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かくれんぼ  作者: 大平麻由理
番外編 1-2 始まりの予感
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17.信雅のほくそ笑み

弟、信雅視点になります。

「ただいま。帰ったよ」


「あら、お父さん。早かったじゃない」

「澄香は? まだなのか? 」

「まだよ」

「何で帰って来ない! 」

「そんなこと言っても……。帰って来るのが八時頃になるって言ったのは、お父さんよ。澄香にもそう伝えたわ」

「早く帰って来いと言え」

「何言ってるのよ。澄香だって一人じゃないんだし、こっちの都合で振り回しちゃだめよ」

「なんでだ」

「なんでって……。そういうものよ」

「わからん」

「だから、澄香ももう子どもじゃないんだし。いいじゃない。ちゃんと彼も一緒に帰ってくるって言ってるんだから」

「気に入らん」

「もう、お父さんったら。何が気に入らないのよ」

「……彼とか、言うな。どんなやつかもわからんのに。俺はまだ認めんからな」

「認めるも何も。ただお付き合いしてるってだけなんだから」

「じゃあ、なんで連れてくるんだ」

「そりゃあ、家族に紹介するためよ。私が誘ったってのもあるけどね」

「男がそんななまっちょろい考えで動くわけないだろ。まさか……」


「まさか? まさか、何よ」

「子どもが……。いや、そんなはずはない。絶対ない」

「やだ。お父さんったら。何言ってるんだか。娘の体調の変化くらい、見てればすぐにわかります。よけいな心配しないで」

「何がよけいだ」

「今日のお父さん。どこか変よ。いったいどうしたって言うの? 」

「娘の心配をして悪いか」

「だから、悪いなんて言ってないわ」


「いいから、早く澄香にメールしろ」

「お父さんったらっ! 同じことを何度も言わせないで! あの子はもう、子どもじゃ……」

「ええ加減にせんかいっ! おとんもおかんも、いつまで玄関でやり合ってるねん。はよ、部屋に入れてくれや! 」


 ついに我慢も限界とばかりに、父の背後で両手に荷物をぶら下げて立っていた信雅の怒りが大爆発した。


 大学の後期テストも終わり、バイト先から懇切丁寧にリストラ宣告を受けた信雅は、資金調達のために三重に単身赴任中の父のところにころがりこんでいた。

 目標金額には届かなかったものの、当座の資金はどうにか父から捻出することに成功し、今夜には夜行バスで東京にもどろうと決めていたのだが。

 強引な母の招集令に従い、しぶしぶ父親と連れ立って実家に足を踏み入れた……というわけだ。


 長年神戸に住んでいながら、なかなか標準語のアクセントが抜けない関東生まれの両親のまどろっこしい会話を聞いていると、信雅のイラつきはピークに達して来るのだ。


「……ったく。姉ちゃんに彼氏が出来たからゆーて、いちいち呼び出されとったら、きりないで」

「ノブ君。ごめんね。私は言い合いなんかするつもりはないのよ。ただお父さんが石頭なだけなの」


 何してるの、そんなところにいないで早く入んなさいなどと、どう考えても矛盾する言葉を発しながら、母は信雅の背中を押す。

 入りたくても入れなかったのは、そっちのせいじゃないか。


「加賀屋さんご夫婦もお招きしてるのよ。もうすぐいらっしゃるわ。さあさあ、二人とも早く着替えてね」


 左手で息子の、右手で夫の背中をぐいっと押し、身支度を促す。

 全く持ってぬかりない母の行動に、信雅はこっそりとあきらめのため息をつき、ほい、あかふく、と我が家の女性陣の大好物を母の手に渡した。



 母が特売の時に買いだめしている、ウーロン茶の二リットルボトル。

 信雅は凍えた手でフタを開け、そのまま三分の一ほどいっきに飲む。

 野球をしていた頃は、瞬く間に二リットルを飲み干したものだが、今は無理だ。

 勝手口の近くに置いてあったそれは、室内だというのに程よく冷えていて、電車を乗り継いで三重から神戸まで帰ってきた信雅の乾ききったのどをほどよく潤す。


 姉が、どこかの男と訳ありなメールのやり取りをしているというのを知ったのは、去年の夏。

 姉の同僚のチサというユニークなお姉さんの情報提供がきっかけだった。

 メールの相手が京都に住んでる高校の同級生だと聞くや否や、信雅は、野球部の先輩でもある実家の近所の加賀屋宏彦に思い当たる。

 というのも、信雅がまだ高校生の時、練習試合に顔を見せていた大学生の加賀屋に、しきりに姉のことを訊ねられるという、わかりやすいリアクションを受けていたのだ。

 それも、家族である自分以上に姉の動向に詳しいという、おまけまでつけて。


 OB会の時にダメもとで先輩にカマをかけてみたところ、案の定、尻尾が見え隠れする。

 チサ姉さんから仕入れていた会社の同僚の男の話題を振ると、完全に顔色が変わった。

 もう間違いないと確信した信雅は、大好きな姉のために一肌脱ぐと決めたのだ。

 というか、自分と違って、色恋にまったく無縁そうな無色透明な姉に、早く色をつけてみたかったというのもある。


 自分をいつも卑下している姉だが、信雅にとっては自慢の姉でもあった。

 おやつは分けてくれるし、宿題の作文もいつも代わりに書いてくれた。

 同級生からは、きれいなお姉さんだねと言われ、優越感を味わってもいた。

 噂では、カリスマキャッチャーとして語り継がれる長身でワイルドな木戸先輩の彼女だったとも聞いている。

 姉は全くそんなそぶりを見せていなかったし、客観的に見ても付き合っていたという事実はないと言える。

 が、自分の姉が結構モテていたという話を聞くのは、そう悪くはない。


 加賀屋先輩は、いったいどんな顔をしてここに現れるのだろうと、いやいや実家に帰ってきたわりには浮き足立っている自分がいるのに気づいて、信雅は一人、にやりとほくそ笑んだ。



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