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かくれんぼ  作者: 大平麻由理
番外編 1-4 青春酸歌
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44.しょっぱい水溜り その1

「ああ、そうだ。木戸が……好きだった人だ」


 宏彦がはっきりとそう告げた。


「それって、どういうこと? 何なのよ! そんなことが許されるとでも? 」


 片桐の声が刺々(とげとげ)しさを増す。


「言っとくが、取ったわけじゃない。木戸と澄香は、君が思っているような関係じゃなかった。木戸の独りよがりだったんだ」

「うそ。そんなはずないわ。翔紀は彼女のことで、あたしにいろいろ相談を持ちかけてきて……。少なくとも、あたしたちが東京にいる間は、この人と翔紀は、付き合ってたんじゃないの? 」


 片桐が、ほんの一瞬澄香を見た。

 血が通っているとは思えないほど、とても冷ややかな目をして。


「それは違う。違ったんだ。あいつの勝手な思い込みだった。彼女には関係ないんだ。俺は澄香とは、毎日メールで連絡を取り合っていた。東京にいる間もずっと。だから、木戸の話の矛盾には、とっくに気付いていたよ……」

「メール? そ、それって、もしかして。失恋した相手の人と、連絡取り合っているって言ってた、そのメールの人? 毎日、毎日、飽きもせず、ずっとメールしていた、あの人? 」

「そうだ」

「実らない恋の相手とメールなんかしてどうするのって、あたしが何度か忠告した人よね。その人が池坂さんだったとでも? ねえ、そうなの? はっきり言いなさいよ! 」

「ああ、そうだ」

「うっ……。なんてことなの? まさかこの人が……。この人が、あなたの失恋相手だったなんて……」


 片桐が時折り声を詰まらせ、肩を震わせる。


「宏彦の考えてること、あたしにはよくわからない」


 そう言って片桐が、澄香の頭のてっぺんから足の先まで、くまなく視線を這わす。


「なあ、ひとみ。こんなところで騒いでると、近所の迷惑になる。取りあえず、部屋に入ろう。澄香、行くぞ……」


 澄香の肩に置かれた宏彦の手に力が入る。

 確かに今、宏彦が片桐のことをひとみと呼んだ。

 先輩でも片桐さんでもなく、ひとみと……。


 どこかおかしい。

 澄香の脳裏に大きな疑問符が浮かび上がる。

 宏彦、ひとみと名前で呼び合うこの二人に違和感を覚えたのは、気のせいではないはずだ。


「宏彦。ちょっと訊いてもいい? 」


 澄香は宏彦の目を真っ直ぐに見た。片桐も宏彦の動きを追うようにこちらを見ている。


「な、なんだ? どうかしたのか? 」


 宏彦の声が上ずる。


「片桐さんは……。宏彦の会社の人じゃないわよね? 」

「あっ……」


 宏彦が絶句する。


「なのに、どうしてさっきはあんなこと言ったの? あたしに片桐さんがここに来てること、知られたくなかったのかなって、今そんな風に思った」

「それは……。誤解されたくなかったから……」

「誤解? 」

「ああ……」

「そんなわけないじゃない。ちゃんと本当のことを言ってくれればよかったのに。別に、宏彦のことを疑ったり……しないのに」


 澄香は俯き、唇をかんだ。


「ごめん。そうだよな。俺、どうかしてたよ。それより早く中に……」


 宏彦が澄香の背を押すようにして部屋に促す。

 ここは寮だ。つまり住んでいる人は全員、宏彦の職場の人ということになる。

 そんな場所で、女性二人を相手に押し問答を繰り広げるなど、言語道断だとでも言いたいのだろう。

 しきりに中へ入ろうと急かす。


 澄香にも、まだ彼の気持が理解できるだけの冷静さは残っていた。

 ここは宏彦の言うとおりにするのが懸命だと判断した澄香は、落としたままだった紙袋を拾い上げようと腰をかがめた……その時だった。

 

「宏彦。あたしはここで待ってるから。早くテキストを持って来て。そうだ、池坂さん。あなた、今でも神戸に住んでるの? 」


 澄香は、突然、笑顔まで浮かべる片桐に引き止められた。


「はい……」


 もちろん澄香は神戸に住んでいる。

 質問の真意を測りかねながらも、ここは、はいと頷くしかない。

 嫌な予感が脳裏をよぎった。

 片桐の手が、すでに澄香の腕をしっかりと掴んでいたのだ。それはまるで、宏彦について部屋に入るのを阻止するかのように思えた。


「なら、ちょっと訊きたいことがあるんだけど。三宮のショップのことで。宏彦。ちょっと彼女、お借りしてもいいかしら」


 宏彦が心配そうな目で澄香を見る。

 けれども澄香は大丈夫だよと頷いた。

 引き止められた理由が、とても三宮のショップの話だけとは思えないが、澄香はさっきから感じていた違和感を拭い去るためにも、彼女の言い分を聞いておく必要があると思ったのだ。


 高校二年の、あの雨の日の放課後。

 確かに片桐が宏彦は私のものだとでも言うように彼から澄香を遠ざけようとしたのを、昨日のことのように思い出す。

 あれ以来、ずっと胸に抱いていた疑惑が、今、解けるかもしれない……。


 宏彦が部屋に入ったのを見届けるようにして、片桐が澄香の耳元に顔を近付けた。


「あなた、宏彦の何なの? 今ごろになって、彼女づら? 」


 いきなりの暴言に、澄香は一歩二歩と後ずさる。


「私は何も知りません、みたいなカワイ子ぶった顔してるけど、あたしは騙されないわ。翔紀が結婚するって話、最近聞いたばかりなんだけど。てっきりあなたと結婚するものだと思ってた」

「そ、それは……」


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