1.透過した雨
――――チリーン、チリーン。
静寂の闇の中で、微かな鐘の音が聞こえる。
からだの隅々まで『彼女』の優しさが伝わってくる。温もりを感じる。
きっと、目を覚ましたら目の前に『彼女』がいることだろう。
そして、一緒にたくさん冒険をして、一緒にたくさん笑って、一緒にいっぱい思い出をつくるんだろう。
TVを観ながら笑いあったり、一緒に服やアクセサリーを選んだり、一緒に映画を観たり、遊園地やお祭りに誘ってみたり。
『彼女』とのありきたりな日常がきっと待っているはず。
――――これは夢なんだ。きっと。
「……またくるね」
『オンリー・アリー』
――――ミーンミーンとセミが鳴く。暑い。そして暇だ。
暇だから今日も森に行こう。
小さい頃から私達の遊び場だった、あの森に。
早速、いつものメンバーである友達5人にメールを送った。
どうやら、みんな予定がなかったようだ。
「じゃあ、みんなで森に行こう。今すぐ。持ち物はなんか適当に」というメールを送って、仕度をする。
小さめのリュックの中に飲み物やお菓子などを詰める。
そのリュックを背負う。見た目よりも幾分か重く感じられる。
玄関前まで移動して、動きやすい運動靴を履く。
そして玄関の扉を開け、家を出る。外もやっぱり暑い。
トコトコと歩く。
私の家から森まで、10分程度といったところだ。
道中に奇抜な建物があったり、この辺りでは珍しい花がたくさん咲いていたりする。
あの奇抜な建物はいつ頃建ったのだろう。少なくとも私が3歳頃のときにはもうあったなぁ。
などと考えていたら、森に着いた。遊び場まではもうすぐだ。
……遊び場に近づくと、既に人がいた。おそらく友達たちだ。
手を振りながら「おーい!」と言って、近づく。
「言い出しっぺが遅いじゃんか~!」と、リーダーのティビィはニヤニヤと笑いながら言う。
「トーカ、私達が早すぎて驚いたぁ?」と、愛されキャラのリールはクスリと笑いながら言う。
「全速力で走らせるのはやめてほしいわ」と、しっかりもののヴィネは呆れた口調で言う。
「まあまあ、いいじゃないか」と、いつでも優しいアミュは困った感じで言う。
「ティビィ、大好きヨ……!」
シピスは……うん。でも、いざとなれば頼りになる良いヤツだ。
小さい頃から、このなかよし6人組でなかよくやってた。
ときには喧嘩もした。でも、この6人の仲はそんなちっぽけなことじゃあ崩れない。
固く、硬く、結ばれた鋼鉄の絆。この絆を引き裂けるものなど、絶対にないだろう。
「お菓子持ってきたからみんなで食べよ――――」
グラグラグラ。地響きを鳴らしながら、謎の色をした空間が真下に現れた。
「「「「「「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」」」」」」
その空間に少しずつ飲み込まれていく。
力を振り絞ってどうにか抜け出そうと試みるが、まったく効果がない。むしろ、余計に飲み込まれていると言ってもいいくらいだ。
徐々に私達は声を発することもできなくなり、私達はその空間に飲み込まれた。
――――目を覚ますと、眼前には白くてパズルのような大きな部屋……というよりも、空間が広がっていた。
当然、私達は元の世界に戻りたいから、みんなで帰る方法を模索する。
「この辺になんかボタン的なものとかないのかな」と、アミュは言う。アミュの表情が曇ってみえる。
「……」
ティビィはいつも明るいのに、今はいつも見せない顔になっている。あれは絶望した顔だ。たぶん。
ティビィのからだはぶるぶると震えていた。
「ぁ……」
リールはどんな状況・環境でもすぐに慣れてしまうヤツなんだけど、今は信じられないといった顔をしている。
リールの足下を見ると、若干黄色の透き通った液体が溜まっていた。怖くて失禁してしまったようだ。
「この先に道があるっぽいね……」
ヴィネは何故だか平常運転だ。
「その道が罠って可能性も考えなさいよ」
シピスは普段とは違い、冷静だ。普段はティビィに狂喜染みた愛をあんなに送っているのに。
ティビィの手をシピスが掴む。
「ティビィ……行こう」
ティビィは応答しない。
「ティビィ……このままじっとしているだけじゃ、何も始まらない」
シピスはティビィのことを愛しているからこそ、ティビィを叱咤できるのだろう。
「だから……行こう?」
ティビィは頷き、立ち上がる。
私はリュックに入れておいたタオルとビニール袋を取り出す。
もともとは汗を拭くためのタオルだけど、今の状況じゃあしょうがない。
リールの足下を拭く。
リールの下着も濡れているだろうしと、タオルで拭こうとするが、こういうのは本人にやらせた方がいいだろう。友達の股を拭くのはなんだかとても恥ずかしい。
「うぅ……」
拭いているところを見るのは、とても恥ずかしかった。罰ゲームをやっているかのようだ。
使用済みのタオルをビニール袋に入れてよく縛り、それをリュックにしまう。
私はリールの手を取り、ヴィネが見つけた道を進む。
ヴィネが先頭。次にアミュ、その次にシピスとティビィ。一番後ろが私とリール。
――――5分程経ったとき、何か音がした。
力強くて重い感じの不気味な音。
後ろを振り返るが別に何か変化があったわけではない。
怖いから、私達はとても慎重に歩を進める。
1歩、2歩、3歩。ゆっくりゆっくり、慎重に。
――――グサリッ。重苦しい音が響く。
ティビィが「……な、なんだぁ!?」と怯えたように言う。
「……あ、あ……うわぁぁぁ! 腕が!! 腕から血が!!!」
