14.雪の日の誓い その2
「怖かった? 」
宏彦が哀しそうな目をして覗き込む。
澄香は、あわてて首を横に振る。そ、そんなことないよと。
「わかったよ。わかったから……。もう何もしない。だから、そんな顔しないで、いつものように笑顔でいてくれ。ごめんな……」
目の前にある宏彦の顔が再び近づき、瞼に唇が下りてくる。
「宏彦……。あたし、そんなつもりじゃ。だ、大丈夫だよ。ほ、ほらね」
澄香は顔を引き攣らせながら、一生懸命に笑顔を作る。
そして、宏彦の肩に手を掛けた。
「ちっとも大丈夫じゃないだろ? 強がらなくてもいい。ありのままの澄香でいいから。これ以上は……。もっともっと驚かせることになる。ここから先にいけば、泣こうが叫ぼうが、もう引き返せなくなる」
「それでも、いい。多分、大丈夫……」
誰もが通る道。泣き喚いたりなんかするもんかと強気になってみるものの、澄香の指先は異常なほどの力をこめて、宏彦の肩にしがみついていた。
「なあ澄香、俺たち、これからもずっと一緒だろ? 」
「う、うん……」
彼の瞳は澄香だけを見てそう言った。
もちろん、その通りだ。これからもずっと宏彦と一緒だ。
「なら何も急ぐことはないよな? 」
「……うん」
「よし。そうと決まったら、今夜は神戸に帰すよ。怖がらせてごめん……」
澄香はようやく自分のおかれている状況を理解し始めていた。
まるで身体中が心臓になったかのように、ドクッドクッと全身が脈打つ。
さっきの宏彦の突然の豹変でも、驚きのあまり気が遠くなりかけていたのに、その先は、あれ以上って……。
宏彦の愛情表現は、澄香の想像の範疇を大幅に超えているようだ。
澄香はまばたきを繰り返し、宏彦をまじまじと見た。
「宏彦……」
「何? 」
澄香の髪を撫でながら宏彦が訊ねる。
「こっちこそ、その……。ごめんね。あたし、何あせってたんだろう。そうだよね。これからあたしたちずっと一緒なんだよね」
「そうだよ。もう絶対におまえを離さないから……。このまま、今ここで俺の想いを爆発させるのは簡単だけど、それ以上に澄香のことが心配だし、何よりも澄香が大切なんだ。ようやく澄香と気持ちが繋がりあえたんだ。一瞬の高ぶりですべてを台無しにしたくない」
先に起き上がった宏彦を追うように、澄香もベッドから身体を起こし、再び彼にしがみついた。
「わかった。ありがと、宏彦。今日はこれで帰るね。雪がひどくならないうちに。だから……。家まで送ってくれる? 」
「ああ、ちゃんと送るよ。今夜は親父さんも帰って来るんだろ? 澄香と結婚前提に付き合うってこと、ちゃんと言って、了承してもらわないとな。そうすればこの先、堂々とここに連れてこれるし、今日の続きは、いくらでも出来る」
「ひ、宏彦? 」
宏彦から身体を離し、彼の顔をじっと見る。
「当分出張もないし、週末にここに来ればいい。いや、ウィークデーでも俺はウェルカムだぞ。ああ、楽しみだな。澄香を味わうチャンスは、この先たっぷり……っておい! いててて……」
まさか宏彦が、そんなあからさまなことを言うだなんて……。
澄香は、目の前のいまだかつて見たことのないデレデレした宏彦の姿に衝撃を受けていた。
弟の信雅や吉山ならまだしも、宏彦までも?
宏彦の胸を両手でパンと叩いて、ベッドから飛び降りた。
「おい、澄香。何怒ってるんだよ? 俺、何か気に障ること言った? 」
「……。自分の胸に手を当てて、よーく考えてみることね! あんまりそーゆーこと、はっきり言わないで。あたし、恥ずかしいんだからっ! 」
宏彦は澄香のあわてようをようやく理解したのか、背を向ける彼女を抱きしめる。
「ごめん、ごめん。許してくれよ」
「いやよ。そんなエッチな宏彦を好きになった覚えはないもん! 」
言葉とは裏腹に、別に宏彦が嫌いになったわけではない。
それどころか、そこまでストレートに自分を求めてくれる彼が、ますます澄香の心を捉えて離さないのも事実だ。
けれど、やっぱり恥ずかしい。
あからさまな彼の表現に、うん、そうだねとあたりまえのように同意するには、まだまだ経験と度胸を養う必要がありそうだ。
「ああ、それにしても澄香、なんてかわいいんだろう。俺のことを、どんな風に思ってくれてたのか知らないけど。俺、澄香が思っているより、かなりフツーだから。いや、おまえが恥ずかしいと思ってるエッチなことばかりずっと考えてる、そんな男だよ。いけないか? 」
「だめじゃないけど……」
澄香は思った。自分は男というものを、あまりにも知らなすぎたのだと。
どこまでも正直な宏彦に、ほんの少し、笑いが込み上げてくる。
「そんなこともすべて含めて俺なんだ。悪いけど、あきらめてもらわないとなあ……」
そして宏彦に、身体をくるっと回されて前に向くと、まだ怒っているようなそしてどこか笑いを堪えているような澄香のとがった唇に、またもや彼のやんちゃな口びるが重なった。