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かくれんぼ  作者: 大平麻由理
番外編 1-1 この人と 
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9.都へと続く道 その1

 澄香が涙を拭う手を止めたのとほとんど同時に、メインプレートが運ばれてきた。

 白身魚のベシャメルソースがけ温野菜添えだ。

 ここのシェフは新鮮な魚をその日の朝に明石まで行って買い付けてくるらしい。

 ランチとは思えないほどの豪華なメニューで、味も澄香好みだった。

 ただし、お代わり自由の焼きたてパンは、宏彦のプロポーズの言葉で胸がいっぱいになった澄香には、ほとんどのどを通らなかった。

 おいしそうに、勧められるがままにいくつものパンをぺろっと平らげる宏彦が、ほんの少し、恨めしかった。


 小さなチーズケーキとコーヒーが運ばれ、ランチコースの終了を告げられる。

 チーズケーキのさわやかな甘さにすっかり落ち着きを取り戻した澄香は、とれかかったメイクを気にしつつも、精一杯の笑顔を宏彦に向けて、話し始めた。


「ねえ、加賀屋君。今朝はうちの母があんな風にしゃしゃり出て、ほんとにごめんね。お母さんったら加賀屋君の姿を見るまでは、あたしの言うことを信じないって言うんだもの」

「それは穏やかじゃないな」

「そうなの。相手はいったい誰なの、早く教えろってうるさく言ったのは母の方なのに。で、名前を教えたら、ホントなの? って信じてくれなくて。でも、加賀屋君を見た時のお母さんのびっくりした顔。おもしろかったな。今でも思い出すと、笑っちゃいそうになる」

「おいおい、そんなひどいこと言うなよ。わかってるの? 澄香と、澄香のお袋さん。ありえないほど、そっくりなんだけど。見れば見るほど、よく似てるよ」


 宏彦は、片手でコーヒーカップを持ちながら、もう片方の手で澄香の鼻先をつんつんとつつく。


「や、やだ。なんでそんなこと言うのよ。お母さんとそっくりだなんて、恥ずかしい。あたしはそんなに似てないって思ってるけど……」


 澄香は、真っ赤になって反論する。


「……でも俺は、そんな澄香が好きなんだから、お袋さんゆずりのその顔に感謝しないとな。ホント、かわいいな、澄香は。なあなあ、俺もちょっとは学習しただろ? 」


 宏彦が突如、声のトーンを下げたかと思えば、またもやとんでもないことを言い出す。

 いくら周りに聞こえないように小さい声で言ったとしても、ドキドキすることには変わりない。

 彼が学習したのはあくまでも声の大きさだけ。

 これ以上好きだとかかわいいとか言われれば、もう身が持たない。

 命がいくつあっても足りないと思った。


「澄香のお袋さんには、随分失礼なことをしてきたと思っているよ。俺たちの関係って、本当に、急展開だったからな」

「そうだね。あたしたちって、メールしてるだけだったし、あの頃は他に伝えようがなかったものね。別に悪意があって、家族に黙っていたわけじゃないし……」

「まさしく、澄香の言うとおりだよな。俺の家も澄香んちと同じようなもんだったよ。たまに実家に帰った日は、昼前まで寝てる俺が、親父やお袋と一緒に朝メシ食ってるんだからな。そりゃあ二人とも、いったい何事なんだって驚いていたさ。今日、何かあるの? って訊くお袋に、何て返事したと思う? 」

「さあ……。なんて言ったの? 」


 澄香は思案顔になる。宏彦はどんな答えを用意していたのだろう。


「バレンタインデーの翌日はデートに決まってるだろって堂々と宣言してきた。そしたら親父は味噌汁をこぼすし、お袋は相手は誰なのと騒ぎ立てるし……」


 宏彦がわざとしかめっ面をして澄香の笑いを誘う。


「それで? 次はなんて言ったの? 」


 臨場感あふれる彼の家族に巻き起こった朝の風景に、澄香は思わず身を乗り出す。


「お袋も知ってる三丁目の池坂澄香だ、文句あるか! 車も借りるぞ! と言って、急いで風呂に入った後、即、家を飛び出してきた」

「そ、そんなけんかごしで言わなくても……。加賀屋君のお母さん、あたしのことだって、わかったのかな? 」

「ああ、すぐにわかってたよ。昨日、池坂さんに会ったばかりだとか、ごちゃごちゃ言ってたぞ。……なあ澄香」

「な、何? 」


 澄香は急に前かがみになって顔を寄せてくる宏彦にたじろぐ。

 彼との距離感がまだ慣れないのだ。


「ずっと、気になってるんだけど。その、加賀屋君っての、いい加減辞めない? いくらなんでも他人行儀過ぎるだろ? 」


 つまり宏彦は、他の呼び方をしろと言っているのだ。

 うわーー。どうしたらいいのだろう。

 澄香は身体じゅうから血の気が引いていくのがわかった。

 宏彦さんとでも呼べというのだろうか。

 旧知の同級生に対して、いくらなんでもそれは恥ずかしすぎるし逆によそよそしい。


「澄香は俺のこと、なんて呼んでくれるの? 」


 尚も前のめりになってくる宏彦に反発するように、澄香は反射的に後側に身を反らす。


「そ、それは、その……。加賀屋君じゃ、だめ? 」

「だめだ! そんな呼び方続けてたら、そのうち俺の親父も一緒に振り向くぞ」


 親父もって……。

 確かに宏彦の家族はみんな加賀屋さんだ。

 お父さんまでもが、はーい、澄香さん、などと言って彼と同時に返事をしてしまったら、確かに変な感じだ。

 だからといって、急に呼び方を変えるのは難しい。


「じゃあ。かがちゃんで……」


 澄香はだめもとで、宏彦のニックネームをつぶやいてみた。

 今でも同級生はみんなそう言っているのだから、案外すんなり呼べるかもしれない。


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