ヴィネの右腕を見ると、ポタポタと血が垂れている。
「大丈夫、止血しよう……絆創膏なら持ってる」
と、私は言うがこの大きな傷口を絆創膏1つで塞ぐことはできない。
生憎、絆創膏は1つしか持っていない。
「……どうしよう」
私は考える。ティッシュを絆創膏代わりにすればなんとかなるだろうか。
でも、ティッシュはいろいろな場面で役立つ。正直、死なない程度の出血量ならば、ティッシュは使いたくない。
……いや、ティッシュを使おう。
「ヴィネ、ティッ――――」
「ねえ、やめなよそういうの」
聞いたことのない声。
私達の目の前には金髪の少女がいた。
その少女の右手には、謎の切れ味がよさそうな武器が握られている。少女には似つかわしくない。
「「「「「逃げろ!」」」」」
ティビィ、リール、ヴィネ、アミュ、シピスは一斉に叫ぶ。
私達は逃げる。全速力で逃げる。
少女は追いかけてこなかった。何故だろう。
気づけば私達は元の場所に戻っていた。
「どうしようか……進めるのはこの道しかないし」
アミュは元の世界に戻れるかもわからないのに、とても冷静だ。
「アイツを殺すしかないんじゃない?」
シピスは好戦的なのかな。
ヴィネも便乗する。
「アイツを殺そう……アイツを殺さないと元の世界に戻れない……」
ティビィも「そうだそうだ」と言う。
リールは無言だ。
私はというと……彼女は理由なくヴィネを刺したわけじゃないと思う。だから正直『殺す』という意見には反対だ。
敵意はありそうだが、話し合いができるんじゃないかと、心の奥底で思う。
コツン、コツン。足音が聞こえる。
さっきの金髪少女がきた。
ティビィ、ヴィネ、シピスはバッグに入れていた食事用のナイフや、ハサミで金髪少女を刺そうとする。
その瞬間、少女は視界から消え、瞬きをして目を開けると、私の前にいた。
「……」
「……」
お互い無言だ。私に対しては、敵意が無いように感じるのは気のせいだろうか。
少女は私の腕をがっしりと掴むと、人間が出せるとは思えない、かなりのスピードで駆け抜ける。
ティビィ、ヴィネ、アミュ、シピスが叫ぶ。
「「「「トーカ!!!」」」」
リールは弱々しいが、自分の出せる精一杯の声で言う。
「……トーカが拐われた」
リールは何故だか寂しそうな表情だった。
「――――いったい、あなたは何を企んでいるの」
「……」
「どうして、ヴィネの腕を刺そうとしたの!?」
「……貴方はまだ知らない方がいいよ」
少女はニコリと笑う。何故、笑ったのか、私には理解できない。
「いずれ話すことになるよ……だから今は……」
「?」
まったくわからない。考えていることがわからない。
「えーと、名前は?」
「トーカ」
「よろしく、トーカ。私の名前はアメって言うの。呼びたい名前があったら好きに呼んでいいよ?」
ニコリと笑う。さっきまで人を刺してたとは思えないくらいの笑顔だ。
「トーカを『現実の世界』に戻さなくちゃね」
……『現実の世界』か。
……やっぱり、ここはどこか別の世界なのだろうか。聞いてみよう。
「え? どういうことですか!? その『現実の世界』って」
「……今の、森とここの境界のところまで行かなくちゃ」
……スルーされた。
アメさんの表情はかなり悲しそうだ。私には敵意なんてまるっきりないのに、ヴィネに対してはあんなに敵意を剥き出しだったから、やっぱり理由があって刺したのだろう。
でも、なんで? 刺さなきゃいけない理由って何?
なんでだろうなんでだろう……考えろ、考えろ! 私。どうしてヴィネを刺さなきゃいけなかったのか考えろ。
……この空間が存在したり、アメさんがこんなに足が速かったり空を飛べたりする時点で、超能力をヴィネが使えるようになってたとしてもおかしくはない、かな。私達が使い方を知らないだけで。
……おそらくだけど、超能力は関係ないと思う。
何か超能力以外のことで刺さなきゃならない理由があったんだ。
うーん、うーんと悩んでも、やっぱりわからない。
ただ、私に対しては敵意がないのが救い……というか。
だから、誰も怪我をせずに話を解決に導けるかもしれない。私はそう思った。
話し合いができるかもしれない。その話し合いの鍵はおそらく私になるだろう。
――――パンパンッ!
軽めに頬を叩く。
「アメさん、もしかしてヴィネのこと、知ってたりするんですか?」
「……」
やはり無言だった。無言ということは知っていると解釈していいのだろうか。
アメさんがこの空間の住人的なやつだったとしたら、ヴィネは何故アメさんに知られているのだろう。
そう考えていくうちに少しずつ見えてくる。
「アメさん、ヴィネ……あのこ達ともなかよくしましょうよ、悪い人達じゃないですよ?」
「……」
カチャリ。謎の、切れ味がよさそうな武器を握り、それを私にむける。
「トーカ、それを次言ってみろ……でなければ……いや、ごめん忘れて」
「あ……あ、ああ……あああああああああああ……」
いきなりのことだったから、ポカーンと口を開けたまま、からだがぶるりと震えている。どうやら私は怯えているらしい。
余計なことは言わないでおこう。
「……ん? んん?」
「どうしたんですか?」
「いや、着いたはずなんだけど、元の世界に戻ることができない……どうして……」
私はその言葉を聞いて、今までに経験したことのないくらいの寒気を感じた。
理由はおそらく、この空間をつくり、この空間の出方を知っているであろうアメさんが、出れないと言っているからであろう。
「「……どうしよう」」
1.透過した雨 END