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21.透過した雨/透過した雨

 




 ――――私の中にはもう一人の私がいる。名前はきっとまだない。

 私は弱虫なお前がきっと、嫌いだ。たぶん、嫌いだ。

 お前はたぶん、私の存在を否定する。たとえ、それが善であろうとも。


 だから、大嫌いだ。


 ――――サァサァと雨が降り始める。溝には水が溜まり、辺りには湿った空気が漂う。ある人はその空気を『泥臭い』と思うかもしれない。また、ある人はその空気を『心地よい』と思うかもしれない。


 私は後者だった。


 ――――お前がそれを願うのなら、私はそれを願わないでおこう。お前がそれを善しとするのなら、私はそれを悪しとしよう。そうすれば対になる。

 対になって、ぶつかり合って、痛み分けをして、滅んで、消えていく。きれいな世界。






 ここがお前の死に場所だ。






 ――――絡まりあった心を締め付け閉じ込める。そんなマイナスな世界になるのであれば、いっそゼロにしてしまおう。

 それが望み。そして、やさしさ。




 ~~~~~~~~~~~~~~~




『21.透過した雨/透過した雨』




 ~~~~~~~~~~~~~~~




「――――1、2、3、4、5人……か。なるほど……」

 誰かの声がする。聞いたことがあるような、聞いたことがないような、身近にあったような、身近になかったような、そんな感じの声が。




「――――誰……誰……?」




 すっとんきょうな声が私の口から静かに漏れる。少しだけ悲哀な感じかもしれない。

 ……私の口から漏れたその問いに対しての返答は数十秒待っても返ってこなかった。

 辺りを警戒しつつ、下唇を噛む。




「――――ッ!?」




 ふと、視線を下に落とした瞬間、強引に髪を引っ張られる感覚がする。すごく、ひどく強引だ。

「……痛い。……痛い痛い痛い痛い痛い痛い! 助けて、お姉ちゃん! みんな!」

 あまりもの痛さに、思わず助けを求める。必死に。必死に。




「――――ッ!? お前……」

 お姉ちゃんが動こうとしていたからだをピタリと止め、絶句する。




「――――お前は……何者!?」

 そう『お前』に問う。正体を。……いや、もしかしたら正体なんかじゃないのかもしれない。


「……ッ!」

 髪を引きちぎられる覚悟で、こちらも強引に振り払う。痛みを我慢して後ろを振り向き、腕から放出されるこの炎を思いっきり『お前』にぶつけようとする。






「……なんで。……なんで、なんで、なんで『私』がもう1人……!?」






 姿形が私と何から何までいっしょの何かがそこにいた。『お前』が『私』で『私』が『お前』で。

 でも、私とは何かがちがう。何かが欠けているからなのか、若しくは何かが満たされているからなのか。私にはその存在を理解することができなかった。

 私は急にからだが震え出し、怖くなって思わず頭を抱え、涙をポロリとこぼしながら蹲る。

 しかし、お姉ちゃんは私とはちがい、その謎の存在に臆することなくこう言ってのける。




「――――お前、実に不快だわ。姿形は私の大切な、愛する妹と比べてもそっくりそのまま。……でも、お前はそういった人間の皮を被ってでも不快だと思える、最低最悪の下種な存在。……なんて醜い存在だこと」




