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かくれんぼ  作者: 大平麻由理
番外編 1-4 青春酸歌
99/210

48.もうひとつの道 その2

 京都駅に着き、神戸方面に向かう電車の時刻を確かめる。

 今は七時前だ。もうすぐ網干(あぼし)行きが来る。

 もしくは十五分後に播州(ばんしゅう)赤穂(あこう)行がある。

 どちらも乗り換えなしに、三宮まで一直線だ。


 大勢の人々が、時刻表の前で立ち止まる澄香のそばを行き交い、背中や腕に誰かの身体の一部が当たった。

 すみませんと大荷物を抱えた年配の女性が澄香に謝り、いいえどういたしましてと軽く会釈をして、澄香が顔を上げた時だった。

 タクシーを降りた方向から誰かが駆け寄って来るのだ。

 それも、回りの注目を一斉に浴びるほど大きく手を振り、池坂ーーと大声で叫びながら、その人がやって来た……。


「池坂! やっぱり、おまえだったんだ。後姿がよく似てるなと思って、追いかけてきた。ひょっとして俺達、見えない糸で繋がってるんじゃないのか? 」

「先輩……」


 澄香の肩にぽんと手を載せて、がはははと豪快に笑う、先日会ったばかりのその人と目が合ったとたん、澄香はその場で泣き崩れてしまった。



「ほら。もう泣くなよ。何があったか知らないが、おまえらしくないよな」


 カウンターに並んで座っている福永は、ポケットから出した広告の入ったティッシュを澄香のコーヒーカップの横に置いた。

 路上で配っていたものだろう。

 最新機種設置、ドリンク飲み放題、とカラオケ店の宣伝文句が、ところ狭しと躍る。


 ありがたくそれを受け取ると、一枚取り出し、流れる涙をふき取った。

 そしてもう一枚。今度は遠慮がちに鼻をかんだ。


「なあ、どうしたんだよ。まあ、言わなくてもわかるけどな。京都で、それも土曜の夜に一人でいるってことは……。理由はひとつだろ? この前の男と、けんかか? 」


 澄香は、真っ赤な目をしてこくりと頷いた。


「はん、どうせ、そんなところだろうな。で、あの男と別れるのか? 」

「えっ? 」


 あまりにもストレートな一言に、澄香はドキッとした後、凍り付いてしまった。

 よく考えてみると、さっき遭遇した出来事の先には、そういう選択もあり得るのだ。

 ためらいがちに福永の顔を見て、ゆっくりと頷いた。


「あははは。そうか。別れるのか。あいつとは、もう、長いのか? 」

「いえ、そ、その、まだ、二週間……」

「二週間? なんだよ、それ。相手の名前を、やっと憶えたところ、くらいなもんじゃないか。でも、まてよ。そんな風には見えなかったけどな。あいつ、おまえの全てを知ってるような目をしてたけど。本当に二週間なのか? 」


 福永は腕を組み、首を捻っている。


「あっ、いや、正式に付き合ったのは二週間ですけど。その……。お互いに、八年間、思い合っていたみたいで……」

「はあ? じゃあ、何か。好きだと言えずに八年間思い続けて、やっと実った恋とでも? 」

「……はい」


 どうもこの人の前に出ると、調子が狂ってしまう。

 すべてを見透かされているような気がして、はらはらするのだ。


「そうか……。あいつが俺の恋敵(こいがたき)だったんだな。あいつのせいで、俺の青春は灰色に染まったってわけだ。あはははは! 」

「せ、先輩。ごめんなさい。あたし、先輩には、とてもひどいことしたと思っています」

「そうだよな。なら、今から罪滅ぼしでもしてもらおうかな? 」

「罪滅ぼし、ですか? 」

「そうだ。俺たちは、見えない糸結ばれているんだ。これだけ多くの人がやってくる街で、二度もばったり出会えるなんて、そうそうないことだよ。だから、罪滅ぼし」


 福永の顔が澄香の前に近付いてくる。


「は、はい」


 澄香は身構えた。


「池坂。そんなに怯えるなよ。おまえを、襲ったりするわけないだろ? じゃあ、まず。けんかの理由を言ってみ。あいつがどれだけ悪人か、俺が裁いてさしあげよう」

「そ、そんな、悪人だなんて」

「おいおい。別れようって相手をかばうなんて、未練たらたらだな」

「あっ、はい……」

「そんなにあっさり認められても。まあいい。とにかく、理由を言ってみろよ」

「そ、それより先輩。仕事の方はいいんですか? あたしはもう、大丈夫ですから。あの、いろいろと……ありがとうございました」


 澄香は椅子を降りて、福永にぺこりと頭を下げた。

 あれだけ泣けば、もう十分だ。


「仕事か? それなら心配するな。今夜から五日間休暇をもらったんだ。明日、島根に帰る。そんなことより、けんかの理由を早く言えよ」

「そ、それは……」

「浮気か? 」


 白い歯をのぞかせてにっと笑うこの人を、敵に回すのはもう辞めようと思った。

 昔からそうなのだ。一瞬にして、全ての状況を把握してしまう福永には、誰も太刀打ちできない。

 澄香は今日あったことを、ひとつずつ噛み砕くように、福永にすべて話した。

 付き合うようになったきっかけも、片桐の仕打ちも。

 話し終わった時には、止まっていた涙がまた零れ落ちる。

 ティッシュの包みが底をつき、広告の紙だけになる。

 バックを開いて、ごそごそとハンカチを取り出した。

 海の見えるカフェで宏彦のプロポーズを受けた時涙を拭ったあのハンカチが、優しい柔軟剤の香りと共に再び澄香の瞼を往復する。


「なあ、池坂」


 澄香は、真横で覗き込む福永と目を合わせた。


「一緒に、島根に帰らないか? 」


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