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かくれんぼ  作者: 大平麻由理
番外編 1-3 恋の連鎖反応
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37.恋愛同盟 その2

 澄香は仕事を終えた今、そんな仲睦まじい二人がいるかもしれない家に帰ろうとしているのだ。

 もし、早菜がいたら、どんな顔をして会えばいいのだろう。

 それだけならまだいい。

 万が一、信雅の部屋から二人そろって出てきたりした日には……。

 きっと目を合わすことすらできないはずだ。


 澄香は静かに玄関ドアを開け、まるで泥棒のように、音を立てずに自分の部屋に直行する。

 階段がきしむ音にも最善の注意を払いながら……。

 あと三段ほどで二階に上がりきるというところで、リビングの戸が開き、誰や! という声に心臓が跳ね上がる。


「なんや、姉ちゃんか。なんでこそこそしとん? 変なの。そうそう、俺、今からちょっと出かけるわ。ほな」

「ちょ、ちょっと。信雅。待って」


 信雅以外誰もいないのを確認し、ほっとした澄香は、ここぞとばかりに信雅を引きとめる。


「どこに行くの? 」

「別にどこでもええやん」

「どこでもいいわけないでしょ。もしかして、早菜ちゃんち? 」

「そ、そうやけど。それが何か? 」

「こんなこと、言いたくないけど。早菜ちゃんを泣かせるようなことだけはしないでね」


 澄香は手を腰にあて、威厳を保ちながら弟に意見する。

 妹分の早菜を傷つけることは、いくら弟であっても、許さない。


「ホンマ、うるさいなあ。まるっきりおかんと一緒やん。姉ちゃん、忘れんといてや。俺と姉ちゃんは同盟結んでるねんで。土曜日の外泊はおとんとおかんには黙っといたるって言ってるやろ? そやから、うだうだ言わんと見逃してえな。それと、俺……。早菜のことは本気やから。泣かしたりするわけないやろ? 」

「信雅……」

「じゃあ、行って来るわ。今夜は先に寝とってな」


 いつもより控えめなファッションで、夜の闇に吸い込まれていく。

 そう言われれば、ここ数日で信雅が少し変わったように思えるのだ。

 多分、気のせいなんかではない。

 あのいい加減な信雅を本気にさせたのが、赤ん坊の頃から知っている早菜だったとは、今もって信じられないが……。


 昨日の早菜は、確かに恋する女の子の目をしていた。

 真っ赤な顔をして信雅を見つめるかわいい彼女が、こんなにも身近にいたのだと気付くのに、実に二十年もかかったことに、澄香はただただ驚くばかりだった。

 弟にようやく訪れた真実の幸せがこの先、長くつづくことを願ってやまない。

 そして、早菜も同じく幸せになって欲しいと祈らずにはいられなかった。 



 二月の最終の週に宏彦の誕生日がやって来る。

 バレンタインデーチョコも渡しそびれたままになっている澄香は、恋人同士の最も大切なイベントのひとつである誕生日に、リベンジしようと意気込んでいた。

 ただし、その日が平日である上に、母親が三重から戻ってきてしまっているというおまけまでつく。

 いくら結婚を誓い合った仲だと言っても、母親がそう簡単に外泊を許すとは思えなかった。

 この期に及んで、チサやマキの家に泊まるなどと見え透いた嘘を吐き通せる自信もない。

 深夜まで仕事に追われる宏彦とて澄香の訪問を手放しで喜んだりはしないだろう。

 彼の仕事に影響が出てしまってはもともこもない。

 誕生日には間に合わないが、今度の土曜日に宏彦と会う時、ささやかな誕生会を催して、プレゼントを贈ろうと決めたのだ。


 そして迎えた土曜日の朝。

 二月だというのに、最高気温が十五度を超えて、春の陽気になるでしょう、と天気予報士のはずんだ声がテレビから聞こえる。

 澄香は、淡いブルーのワンピースに薄手のコートを羽織り、大きな紙袋をぶら下げて玄関先に立っていた。

 その中身は、(とう)(かご)でほとんど占められていて、その中に春色の紳士物のセーターが入っている。

 薄いグリーンのそれは、英国ブランドのもので、宏彦のイメージにぴったりだと思い、即決して購入したものだ。


 籐の籠は……。片づけが苦手な彼のために、澄香が閃いた一品だった。

 脱いだ服をそこに入れておくだけで部屋が片付くという代物で、チェックのプリント柄の布使いとのバランスもいい。

 蓋もついているので、服を丸めて押し込むだけで様になる。

 殺風景だったワンルームに少しは彩を添えることが出来るかもしれない。

 それに……。近い将来、一緒に住むようになった時にもきっと活躍するだろうと思いを馳せる。

 おもちゃ箱にちょうどいいのだ。


 澄香はとめどなく脳裏を駆け回る妄想ににんまりしながら、駅まで送ってくれるという信雅を待っていた。

 姉ちゃん、お待たせ! と言いながら信雅がドタドタと二階から降りてくる。


「キーはどこや? 」

「ここよ」


 澄香が手のひらに載せたキーを信雅の目の前に掲げる。


「さすが、準備万端やな? これぞデートマジック! 」

「もう、何よ、うるさいなあ」


 にやつく弟がしゃくにさわる。

 でもまあ、本当のことだし、駅まで送ってもらうのだし。

 今回は大目に見ようと笑顔を作り、はいと車のキーを渡した。


 それとほぼ同時だった。

 澄香の携帯が、宏彦からの連絡を受信したのは……。


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