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9.ドリョク/トモダチ/ウラギリ/ゼツボウ/ソレト……ソレト……?

挿絵(By みてみん)

 ――――私は悩んでいた。


 ……ただの友達同士のほんの冗談……というか、話のネタが欲しかっただけなんだろうとは思うけど。

 ……ピアノが弾けないことをバカにされた。冗談的なことだったとしても、それはなんか嫌だ。




 ――――そのことを、思いきってアミュに言う。




 ――――アミュはこう、言った。




「……バカにされることはけっして悪いことじゃないよ」


「……え」


「……私の過去の話をしてもいい?」


「……あ……うん」


「……私は泳ぐのが苦手でみんなにバカにされていたんだ」


「……」


「でも、バカにされるのが嫌だから一生懸命に練習したんだ。そうしたら、徐々にだけど泳げるようになって、最終的にはみんなの中で一番泳げるようになっていた」


「……」


「もとは泳ぐのが苦手だった人間だから、私は泳ぐのが苦手な人をバカにしたりしない」


「……」


「私はバカにされていたけど、それを糧に努力したからこそ、よりよい成長を遂げた気がするんだ」


「……へぇ」


「こんな感じで、努力して、向上して、進化して。失敗したから、よし、次は頑張るぞ! って、思うのもそう。テストで悪い点数を取ったから、勉強して次のテストで良い点数を取ろうと思うのもそう」


「……」


「たとえ、それが実を結ばなかったとしても、きっと、その努力したことが別のところで表れてくると思う。壁にぶち当たるからこそ、乗り越えよう、乗り越えようと本気になれる気がするんだ」


「……」


「だから、つらいことかもしれないけど、バカにされることはけっして悪いことじゃない。そうポジティブに考えて、それを糧にすれば心だって強くなるし、逆に自分にとって得になるでしょ?」


「……得……か」


「……ガバガバ理論だけどね」


「……」


「……もう一度言うよ。確かに、『バカにすること』は悪いことだと思うけど、『バカにされること』はけっして悪いことじゃないと私は思う」


「……もしかして、アミュって……M?」


「いや、ちがうよ、ち、が、う! ……まあ、でも……何かあったら私に言いなよ。困ったときは力になってやるからさ」


「……うん、ありがとう」




 ――――いつだったか。アミュはそう、私に言った。




 ~~~~~~~~~~~~~~~






『オンリー・アリー』

『9.ドリョク/トモダチ/ウラギリ/ゼツボウ/ソレト……ソレト……?』






 ~~~~~~~~~~~~~~~




「――――ねえ、アミュ……私を……私を助けてよ……!」

 涙をポロポロ、ポロポロと流し、それでも、笑いながら……でも、苦しそうで……そんな表情で私に言う。


 ――――私はどういう言葉をかければいいのか、まったくわからなかった。

 たとえ、あれが酷い悪魔のようなヤツだったとしても、あれが実の母親だという事実は変わらない。

 ……どう、言葉にしたらいいのかわからない。




 ――――痛ッ。な、なんだ!?

 顔に痛みを感じる。下を向くと、そこには白い何かの破片があった。すごく尖っている。

 ……上から落ちてきたのか?

 頭上を見る。が、特に何かがあるわけではない。




「――――やあ」




 ……その、独特で聞き覚えのある声。


 お前は――――




 ~~~~~~~~~~~~~~~




 ――――水の音がする場所に向かった。


 ――――ポチャン。ポチャン。

 なんだ、なんだ。いったい、何を伝えたい? 水の音がする方へ急ぐ。




 ――――水の音がする場所へと辿り着く。

 ……池? とても小さい池。水は澄んでいる。

 私がそこへ辿り着くと同時に、水の音は止む。魚が住み着いている気配はない。

 ……いったい、何処から音が?


 ――――ザワザワと、葉の揺れる音がする。誰かいるのか!?

 そう思った私は警戒する。

 ……こんな状況じゃなかったら、風や木々、草花の葉が奏でる優しいメロディーと豊かな香りを感じながら、ハンモックの上で寝ていた。寝心地はおそらく最高だと思う。

 でも、今は……。

 からだ中から汗が滝のように出ているのがわかる。暑いからか、将又、この緊張感からなのか。疲れも相当キテいる。

 その疲れを吹き飛ばそうと、ナイフを力強く握りしめる。それはもともと銀色だったが、血で紅く染まっている。

 ……ザワザワ。再び、葉の揺れる音がする。風の音? いいや、ちがう。この音は全方位から聞こえるわけじゃない。人為的な音だ。

 ……ザワザワ。……優しい音色をしていない。酷く、誰かを憎んでいるような、穢れた音。


 ――――ダッダッダッ。

 それは走っている。落ちた小枝を蹴散らすだけでなく、土煙すらも起こせそうな、とても力強い音。

 緊張感が私を殺しにかかる。ドクン、ドクンと、心臓は力強く脈打つ。


 ――――ダッダッダッ。

 それは怒っている。裏切られたときのような酷い悲しみと絶望感を誰かにぶつけたいという、酷い酷い怨嗟の声が聞こえる。

 壊れてしまいそうだ。そのことを、私から流れ出る汗が教えてくれる。




 ――――ドンッ。




 ――――あ。

 見たこともない誰かが私にぶつかってくる。その勢いで私は後ろに倒れてしまう。私の後ろは池だ。

 私は池にポチャンと落ちてしまった。




 落ちて、目を開くと――――白と黒の寂しい寂しい、崩壊した世界が待っていた――――




 ~~~~~~~~~~~~~~~




「――――シピス!? お前、今まで何処に行ってたんだよ! 捜したんだぞ!」

 このー、このー、と言いながらシピスのからだを揺らす。ぐわんぐわんと、からだを揺らす。

「アババババババババババ――――ちょっ――――アババババババババババ――――アミュ――――アババババババババババ……」

「……アミュ……シピスが死にそうなんだけど」

 ……! トーカ……。やっと、元気になってくれたか!

