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かくれんぼ  作者: 大平麻由理
番外編 1-4 青春酸歌
91/210

40.あたしじゃ、ダメなの? その1

「……いる」

「あっ……」


 片桐が口元を手で覆い、目を見開く。


「そ、そうだったんだ……。あたし、知らなかったから……」


 片桐は突如勢いを失くし、視線を膝の上に落とす。


「ああ。まだ誰にも言ってないよ」

「会社の人にも? 」

「そうだ」

「昔の仲間にも? 」

「もちろん、そうだ」

「最近……なんだ」

「うん、まあな」


 澄香と心を通わせて、まだたったの二週間だ。

 大学時代の友人にも、木戸にも。

 もちろん会社の同僚にも上司にも、誰にもこのことは言っていない。


「まさかとは思うけど。ちょうどタイミングが合うのよね。バレンタインデーをきっかけに、その彼女と付き合い始めたってのは? 」


 一瞬顔を上げた片桐と目が合う。

 宏彦は彼女にすべてを見透かされているのではないかと不安になり、胸の鼓動が急速に早まる。

 そして、気まずさのあまり、目を逸らした。


「うそ……。ずぼし? やだ。まさか宏彦ともあろう人が、そんな俗習に踊らされるだなんて。信じられない。会社の女の子にでも告られたの? 」


 一人ぼっちは寂しくて、手短なところで手を打っただなんて言わないでよと片桐が嘲るような笑みをふっと浮かべた。


「違う」


 宏彦ははっきりと言い切った。

 何かに突き動かされるようにして、一目散に札幌から神戸に帰って来たその日は、確かにバレンタインデーだった。

 が、しかし、それは思いつきでも、遊び半分でもなかった。

 宏彦の本心がそうさせたのだ。

 たとえ、その日がバレンタインデーでなくても、澄香に会いに行ったと断言できる。


 片桐が怪訝そうな顔をして、宏彦に訊ねる。


「会社の子じゃないんだ。じゃあ、誰なんだろ。でも、バレンタインデーなんでしょ? きっかけは」

「たまたまその日に、俺が彼女に気持を伝えたんだ。ひとみが思っているようなことじゃない。相手からではなく、俺自身が交際を望んだ結果だ」


 彼女の顔が俄かに強張る。

 そして身を乗り出し、声を荒げるのだ。


「そ、そんな……。宏彦。あなた言ってたじゃない! 二度と誰も好きにならないって。好きな人がいたけど、もうどうにもならない、だから誰とも恋愛はしないんだって……」

「ああ、言ったよ。その気持ちに今も変わりはない」

「でも、変わったじゃない! やっぱりあなたも、ただの男だったってわけだ。目の前のどうでもいい女に踊らされた、哀れな男……」

「どうとでも言えばいい」


 高校の卒業式の夜、澄香と木戸の睦まじい姿を目撃した宏彦は、胸に収まりきらない激しい気持を、再び接近してきた片桐にぶちまけたこともあった。

 右も左もわからない東京での新生活で、片桐しか頼れる人がいなかったというのもある。


「なら……」

「なら? 」


 宏彦の眉の端が少し上がる。


「その相手、あたしでもよかったんじゃない? あたし言ったわ。いつまでも待つって。あなたの過去の傷が癒えるまで待つって」

「…………」

「まだ間に合うわ。そうよ、まだ始まったばかりなんでしょ? ねえ、だめ? あたしじゃ、ダメなの? 」

「ごめん。ひとみの気持には応えられない。俺には……彼女しかいないんだ。彼女以外には考えられないんだ」

「なんてこと? そんなの、信じないから。絶対に認めないから」


 片桐がカップを手にして、コーヒーを口に運ぶ。

 こんな時でも、彼女のしぐさは乱れることを知らない。

 静かに黒い液体を口に含み、そのまま音もなくのどをくぐらせていく。

 カップに口紅が残ることもない。

 

 ああ、そうだ、こいつはブラックコーヒーしか飲まないんだった……などと、学生時代のひとコマの記憶を、おぼろげにたどる。


 宏彦は、片桐に二度告白された。

 一度目は高校二年の時。

 雨の日、同じ傘に入って帰ったあの日に、告げられたのだ。

 あなたが好き、付き合ってと。

 どのように返事をすればいいのかわからず、黙り込んでしまった宏彦に、片桐はそれ以上何も言わなかった。

 結局、何も変わらないまま時がたち、片桐の卒業を機に疎遠になったのだが。

 宏彦が東京の大学に進学してすぐに、再び彼女のアタックが始まり、二度目の告白を受けた。

 そして断った理由が、もう誰も好きにならないという、さっき片桐が言ったせりふそのままだったのだ。

 澄香とのメールが宏彦の心に新たな火を(とも)し始めたのもこの頃だった。


 宏彦が就職した年に、片桐が新進気鋭のパイロットと付き合い始めたと野球部仲間から聞き、祝福の気持も込めて、新しい携帯の番号も知らせることなく連絡を絶ったのだが。

 今、目の前の彼女を見る限り、その幸せが続いているとは思えない。

 過去に告白した男にすがりつく彼女に、全く男の影はちらつかなかった。


「ふーうっ。わかったわ。あなたの人生だもの。あたしがとやかく言う筋合いはないってことよね」

「そうだ。ごめん」

「やだ。何、謝ってるのよ。別にかまわないわ。あたし、そこまで男に不自由してるわけじゃないし。ただね、ちょっと前に、付き合ってた会社の人にふられちゃって。ふふふ。別の客室乗務員に取られたんだけどね」

「ひとみ……」


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