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かくれんぼ  作者: 大平麻由理
番外編 1-3 恋の連鎖反応
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29.昔のヒト その1

「池坂。おまえの狙った山は、相当高いな」

 

 福永が宏彦を視野の端に捉えながらぼそっと言い放つ。


「えっ? どういう意味でしょうか」

「言葉通りだよ」

「言葉通り? 」


 高い山と言えば、険しい山、あるいは登山が困難な山、というイメージだ。

 つまり、宏彦が気難しいとか、そういう意味だろうか。

 一目見ただけで彼を判断した先輩の言葉は、どこまで信じていいものか。

 福永の言うことは時として理解し難い。

 哲学や心理学に興味があると言っていたのはあながち嘘ではなさそうだ。


「わからないのか? 」

「あっ、いや、なんとなくは……。でも、彼は、その……。優しいです。気難しい、なんてこともないです」

「あははは。わかってないな。相変わらずだな、池坂は」

「へっ? 」


 どうして笑われないといけないのだろうか。

 自分の彼を悪い風に誤解されて黙っていられるはずもなく。

 本当の彼をわかってもらおうとしたことが、そんなに変だとでも?

 やっぱり福永先輩は昔のままだ。

 この人のこういうところが苦手だと再認識する。


「本当に、わからない? だから、俺は完全に負けたって言ってるの。おまえの大切な人に」

「えっ? あ、そういうこと……だったのですね」


 ようやく先輩の意図が理解できた。

 けれど、何を持って、負けたというのだろう。

 先輩には先輩のよさがあると思うのだが。

 やはり澄香には、彼の比喩を全て理解するには、あまりにも人生の経験値が足りないようだ。


「で、あの人、会社の人? 」

「いいえ……」


 先輩の詰問は続く。

 にしても、早く話を切り上げて欲しいものだ。

 澄香は、完全にイライラし始めた。

 感情が顔に出てしまったかもしれない。

 とてもそっけない返事になってしまった。

 

「ふーーん。そうか……」


 そんな澄香の気持ちなどおかまいなしに、福永は全く関係のない方向を見ながら、こくこくと頷く。


「もしかして。池坂がずっと好きだった人か? 」

「えっ? 」


 この人はいったい、何を言い出すのだろう。


「昔、それらしいこと、言ってなかったか? 」

「ああ、まあ……」


 プロポーズを断った時、宏彦のことをほのめかしたことはある。

 でも具体的なことは何も言ってないはずだ。

 それに当時はもちろん、宏彦とはまだ付き合ってはいない。

 なのに……。


 昔からこの人はそうだった。

 すぐに相手の心を読み解き、その場をなごませ、いつのまにか聞き上手になる。

 福永を慕う後輩も多かった。


 先輩との会話が届かないくらいには離れた位置にいるが、宏彦の視線が気になる。

 これ以上、彼を待たせたくなかった。

 ああ、一刻も早く福永のもとを立ち去りたい。

 もう限界だ。


「叶ったってわけか……」

「先輩、そんなんじゃないです。あの……」

「なるほどな。まあ、いいさ……。早く向こうに行ってやれよ」

「はい」

「俺、すっごくあの人に睨まれてるような気がするんですけど」

「えっ? 」

 

 澄香は慌てて宏彦の方を見た。

 しかし、彼はこちらを見ている様子はなく、百八十度違うところに視線を定め立っていた。

 けれど、そこからは、今までに感じたことのないほどの負のオーラが放たれているような気がする。

 

「また改めて電話するよ。あの頃の仲間とも会いたいしな。そうだ、池坂、携帯番号変わった? 」

「あっ、はい。でも今はもう時間が……」


 澄香は焦った。番号交換の場など、宏彦には絶対に見られたくない。


「ははは、わかったよ。そんな露骨に嫌な顔しなくても。番号は他の後輩にでも聞くよ。それならいいだろ? 」

「はい……」

「じゃあ、今日はこれで。またな! 」


 またな! というところをやけに強調しながら、福永が人ごみに消えて行った。

 話せば話すほど、昔のままだった。

 見かけは変わっても、中身は案外変わらないものだなどと思いながら宏彦が待っているところに視線を戻す。が……。


 いない。


 今まで、そこにいたはずなのに、宏彦の姿は、きれいさっぱりそこから消えていた。

 すーっと首筋から冷たい空気が入り込む。

 携帯を握り締めている手が凍りつき、小刻みに震え始めた。

 いったいどこに行ってしまったのだろう。


 澄香は身体中の体温が奪われていくような感覚の中、この上ない孤独感を味わいながら、慣れない駅構内でぽつんと立ちすくむ。

 旅行の人たちだろうか。

 聞きなれない方言があちこちで飛び交う。

 肌の色の違う他国の人もいる。

 修学旅行だろうか。制服の団体も、あちこちに出没する。

 目の前の景色がセピア色に変わり、徐々に意識が遠のいていくようだった。


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