BOUZUとUSAGI〜坊主と子兎の二人旅〜序章
右側は山の斜面、左側は田んぼというのどかな田園風景が続く中、錫杖を持った黒髪の坊主が、土を踏み固めて整えてある道の真ん中で、立ち止まっていた。
「またか……」
そう言ってため息を吐いた坊主の視線の先には、葉っぱが丸く地面の上に敷かれていて、落とし穴ですよと言わんばかりの状況があった。
「しつこいな……」
坊主が落とし穴に遭遇するのはこれで二度目。
他にも何の嫌がらせなのか、歩いていると虫が降ってきたり、石が飛んできたりした。
どうせどこかの悪ガキだろうと、坊主は無視を決め込んでいたが、そのしつこさにイライラし始めていた。
「いったい何だってんだ」
坊主は鼻息荒くため息を吐く。
後頭部をかきながらどうするかと少し考え、坊主はもう一度息を吐いてイライラを吐き出し、怒りを抑えた。
悪ガキなど相手をするだけ無駄だ。
「とりあえず、また避けるか」
落とし穴を避けてその横を歩いたが、坊主は穴に落ちた。
「くそっ。手の込んだことを」
穴の底で打った尻を擦りながら、坊主は穴の中に立った。
どうやら葉が敷いてあった方が偽物で、その横に地面と違和感がないように土を被せて本物の穴を隠していたようだ。
坊主はその罠に、まんまとはまってしまった。
穴の深さは身長より深く、出るには穴の中を登らなければならない。
「このっ、悪ガキがあっ! もう承知しねえぞ!」
穴の中から叫んだ坊主は、錫杖を穴の底に立てた。
坊主が錫杖を立てたまま地面に軽く打ち付けると、錫杖の頭部に付けられた金属製の輪がぶつかり合い、シャンと鳴り響く。
「契約の元、識神の力を示せ。塵旋風!」
そう坊主が叫ぶと、坊主の足元で風が巻き起こり、渦巻き状になった風が坊主をすくい上げた。
風により穴から飛び出した坊主は、落とし穴のそばに飛び降り、そこから辺りを見回す。
こういうイタズラは、近くで必ず見ているはずだ。
隠れられそうな山の斜面の茂みを、坊主がくまなく見ていると、左側前方にある木の下の茂みが、ガサリと動いた。
「そこか!」
動いた茂みに向かってダッと走り出し、坊主は木の根元に到着すると、動いた茂みの中へ豪快に手を突っ込んだ。
「捕まえたぞ!」
茂みの中で手応えがあり、坊主は掴んだ何かを勢いよく引っ張り上げる。
まず始めに見えたのは、灰色の短い毛で覆われている縦長の耳だった。
「う……さぎ……?」
掴んだそれは兎の耳だったが、その先にあるのは兎ではなかった。
「離せ! ちくしょう!」
坊主が引っ張り上げたのは、つんつるてんで古びた着物を着た子供だった。
頭に兎の毛皮で作られた兎の被り物をしている。
バタバタと暴れているが、坊主は兎の耳をしっかりと握り逃がさない。
「今までイタズラしていたのはお前か!」
「イタズラじゃない! 復讐だ!」
兎の耳から坊主の手をはがそうとしながら、子供は坊主をキッと睨み付けた。
「復讐? お前に復讐されるような覚えはないぞ。始めてみる顔だ」
特に兎の被り物をしている子供なぞインパクトが強すぎて忘れるはずがないと、坊主は子供に顔を近付けてじろじろと見て、頭の中の記憶を探った。
「あたしの母様と兄様はお前ら坊主に殺された!」
「坊主に……?」
「そうだ! あたしとたった三人の家族だった!」
兎の耳をしっかり掴んだ坊主の手が外れないとなると、子供は両腕をバタバタと動かして今度は坊主に殴りかかってきた。
坊主は殴られないように、サッと腕を伸ばして子供と距離を取る。
「あやかしびとってだけで、あたしの家族は殺された! 村も焼かれて、優しかった隣のおばちゃんも、助けれくれた里長も、みんなみんな坊主に殺された!」
あやかしびと。
妖人とは人間の身体に人間にない特徴と能力を持った種族で、人間とは相容れず、お互いのテリトリーを守るために人間と争い続けた。
妖人は人間より強く、人間は防戦一方だったが、その争いの中で反撃の手段として生まれたのが、特殊な能力を得た坊主だった。
坊主により両者の力は拮抗し、お互いに疲弊。
争う体力がなくなった結果、自然と休戦という形になった。
それが、100年ほど前の話である。
その後、この島国は海の向こうから別の勢力の攻撃に合い、それに対抗するため両者は和解し共に戦い、勝利した人間と妖人は和平を結ぶことになった。
そして、平和になった島国で、坊主は人間と妖人の犯罪を取り締まる機関へと、姿を変えたのである。
そんな坊主が妖人を殺めたとなれば、そういう理由が考えられるわけだが……。
「坊主は一人残らずあたしが殺してやる!」
幼いながらも殺気のこもった瞳で、坊主の瞳を射抜く。
坊主は子供を見てしばし沈黙し、そしていまだ暴れる子供を、いきなりぐるぐると振り回し始めた。
「うあああ! なにをするぅ! やめれえぇぇぇ!」
回され続けた子供の叫び声が途切れ、坊主はやっと腕を止めたが、子供は目を回してぐったりとしていた。
「うへぇ……」
腰を屈めて子供を地面に降ろし、坊主は法衣の左袖の中へ右手を突っ込んだ。
そして、袖の中から縄を取り出す。
「これでよしっと」
「はっ。何するんだ糞坊主!」
坊主は子供を縄でぐるぐる巻きにし、抵抗出来ないように拘束してしまった。
子供が回した目を回復した時には、縄が簀巻き状態で、手を振り回すことも出来なくなっていた。
「じゃあ、行くか」
坊主は余った縄で子供を錫杖に吊るし、その錫杖を肩に担いで歩き始めた。
「え、ちょ、待て! あたしをどこに連れていく気だ!」
子供は縄から抜け出そうとうねうね動くが、坊主の後ろで振り子のようにむなしく左右に揺れるだけだった。
「ま、悪いようにはしない」
「嘘だ! 坊主の言うことが信用出来るか!」
坊主はそれ以降、うるさい子供を無視し、ひたすら街道を歩き続けた。
のちに最強コンビとなる坊主と子兎の旅路が、今、始まる。
To Be Continued……