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かくれんぼ  作者: 大平麻由理
番外編 1-2 始まりの予感
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21.案外そばにいたりするものらしい その1

「えっ? えええっ? もう一回言って。それ、ホンマなん? 」

「ホンマやって、さっきからゆーてるやろ。何回同じこと言わせるねん。ええか、あと一回だけやで。よー聞いとけよ」


 信雅はがり勉女こと、白鳥早菜(さな)の耳元に、ぬっと顔を寄せた。

 すると、どういうことだろう。早菜がベッコウ色のめがねの中の目を閉じ、まるでキスを待ち受けるような顔をして、床にペタンと座っているのだ。


「おい、おまえ。なんで目ぇつぶるねん。話聞くだけやのに、そんな顔するなや。それとも……。俺を誘っとるんか? 」

「へえ? あんた、何()うとるん。このエロ親父! あたしはね、祈るような気持なんよ。もし、ノブ君が言ったことがホンマやったら、あたし……。ショック死するもん。絶対にいややもん! 」

「えらい、大げさやな」

「大げさなことなんかない! それと。おまえって言わんといてって、言ってるやん」

「ああ、面倒くさ。はいはい、早菜ちゃん、早菜ちゃん。これでええか? ショック死するんやったら、もうこれ以上言うの、やめよっかなーー」

「それもいやや。ええから、はよ教えて。もっと詳しく、相手の男のこともちゃんとホンマのこと言うねんで」


 そう言って早菜は、またもや目を閉じた。

 そうだった。このひとつ年上の女は、信雅の姉である澄香を、神のごとく崇拝しているのだ。

 姉は早菜が小さい頃には、邪魔者扱いせずに根気よく遊んでやっていたし、勉強のわからないところも優しく教えていた。

 弟の信雅が嫉妬するくらい、澄香になついていたのが、この早菜なのだ。

 今夜のこのネタは彼女にとって、衝撃以外の何ものでもなかったのだろう。

 まるで恋人をとられるような、そんな感覚なのかもしれない。


「だから、姉ちゃんの相手は、五丁目の俺の野球部の先輩で、加賀屋って人。ええ先輩なんや。ホンマに男前で、ええ人や。それはもう、男の俺でも惚れ惚れするくらい。姉ちゃんにはもったいないくらいの人やで」


 嘘偽りはない。信雅にとって加賀屋先輩は、少年漫画の主人公さながらのあこがれの人なのだから。


「それは違う! お姉ちゃんが、その男にはもったいないくらい素敵な人なんや。なんで、そんな男に騙されたんやろ」

「騙されたって、なんや、人聞き悪いなあ……」

「そんなん、騙されたに決まってるやん。あたしが東京行っとお間に、とんでもないことになっとったんやね。ノブ君。ちゃんと見張っとかなあかんやん。お姉ちゃん、絶対に騙されてるんやって。今やったら間に合う。結婚なんか、まだ早すぎるし。それにその人、同級生なんやろ? あかん、あかん。どうせ結婚するんやったら、もうちょっと年上で、おまけにお金持ちやないと。お姉ちゃんに苦労させるような人は、絶対にあかん! 」


 ベッコウ色のめがねが、怒りの炎に包まれる。

 この女にかかったら、姉の周りに寄ってくる男は誰でも弾き飛ばされる運命にあうのだろう。


「そんなことゆーても、俺だって東京やで。見張っとかれへんがな。おまえの思い込みもそこまでいったら上等やで。でもいっぺん、加賀屋先輩に()うてみ。絶対にええ人やって、わかるから。姉ちゃんは間違いなく幸せになる」


 信雅は形のいい顎をさすりながら満足そうに頷く。

 ここまでムキになって反対する早菜を見ているだけで、こんなに愉快な気分になれるのだ。

 美人とか、かわいいとか、そのどれにも当てはまらないこの目の前の女だけが、信雅の行き場のない気持を癒してくれる。


「また、おまえ()うた。あたしは、あんたの彼女でも何でもないんやから。そんなに馴れ馴れしく呼ばんといて。今度言うたら、追い出すよ! 」

「あっ、ごめん。早菜ちゃん、早菜ちゃん、早菜ちゃん。これで許して」

「ったく、しょうがないな……。ほんなら……。お姉ちゃんの婚約者にいっぺん会わして。その男を見るまでは、あたしは絶対に認めへんからねっ! 」


 ぷりぷり怒りながら、早菜がはき捨てるように言う。


「ええで。会わしたる。けどな、その前に……。俺、バイト、クビになったん知っとうやろ? 金ないから、東京まで歩いて帰るか、それともヒッチハイクでもせな……」

「わかった。わかったから……。失恋のショックで上の空でバイトしとったら、クビになったんやろ? ホンマに信じられへんわ。あたし、三月の初めに向こうに戻るから。それでも良かったら、車に乗せてあげる。その代わり、ノブ君が運転してよ。あたしは後ろのシートで、お姉ちゃんを別れさせるための最善案を練るから」

「よっしゃ! 今のこと、忘れんといてや。ガゾリン代は出世払いってことで、堪忍して。ほしたら、先輩に会う手はずを考えなあかんな」


 信雅は予定通りの成り行きにほくそ笑む。

 浮いた交通費が、次の合コンの足しになるのだ。

 今度こそ長続きする相手を見つけようと、密かに期待に胸を膨らませていたのだが……。


「でもさ、お姉ちゃんの婚約者、すぐそこに住んでるのに、なんで手はずを考えなあかんの? 明日でも会おうと思えば会えるんと違うん? 」


 早菜はベッコウ色のめがねのフレームをくいっと上に持ち上げる。


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