6.恋の中間点 その2
澄香は何度もまばたきを繰り返す。
宏彦の隣にいるのは自分だけだ。
ならば、隣にいるお姫様は、澄香しかいない。
その人に結婚後も仕事を続けてもらいたいから中間点に引っ越すのだと言う。
そ、それって……。
澄香の心臓はありえないほどの大音量でドキドキ鳴り出す。
プロポーズされたも同然の宏彦の言葉に、気が動転しそうになる。
夕べ星の下で告白されて抱きしめられ、そして……。
挙句の果てに、ひとっ跳びにプロポーズ?
澄香はあまりの急展開に気持ちがついて行かない。
どうしていいのかわからず、膝の上に置いた手を堅く握り締め、行き交う車をただ呆然と眺めることしか出来なかった。
水族園を過ぎて国道二号線を鉄道沿いに西に向うと、左手に海が見えてくる。
今日も季節風が吹き、波が高いようだ。
「随分、荒れてるな……」
横目でチラッと海を見ながら、宏彦が言った。
「そ、そうだね。冬だもの、仕方ないよね」
さっきのプロポーズめいた話から、まだ抜け出せていない澄香の声が、少しだけ上ずる。
やや渋滞気味になり車の流れがゆるやかになった。
スピーカーからは宏彦の好きな洋楽が静かにボサノバ調のリズムを刻んでいる。
前にメールで教えてくれたあの歌手だろうか。
女性ボーカルの自然な歌声が、いつのまにか周りの空気に溶け込むようで、心地いい。
「もう少し行ったところに、海の見える小さなカフェがある。そこで昼飯にしよう。今日は、海岸を歩くのはちょっと無理っぽいな」
ステアリングに添えられた指が、トントンと、音楽に合わせて軽快に動く。
きっと無意識なのだろう。どんな姿の宏彦も、澄香には愛おしい。
宏彦が海の見える場所を選んでくれたことに胸が熱くなった。
大学に入学した時から続いているあのメールで、夏が巡るたび澄香が言っていたことがある。
夏が好き。そして海が好き。
中でも、須磨から舞子にかけての海が大好きだと。
「もしかして、あたしがここのあたりの海が好きなこと、憶えててくれた? 」
「そんなのあたりまえだろ。俺達が知り合っていったい何年経ったと思ってる? メールだって長年やってるんだし」
「そ、そうだね」
「こいのぼりが空を泳ぎ出す頃になると、夏になるのが待ちきれない澄香の海談義が始まって、ずっと秋まで聞かされ続けてたんだ。忘れるはずがないだろ? ネットで調べて、ここのカフェを見つけたんだ。きっと気に入ると思うよ」
子供の頃から家族で泳ぎに来ていた須磨の海。
遠足で幾度となく訪れた水族園に、桜のきれいな須磨浦公園。
そこから塩屋を過ぎ、垂水から舞子、朝霧まで、少しずつ姿を変えていく海岸線に心を奪われる。
国道からはほとんど海は見えなくなってしまったが、心なしか潮の香りが漂ってくるような感じさえする。
神戸で生まれ育った澄香は、海も山も常に生活の一部にあって、小さい頃の数々の思い出の節目ごとに、そのどちらかが関わっていた。
家の近くの海は工業地帯で泳ぐことはできないが、海沿いの鉄工所の高い煙突と遠く海原に行きかう船は子供の頃から脳裏に焼きついているごくあたりまえの光景だ。
冬は六甲山人工スキー場でソリ遊びやスキーを楽しみ、夏は須磨や舞子で海水浴をする。
冬場に少し足を延ばせば、県内にスキー場も多くあり、パウダースノーを体験する事だってできる。
都会なのに手軽にどちらも楽しめるこの町は、澄香にとっても宏彦にとっても思い出のぎっしり詰まったかけがえのない町なのだ。
海岸沿いに向かって前方に見える淡路島は、来るたびに姿を変える。
霞がかかって遠くの方に見えることもあれば、雨上がりに緑の稜線がくっきりと浮かび上がり、手を伸ばせば届きそうなくらい近くに見えることもある。
昔は船で渡った淡路島も、今では明石海峡大橋のおかげで神戸の垂水ジャンクションから車で十五分もあれば着いてしまう。
船やヨットの帆、飛び交うカモメを見てるだけでも時間のたつのも忘れてしまうくらい大好きな海。
その海を宏彦と一緒に見られるだなんて、これ以上の贅沢があるだろうか。
「確か、この次の信号を右折だったはずだ。この車、ナビがついてないから結構厳しいぞ。迷うかもな」
そう言いながらもどことなく楽しげに見えるのは、あながち見間違いではないようだ。
澄香は意外と宏彦の運転技術が巧みなことに気付く。
京都では会社の車を乗り回しているというから、たまにしか運転しない澄香に比べると、遥に宏彦の方が場慣れしているのだろう。
これからもこうやっていろいろなところに連れて行ってもらえるのかと思うと、まるで遠足前日の小学生のようにわくわくしてしまう。
無事迷うことなく着いたその店は、海を見下ろすような高台にあって、明石海峡大橋が左手に見える。
ここから西は明石の町並みが広がっている。
南仏プロバンスを思わせるような洋風の建物で、夏にはテラスで食事ができるように椅子とテーブルが海側のテラコッタ貼りの床の上に並べてあった。
二月のこの時期にテラスに出て食事をするのは誰がどう考えても無謀としか言いようが無い。
澄香は少しでも海に近いテラスに出たいのをぐっとこらえて、室内の窓辺近くのテーブルに宏彦と向かい合って座った。
目の前には澄香がずっと恋焦がれていた宏彦。
そして窓の外は冬の明石海峡。
でも窓越しにさしこむ陽の光は暖かく、テーブルの上の澄香の手の上にはいつの間にか宏彦の手が優しく重なっていた。
最近は雪もあまり降らなくなり、スキーやスノボに出かける人が減って来ているように思います。
その昔(笑)兵庫県内にある神鍋高原スキー場で、あたり一面パウダースノーで覆われている中、スキーをしたのを思い出しました。
ウエア―に雪がついても、はらえばサラサラと落ちて濡れません。こけてもへっちゃら。
風が吹けば雪面から雪が舞い散ります。
夜は民宿でカニすき鍋を満喫。楽しかったな~。