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かくれんぼ  作者: 大平麻由理
本編
8/210

7.高校二年生 その1

 同じ町内に住み、小学校も中学校も一緒だったはずなのに。

 全く意識に存在しなかった宏彦が突然澄香の心に入り込んできたのは、初めて同じクラスになった高校二年の始業式の日だった。

 眠い目をこすりながら、前夜にあれほど念入りに確認した持ち物の準備。

 本日提出すべきプリントがカバンに入っていなかった澄香は、放課後職員室に直接持ってくるように担任に指導を受け、ホームルームが終わるや否や部活のジャージに着替えて、慌てて自転車で家まで取りに帰った。

 ああ、こんなところに置き忘れていたんだ。

 玄関脇の下駄箱の上で発見した折りたたまれたプリントを無事手にすると、母親のちょっと待ちなさいという言葉も聞かず、行って来ますとだけ早口で言って再び学校に舞い戻ったのは十分後。

 この時ほど、家から高校が近くてよかったと思ったことはなかった。 

 友人たちが自慢げに持つ通学定期への憧れも、この日ばかりはどこかへ吹き飛んでしまっていた。 

 それはほぼ同時だった。

 忘れ物仲間の同じクラスと思われる男子が、息を切らせて職員室に駆け込んできたのだ。

 家に向かう時、自転車で澄香の前を走っていた人と同一人物に違いない。

 いつ見失ったのかも気付かないほど、存在感の薄いクラスメイト。

 ……というより。

 あんな奴、近所にいたっけ? と言うのが、当時の澄香が抱いた率直な思いだった。

 握り締めたプリントを丁重に担任に手渡すと、怪訝そうな顔をしたクラスメイトと担任が澄香を凝視する。


「な、なんですか? あたしの顔に何かついてますか? それとも、もう締め切りとか……」


 わけがわからず二人の顔を不思議そうに見返すと、クラスメイトは噴出したように笑い出し、学校イチ気難しいと有名な強面の担任までもが、肩を小刻みに揺らし、含み笑いをしている。


「おい、池坂。これは、小学校の算数プリントじゃないのか? 君の弟か妹のプリントのようだけど……」


 確かにそこには、分数の計算問題が……。

 回答枠から大きくはみ出したお世辞にも綺麗とはいえないその文字は、間違いなく弟の書いたものだ。

 早く職員室に持って行かなければと慌てていた澄香は、下駄箱の上のプリントを取り違えて持ってきていたことに今更ながら気付く。

 でも、本当によく似ていたのだ。

 白の上質紙に印刷されたそれは、間違いなく澄香の高校のものだと思ったのに……。

 恥ずかしさと稚拙な自分の行動への怒りで、これ以上ないくらい真っ赤な顔になり、振り返ることなく職員室から飛び出したのはその直後。

 またもや家へ舞い戻ろうと自転車に乱暴にまたがり、学校の門を出たところで、家から彼女を追ってきた母親と出会った。

 母親の手には、今度こそ彼女のお目当てのプリントが……。

 ああ、助かった、とホッとしてばかりもいられない。

 パートから帰ってきたばかりで、疲れているであろう母親にねぎらいの言葉をかけるでもなく、サンキューとだけ言ってプリントをつかむと、疾風のごとく職員室に引き返す。

 今度こそ正真正銘本物のプリントを手にした澄香は、担任のカミナリが落ちる前に大急ぎで提出するべく、校舎内であるにもかかわらず、かなりの速度で廊下を駆け抜けていった。

 廊下は走らないっ! というお決まりの注意事項が脳裏をかすめるが、今はそんなことを気にしている場合ではない。

 私は歩いている、と言い聞かせながら全速力で闊歩する。

 あとひとつ、そこの角を曲がれば職員室というところで、その事故は起きてしまった。

 こともあろうに、さっきのクラスメイトと、出合い頭におもいっきりぶつかってしまうという失態をやらかしたのだ。


「いったーーい! 」

「ご、ごめん、って。なんで、俺が謝らないといけないんだ? そっちからぶつかったんだろ? 」


 ほとんど走っていた状態の澄香の右肩と、向かいからやってきたクラスメイトの右胸あたりがちょうどぶつかり合ってバランスを崩し、前方不注意よろしく派手に廊下にころがってしまった。

 ジャージ姿だったからよかったようなものの、制服だとあきらかにもっと恥ずかしい場面になっていただろう。

 ころんだだけならまだしも、おそらく回転レシーブ並に、二回転半は地面をころがったのだから。

 その人物に手を差し伸べられ、やっとの思いで立ち上がる。

 そして見上げた先には、さっきのクラスメイト。

 澄香のプリント取り違えミスを担任と一緒になって笑った、あのにっくきクラスメイトがいるではないか。

 それに、澄香に対するやけに馴れ馴れしい態度は、彼への不信感を募らせるのに、充分だった。


しばらく回想部分になります。

恋の始まりって、突然だったりします。

澄香の初恋はかなり遅めですが、その分とても深いものになってしまいました。







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