2.隠した雨
――――おかしい。何かがおかしい。
あの、5人の様子は何か変だ。もしかして、この空間のこととか、何か知っているの?
私の知っているティビィが『殺す』という意見にあっさりと賛成するだろうか。
リールは普段うるさいくらい明るいやつなのに、ほぼ無言だった。明らかに様子がおかしい。
本当に、ありえない現象と元の世界に戻れないことで、恐怖を抱いて怯えているのだろうか?
私に隠していることがあるのは間違いない。
しかし、今はそれよりも、この空間から出る方法を考えなければ。
アメさんは『現実の世界』に帰してくれると言うが、果たしてそれを信用して良いものなのだろうか。騙されているケースも考えなきゃ。
そう、例えば出方を知っていて、実はこの空間から出ることは可能なのだが、この空間から私が出てしまえば何らかのデメリットが発生してしまう。だから、出れないという嘘を吐いている。
「……あの、本当に出れないんですか?」
……直球過ぎたか? いや、遠回しに言うのも結局、行き着く先は同じだ。
「うん、出れない。これはあっちの世界じゃなく、こっちで何かあったんだろうね」
……嘘を吐いているようには見えない。いや、しかし、これだけで信用はできない。
……探りを入れるか?
嘘を吐いていない場合、探りを入れたとしても何も起こらない。だから、探りを入れた時間が無駄になってしまう。
さらに、アメさんがとても悲しい思いをするだろう。
「私はそんなに信用できない人間に見えたの?」とか思われてしまうかもしれない。
嘘を吐いている場合、探りを入れれば、出方とか、何かしら鍵になる情報が手に入るかもしれない。
しかし、それは危険でもある。
アメさんは私を利用するために嘘を吐いている、ということになってしまう。
私を利用する気ではないのなら、嘘を吐く意味はない。
だから、探りを入れてしまえば拘束され……でも、利用する気なら最初から私を拘束したりしないか?
考えれば考えるほど謎が深まる。
でも、どちらのケースにせよ、探りを入れるのはやめた方がいいかもしれない。
「……どうしますか?」
「そうだね……とりあえずこの世界の時計台に行こうか。あそこの時計が止まっちゃったから『現実の世界』との時間がズレて、戻れないのかもしれない」
……時計台。
「わかりました」
でも、道中で5人に見つかってしまうんじゃないだろうか。
5人はあの件から、アメさんに対して敵意がうまれてしまったと思う。
「……? ……見つからないように飛んでいくからね! しっかり私のからだを掴んでいなよ!」
どうやら、私の考えていることが顔に出てしまったらしい。
「はい」
――――この空間は無音だ。環境音がまったく聞こえない。
辺り一面を見る。
……驚くほど何もない。白い地面や謎の物体と黒い空だけ。
そんな空間に私達は、いる。
ゲームの世界のようだ。
異世界はあった。しかし、その異世界は、私が行きたかった異世界とは違う。理想とはほど遠い。
……寂しい、という言葉がとても似合う世界。
空を飛んでいる。しかし、同じ風景が延々と続くからか、とても退屈だ。
「――――着いたよ」
「……ここが時計台ですか」
「うん」
……時計台というよりは、時計城って感じの建物だと思う。かなりの大きさだ。
「……ダメだね、時計台の時計はちゃんと動いてる。時計台の時計が原因じゃないのかな」
「……そうですか」
……「時計台の時計は」ってことは、ここ以外にも時計があるってことなのだろう。
「この世界に時計って、幾つくらいあるんですか?」
「んんん……そうだね、15くらいかな」
15。15もの時計を全部確認するとなると、かなり時間がかかる。どうにかならないものか。
「まあ、しょーがない、彼女らに会わないように慎重に歩を進めつつ、確認するしかないね」
「そうですね」
右手で左腕を擦る。
……?
……やけに左腕が重い。
……気のせいじゃない。
左腕が重い原因がわからない。
……疲れからとか?
それはあるかもしれない。
実際、自問自答ばかりしているのは、自分を落ち着かせるためなわけだし。
俯瞰的に見よう。
焦っている、ということがよくわかった。
「……おい、トーカ」
「……え」
「しっ……静かに……」
アメさんが小声で言う。
時計台の左横に隠れる。
なるべく息の音を殺し、足音を立てないように壁に張り付く。
……あれは、リール!?
……単独行動で何をしているの?
何かを探しているみたいだ。
やっぱり、リールはこの空間のことを何か知っている。
そして、おそらくアメさんのことも知っているだろう。
コツンコツンコツンと足音を立てながら、時計台の中に入っていく。
「……追いかけますか?」
ボソッと言う。
「いや、バレたらどうなるかわからない。中に隠れる場所はないし、それに……」
それに。やっぱり何かある。
ただ、わざとらしいのが謎だ。
謎が多すぎる。解決はまったくしていないのに、次から次へと謎が増えていく一方だ。
――――10分程すると、リールは時計台から出てきた。
またコツンコツンコツンと足音を立てながら、時計台を去っていく。
去っていく背中は、何処か悲しそうな感じがした。
「よし、追いつかないようにゆっくりと行こう」
「……はい」
足音をなるべく立てないように、ゆっくりと歩く。
1歩、2歩、3歩。
「……ッ!トーカ――――」
「……トーカ、そいつに近づかない方がいい」
……アミュ!?