 その謎の存在は、その言葉を聞いても無表情のまま、ただひたすらに私を見続ける。まるで、私以外の人間には価値がないと思っているかのように。


「――――不快。不快、なのは……」

 彼女は何かを言いかけようとしたが、言葉を詰まらせた。

 ……その言葉に何かがあるというのはわかるのに、その言葉が何かというのはわからない。とても、もどかしい。


「――――私達を殺しに来たの……? ねえ、ねえ。もう、たくさんだよ、こんな世界……」

 僅かばかしは残っていたであろう勇気をへし折りに来る存在が幾度も幾度もやって来るからか、心の何処か深い深い底から産まれた弱音を思わず吐き出す。

 今の状況と人生は似ているかもしれない。ほとんど同じだ。

 だけど、少しばかしちがう。

 人生には勇気を補給してくれる存在だって、幾度も幾度もやってくる。だから、大概の人間はなんとか心が折れて消えずにその場で踏みとどまる。

 でも、これにはそれがない。……ないんだ、まったく。




「――――『アミュレット』は……いないんだ。……そう」

 彼女が独りでにそう言い出す。……何故だか、少しやさしい感じがする声だった。

「『アミュレット』……?」

 涙で赤く腫れた目を掌で拭いながら、彼女のその言葉の何かが引っ掛かり、2回3回4回とその言葉を心中で言い続ける。

『アミュレット』……『アミュレット』……。

 そうしているうちに、頭の中でひとりの女の子を思い出す。




 ――――アミュ。『アミュレット』……アミュ。

 ……『アミュレット』とはお守りのこと。アミュ、それは彼女らしい良い名前だと思った。




「――――アミュなら……もう、もう……いないよ。この世界にも、あっちの、私達の、私達が幸せに暮らしていくはずだった世界にだって」

 静かだけど怒りの籠った声でリールは言う。リールも目のあたりが赤く腫れていた。

「そう。……そうなんだ」

 私達にとって、それはとても苦しくてつらくて泣き出すほど悲しいことなのに、彼女は私達の気持ちを無視して切り捨てるかの如くそう言う。




「――――ッ。……ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ」


「――――シピス! ダメだよ! 安静にしてなきゃ!」




 足を引きずらせながら、なんとかからだを動かし、こちらへと向かって何かをしようとしているのが伝わる。

 ……やめてよ。……やめてったら。

「安静にしてなさいって」

 ヴィネがシピスのお腹をガシッと掴まえる。




「――――まあ、まだいいか」

 彼女はそう言葉を残し、ゆっくりと彼女のからだが粒のような何かに分解されて、何処かへと消えてゆく。


「待ってよ。……待ってよ!」


 私は叫ぶ。が、彼女にはその言葉が届かなかったようだ。




 ~~~~~~~~~~~~~~~

 ~~~~~~~~~~~~~~~

 ~~~~~~~~~~~~~~~




 ――――体力がもうそろそろ尽きそうだ。もしかしたら、既に限界には達しているのかもしれない。

 泣いて、喚いて、傷ついて、疲れ果てて。

 ……もう、微かな希望に託してそれにしがみつくしかない。……寒い。

 微力を振り絞り、時計台へと目指す。いつ倒れても……おかしくはない。


 ――――本当だったら、私はこんな苦しい思いなんてしていなかったはずなのに。涙も、血も、誰かが傷つくのも死ぬのも見ることなんてなかったはずなのに。

 ……家に。……家に帰りたい。


 そんな思いを募らせながら、歯を食い縛って必死にこの白と黒の世界を歩き続ける。


 ……生きたい。……生きていたい。

 こっちの世界に来たばかりのときは口数も多かった。正直言うと、最初はワクワクしていたりした。

 ……なのに、なのに。今はまったくちがう。

 喋り続けると疲れ果てて死ぬから、心に過度な期待を持たせておいた後のショックで疲れ果てて死ぬから。生きたいなら、必死にもがくしかない。

 だから、今はこの世界がワクワクするものだなんてこれっぽっちも思わない。思ってなんかいけない。絶対に。


「……お姉ちゃん」


「大丈夫よ、これくらい。1人背負うくらい、平気よ、平気。それに、この中で一番歳を食っているのは私なんだから。知識も経験も多い年長者が年端もいかない娘に何もしてやらないなんて、そんな人間に私はなりたくないだけ。自分の意志で私はこの娘を背負っているの。だから、安心しなさい?」


「……うん」

 シピスはお姉ちゃんの背中でぐったりとしている。……無理もない。

 ……頑張れ。……きっと、あともう少しで帰れるから。

 歩き続け、歩き続け、歩き続け、吐き気を催しても歩き続け、未だに歩き続ける。しつこく幾度も幾度も疲れはやってくる。

 ここで歩を止めてもいいんじゃないかな、ここでリタイアしてもいいんじゃないかな、といった黒い誘惑が私の心にいつまでも囁き続ける。

「……うるさい。うるさいうるさいうるさい黙れ黙れ黙れ」と心中で言い続けて追い払おうとするが、一行に出ていこうとはしてくれない。

 どんどんどんどんどんどん、深い深い底無しの沼へと沈んでいっているような気がする。先行きがまったくわからない。




「――――あれは」

 ……新たな時計台だ。

 これで終わるのだろうか。まだ続くのだろうか。頭の中では終わるか続くかの2択しか考えられていなかった。おそらく、私達は思考が停止している。


「――――帰りたい」

 突然、ヴィネの口からそんな言葉が漏れ出す。

「暑い」と言われるとよけいに暑く感じてしまったり、「寒い」と言われるとよけいに寒く感じてしまう現象が多々ある。ヴィネの言葉はまさにそれを引き起こすものだった。


「――――帰りたい」

 ヴィネに続けて、リールもその言葉を口に出す。2連鎖だ。

 私だけは釣られまい絶対に釣られまいと心中に幾度も言ってはみるものの、その効果は薄そうだ。私もいずれはポロッと不意にその言葉を言ってしまうかもしれない。その、呪いの言葉を。


「……リール? ヴィネ? ちょっとこっちに来なさいな」


「「……?」」


 お姉ちゃんは2人を呼びかける。呼びかける意味はなんとなく察していた。




「――――その言葉は言わない方がいいわ。私達にその言葉は必要ないと思うの。いい? 何かに欲が出すぎて、それが欲しくて欲しくてたまらなくなってしまうと、返って損をしてしまうことなんてよくあるわ。欲は程々が一番だと思うの。だから、その言葉は言わないでほしい。これは私個人からのお願い」

 お姉ちゃんは2人に対してそう、お願いをする。やさしく、やさしくお願いをする。

 ……ふと、思い出す。幼い頃、欲しくて欲しくてたまらなかったおもちゃをお母さんに買ってもらったときのことを。

 あのおもちゃ、今は何処にあるんだろう。紛失してしまったから、わからないや。ごめんね。

 おもちゃに対して、心中で謝る。

 欲が出すぎたものでも、手に入れてしまえば結局はいずれその程度の認識となる存在になり得るのかもしれない。




 私は……。




 ~~~~~~~~~~~~~~~

 ~~~~~~~~~~~~~~~

 ~~~~~~~~~~~~~~~




「――――トーカ、こっちへおいで。……疲れたでしょう?」




 ~~~~~~~~~~~~~~~

 ~~~~~~~~~~~~~~~

 ~~~~~~~~~~~~~~~




 ――――また、黒い誘惑が私を何処かへと誘おうとしてくる。






 ――――この世界にある黒は強欲を示しているのかもしれない。




『』


『透過した雨』


『透過した雨/』


『透過した雨/透過した雨』


 END

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