27.結婚します
「結婚? 」
「結婚って……」
「結婚……だよな」
チサと仁太以外の三人が顔を見合わせ、口々に澄香から発せられた結婚の意味を問う。
「ねえ、澄香。結婚って、あの結婚だよね? 」
ミユキが自分の考えている結婚の意味を確認するように澄香に訊ねる。
でもこの場面では、一番有効な質問かもしれない。
「う、うん。ミユキの思っているとおりだと……」
「それって、澄香が……。誰かと結婚するってことだよね? 」
のっちが天井を睨みながら、考えを巡らせるようにして言う。
「そう……だよ」
としか答えられない。
「池坂。いつ、誰と結婚するの? 」
ついに稲川が、最も的を得た質問をぶつける。
「あ、あの……。具体的に、いつとかはまだ決まってないけど。今年中には、その、結婚することになると……思う」
「ふーーん、って、澄香っ! 」
チサの甲高い声が、やよいの店内にスコーンと響き渡った。
「ど、ど、どいうこと? 意味わかんない。そんな話、聞いてないし。もしかして、お見合いしたの? いつの間に決まったのよ。やだーーあ。なんでそんな大切なこと、内緒にしてるの? 信じらんない! 」
チサが澄香の肩を威勢よくぽーんと叩く。
「うわーーっ! いや、そうじゃなくて」
チサのおばさん風のタッチでバランスを崩した澄香が、あわてて上半身を立て直す。
「んもうっ! 澄香ったら水臭いんだから。それで昨日も一昨日も、様子がおかしかったんだね」
「ごめんなさい」
「ってことで、吉山君。残念だけど、さっきの話、なかったことにしてくれる? でもね、あの後輩たちは絶対にダメだからね! 」
チサの切替の速さは天下一品だ。
「って、おい。ちょっと待てよ。池坂、それ、本当なのか? 」
「うん……」
澄香は遠慮がちにこくりと頷いた。
「って、最悪ーーー! 俺、やっぱ、ここに来るんじゃなかったし。めちゃくちゃショックなんですけど……」
仁太が運ばれてきたばかりの追加の瓶ビールを自分のグラスに注ぎ、一気に飲む。
「あ、あの。今日はこのことはまだ言わないつもりだったの。だって、とても個人的なことだし。皆の近況だけをを聞くつもりだったんだけど……。でも、チサの話がとんでもない方向に行きそうだったから、つい、話してしまって。ごめんね。こんな話して」
「何言ってるの。こんな大事な話、黙ってる方がおかしいよ。で、どんな人なの? お母さんがとうとう痺れを切らせて、どこかから話を持って来た? 」
ハイテンションになったチサが、瞳を輝かせて訊ねる。
「あの……。お見合いじゃ……ないよ。それが、その、ひろ……いや、近所の同級生と、結婚することになって」
詳しい経緯を知らないメンバーに配慮して、言いかけた宏彦の名前を途中で引っ込める。
「同級生? 誰よ。ねえねえ、ヒロヒコ君以外にそんな人、いたっけ? 」
「……彼だよ」
澄香の答えに仁太の眉がピクッと反応する。
「澄香……。ま、ま、まさか。まさかのヒロヒコ君なのね? えっ? なんで? ヒロヒコ君、まだ札幌じゃ……」
「もう、京都に帰ってきてるんだ。それがね、土曜日に」
そう。土曜日に澄香の人生は、大きく流れを変えたのだ。
「土曜日っていえば、バレンタインデーだったけど」
「うん。その日に突然彼が帰ってきて、それで、どういうわけかこんなことになって……」
澄香は恥ずかしさのあまり頬を真っ赤にして、下を向いて口ごもる。
「す、澄香あーーーっ! なんでそんな一大事を内緒になんかしてるの? ダメだよ。ちゃんと言ってよーー! 」
泣いているのか笑っているのか。
どっちかわからないチサが顔をくしゃくしゃにして澄香に抱きつく。
おめでとうおめでとうと、何度も祝福の言葉をあびせかけながら。
ふてくされた仁太をよそに、皆から質問攻めにあった澄香がやよいから解放されたのは、それからきっちり三時間後だった。
へとへとになりながらも、どうにか家にたどり着き、身支度を整えて電話を待つ。
そして宏彦の声を聞いたとたん疲れがどこかに飛んで行き、澄香の心に穏やかな時間がもどってくるのだ。
宏彦の甘いボイスは、どんな栄養ドリンクよりも効き目があるのかもしれない。
明日からはもっと帰りが遅くなるのでメールにすると言われ、一時間後に電話を切った。
声を聞けないのは寂しいが、それでも構わない。
心が通じ合っていれば、それくらい平気だ。
次の約束の土曜日までは、後三回眠ればいいだけ。
澄香は今日の同期たちの驚いた顔を思い浮かべてクスッと笑い、仁太の哀しそうな横顔を思い出して、ちょっぴり切ない気持になる。
吉山君、ごめんね。
そして、今までありがとう……。
澄香はベッドの中で小さくつぶやき、静かに瞼を閉じた。