気配がなかったのに。いったい何処から!?
「そいつは……トーカを利用して、私達だけじゃなく、私達以外の人間も殺す気だ……! 殺される前に私達の手で殺さなきゃ!!」
「ま、待ってよ! 私を利用するって? いったいどういうことよ!?」
「……ンンンッ! 詳しくは言えないけど、そいつは本当にヤバい!
早くこっちに!!!」
……。
「アミュ……何かおかしいよ……いつものアミュなら、殺そうなんて言わない……」
実際、アミュはあのとき『殺す』という意見には賛成していなかった。
……あの後何かあったのか?
そして、リール、アミュ、2人とも単独行動だ。
仲間割れでもあったのだろうか? 珍しい。
私達が仲間割れしたことなんて『あのとき』以来じゃないか。
あんなに固い絆で結ばれていると思っていたのに。
……いや、本当に固い絆で結ばれているなら、いずれ仲直りする。
私達の絆は本当の絆のはずだ。だから私達は『絶対』仲直りできる。
「トーカ、さあ早くこっちに……」
……行ったらダメだ。
「アミュ、アメさんはそんな人じゃない。確かに最初の方は疑ってた。でも、話してると違うんだ。だから、ヴィネを刺したのも、きっと何か理由があるはずなんだ」
アミュなら、きっと理解してくれるはず。
「……むしろ、おかしいのはトーカの方なんじゃないのか」
「え……」
「理由がどうであれ、私達を襲ってきたのは事実。いつ殺されてもおかしくはない。……そんなやつをなんで庇うんだ?トーカ、もしかしてお前……そいつに洗脳でもされたか?」
おかしい、か。アミュも十分おかしくなってる。
アミュの口調が少し……おかしい。
早く早く、と急かすのは、この後すぐに何かが起きるのか、あるいは嘘か。
どっちみち嘘でも嘘じゃなくても何かが起きる。
私があっちに行っても行かなくても、アミュがアメさんを攻撃すると思う。
……?
……ふと、思い出す。かなり嫌な予感がする。
「アイツを殺そう……アイツを殺さないと元の世界に戻れない……」
私達がアメさんと遭遇するときに、ヴィネが言っていた。
おかしいんだ。すごいおかしいんだ。
私達は『元の世界に戻る方法』を知らないはずなんだ。
なのに「アイツを殺さないと元の世界に戻れない」なんて、言うだろうか。
そう、まるで1回以上この空間……この世界に来たことがあるような口ぶりだった。
謎がまた増えた。
「アミュ……聞きたいことがあるんだけど、聞いてもいい……?」
「……何?」
「ヴィネはアメさんと遭遇するときに『アイツを殺そう……アイツを殺さないと元の世界に戻れない……』って言ってたよね」
「……言ってたけど、それが?」
「……なんで、ヴィネはこの世界に1回でも来たことがあるような口ぶりだったんだろう」
「……言い間違えとかだろ」
「そうかな、それじゃあ、なんで『アメさんを殺さないと元の世界に戻れない』の?」
「……戻れない気がするって言いたかったんだろ」
「……しっかりもののヴィネが、そんな些細な言い間違えするかな?」
でも、仮に言い間違えじゃないとするとヴィネが「アイツを殺さないと元の世界に戻れない……」と、私達がいるところで、前に来たことがあるような口ぶりで言ったのも謎だ。
多分だけど、しっかりもののヴィネが、何かを間違えたのは本当なんだ。
でも、それはきっと言い間違えたとかじゃないんだ。
私の予想は――――
でも、こんなこと考えたくないよ……。
「……トーカ、どけ」
「……え?」
「ウオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!」
「アメさんッ!?」
いや、アメさんは強い……。
このままだと、アミュが殺される可能性もある。
でも、今考えると、ヴィネの件は死なない程度に刺したんじゃないかな、とも思う。
……いや、アミュを止めよう。
「――――トーカ、逃げるぞ!」
「……はい!」
少し、ホッとした。アメさんも対抗して、刺しに行くんじゃないか……とも考えたから。
「……シピス、アイツとトーカが逃げたぞ。追った方がいいだろうから、アタシが行こう。シピスはリールを捜せ」
「……わかった」
……ああ、どうしてだろう。
仲の良い6人組だと思っていたのに、今はまったくそんな感じがしないのは。
ティビィ、リール、ヴィネ、アミュ、シピス……それにアメさん。いったい、何を隠しているというの?
私にはわからないよ。まったくわからない。
――――私達の絆は偽物の絆だったのかもしれない。
人間不信になりそうだった。
2.隠した雨 END