 私はもっとシピスのからだを揺らす。

「アババババババババババ……」




 ――――ビン……タ?

 右手で力強く右頬を叩かれる。痛い。

「……いい加減にしてよねぇ」

 その手でもう一発右頬を叩かれる。

「……ああ、なんか悪い。ゴメンゴメン」


 ――――トンッ。右手の人差し指を私の額に当ててくる。

「……何? ……どうかしたのか?」


「――――バァーン、バァンッ……」

 艶かしい声を発する。


「――――あ、あ、あ……う……」

 シュュュュュウウウウウッ。炭酸飲料のキャップを開けたときのような音がする。それと同時に、足の小指をタンスにぶつけるのとですら比にはならないほどの激痛が、額から感じる。

 額を触ると――――血?

「痛い、痛い、痛い……」

 ……死ぬかもしれない。

 何故、シピスがそんなことをやったのか、できるのか、という疑問やトーカの身の安全よりも先に、自分の身の心配を考えてしまう。

『我が身可愛さ』って言葉があるように……人間は自分の身がまず一番なのさ……。

 激痛で、言葉を声に出すことさえ苦しい。ハァッ、ハァッ……と、痛みからか、無意識に息を吐き出してしまう。


「――――アミュ、アミュ! シピス……どうして!?」

 トーカが心配して駆け寄ってくる。

 ハァッ、ハァッ……。意識が朦朧としてくる。まずい。まだ、死ぬわけにはいかない……。ここで死んだら……ここで死んだら……!


「――――あーあ、どんどんお友達が死んでくねぇ……次は誰が死ぬのかなぁ……?」

 狂気じみた笑みを見せながら、普段の声とはまったくちがう……例えるなら……そう、魔女……のような……声……。

「あ、あ、あ、あああああああああああああ」

「……トーカのせいでアミュがこれから死んじゃうんだよ……トーカのせいで……」

 コイツ、コイツ、コイツ! 精神攻撃まで……! ダメだ! コイツの言うことに耳を傾けるな……!

「あ、あ、あああああああああああああああああああああああ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」




 ――――考えてみれば疑問に思ったことなんていっぱいあった。

 ……私達は10歳より前の私達の素性を知らない。




 ――――最初から、騙していたのかもしれない……。






「――――『SHINE』!!!!!」






 ――――眩しいッ! 辺り一帯を眩い光が包み込む。

「アミュ! さあ、早く私に掴まって!」

 その声は――――リール……。

「……そうだ……逃げなきゃ」

 トーカがポツリと呟いた。

「……ああ、そうだな」

 私はリールに背負われ、3人で逃げる。

 ……生きて帰れたら……また……みんなで……。


「……」


 ~~~~~~~~~~~~~~~


「――――ッ!?」

 ……アミュ? ……アミュ? おかしい、息が聞こえない。

 まさか――――




 アミュの方を振り向く。……アミュは笑顔だった。涙が出ていた。

 ……でも、息は聞こえない。

 ……息は聞こえないんだ!

 ……演技のようには思えない。

 ……アミュのこと……『敵』だと思ってた……。


「――――トーカ」

「何……?」

「ちょっと止まろう……」

「なんで……? 追い……つかれちゃうよ?」

「止まろう……」

「なんで……?」

「だから、止まろうって……」

「え、でも……」




「――――アミュが! ……アミュが! ……アミュの息の音が聞こえないからだよ!!!」




「――――え?」




 ~~~~~~~~~~~~~~~




「――――何かあったら私に言いなよ。困ったときは力になってやるからさ」




 ~~~~~~~~~~~~~~~




 ――――アミュが……死んだ?


「――――嘘だよ、嘘だって……アミュ! アミュ!」

 リールが背負っていたアミュの亡骸を地面に……置く。

「――――嘘だよ、嘘だって言ってよ! アミュ!」

 心肺蘇生法や心臓マッサージの仕方すらも知らないのに、私は、それをする。

「――――生き返ってよ! アミュ! アミュ!」

 強く、強く、心臓マッサージをしたつもりでいる。でも、効果はゼロだと思う。

「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!!!!! アミュ、アミュ、アミュ! 生き返ってよ、生き返って、またいっしょに遊ぼうよ!!!!! ア゛ミ゛ュ゛……!」

 涙が止まらない。この世界が涙で満たされるくらい、涙が止まらない。鼻水も滝のように出る。




 ――――1時間以上は泣いたかもしれない。




「……ア……ミュ。……ア……ミュ」

 ……私もトーカのように泣きたい……けど、私が泣いたら……トーカの心がもっと壊れてしまうかもしれない……。そう思うと、私は泣けなかった。

「トーカ、あのね――――」




「――――だ……れ……?」




「――――え?」

 本当の地獄は……まだ始まったばかりだった――――






『ドリョク/トモダチ/ウラギリ/ゼツボウ/ソレト……ソレト……?』






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