している感じがしない。
……あの、大きな揺れ。やっぱりヤツらが。
おかしい……。
――――予定と大幅に違う。
……どういうことだ?
『ヤツ』はいったい、何をしている?
このままでは――――
――――痛みが引いていく。ゆっくりと。
アメさんを不安にさせてしまっただろうか。
……考えることを放棄したら、そこまでだ。そこで終わってしまう。
大きく深呼吸する。スー、ハー。
気持ちを、心を、大きくリフレッシュする。
……でも、心のモヤモヤまでは消えなかった。
……みんなが隠しごとをしているから?
……仲がよかった私達の絆は、こうも脆かったんだと実感したから?
……どう考えても、仲直りできそうな状況じゃあない。
……みんなはきっと仲間割れした。
いや、絶対仲間割れした。
ずっと考えていた。どうすれば仲直りできるかって。
左手を強く握りしめる。それを右手で包む。
小さい頃からの癖が出ていた。
………………?
考えていると、また疑問に思ったことがあった。
出会ったとき。そのときはまだシピスはティビィをあんなに溺愛していなかった。
……そういえば、いつからあんなに溺愛し始めたんだろう。
顔を上げる。
ふぅーッ、と息を吐く。
真正面を見ると、誰かがやってきている。
「トーカ、誰か来たぞ。心を落ち着かせて」
「はい」
……来たのはティビィだった。
「――――よう、トーカ。そいつから離れろ。今、助けてやる」
ずっと一緒にいた仲間。のはずなのに、今はまったく信用できない。
信頼していた友達から裏切られた気分が、今の私の心境に近い。
お腹がキリキリと痛む。
「……ティビィ、か」
「……ッ!?」
……やっぱり、アメさんはみんなを知っている。
「……ティビィ、人を殺そうって考えるのはおかしいよ」
「おかしい……? そいつはヴィネを殺そうとした。トーカはやられっぱなしでいいって言うのか? しかも、そいつは何を考えているのかわからない」
ティビィもだよ。私はそう思った。
だけど、これは言えない。言ってはいけない気がする。
「トーカ、お前なんでそいつの味方をするんだ? そいつはアタシ達の敵だぞ?」
……『アタシ達』の敵。
でも『私』の敵ではない。そんな気がする。
敵とか味方とか……そんなこと……考えたくもなかったのに。
「……ダメだなトーカ。逃げよう」
「……お前は強いくせに、逃げるって言うのか? しかも人質をとって」
私が人質?ティビィは何を言っているんだ。
ティビィの顔を見ると、今までのティビィからは眩しい光がピカーンと見えていたのに、今はどんより薄暗い雨模様。そんな感じ。
みんな、私も含めてよくわからなくなってきている。
「――――強いから、逃げるを選ぶ」
「……はあ?」
ティビィにはわからないようだ。
……強いから逃げる。
勝ち数が多いから……強いってことじゃない。
状況を考えて『戦わない』という選択をした。相手の心を傷つけないようにした。
ただ、勝負に勝っているだけの人間が強いと思っているティビィと、勝負に勝つだけじゃなく、相手の気持ちまで考えられる人間こそが本当の強いヤツだ、と思っているアメさん。
……やっぱり、アメさんは何か理由があって、ティビィ達と敵対しているんだと思う。
私は……ティビィのことが少しずつ……。
――――グサッ。
……え。
「ぐ、ぐわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い、背中が、背中が……ッ!」
「……ヴィネ!?」
ティビィの目から、涙が溢れだしている。
からだの中の水分をすべて出しているんじゃないか、と思うくらい涙が溢れ出している。
「て、てんめぇ! ヴィネ!!! やりやがったなぁ!!!!!」
……………………………………!!!!?
「あ、あ……」
ティビィの右手からは、アメさんと同じ、謎の切れ味がよさそうな武器が生えていた。
3.敵対した雨 END