表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
かくれんぼ  作者: 大平麻由理
番外編 1-1 この人と 
54/210

3.会いたい その1

「お母さん。えっと、あのね」


 待ってましたとでも言うように、母の顔がぱっと輝く。


「実は、その……。高校で同じクラスだった、五丁目の、か」


 好奇心に満ち溢れた顔をして、食い入るように見つめてくる母に圧倒され、そこまで出かかった声が再び逆戻りしてしまう。


「もう、澄香ったら、何をそんなに緊張してるの? 高校の同級生なら、何も問題ないじゃない。何か不都合でもあるの? 」

「ないけど。でも、こういうことって、その、恥ずかしいし、結構勇気がいるんだから……」

「ホント、困った子ね。お母さんは頭ごなしに反対したりしないわよ。あなたがそこまで、一生懸命、想ってる人なんでしょ? それにそのお相手も澄香のことを好きだと言ってくれたのよね? なら、何も心配ないじゃない。お父さんや信雅が何か言っても、私だけは澄香の味方だから、安心して言ってくれればいいのよ。えっと、今、何丁目って言った? 」


 いや、そうじゃなくて、お母さんがあまりにもあからさまに、好奇の目を向けてくるから……などとはとても言えなくて、澄香はもう一度自分を奮い立たせ、仕切り直す。

 恥ずかしさなんて、もうどうでもいい。


「あのね、五丁目の、か」

「あら、五丁目っていえば、すぐそこじゃない。なら、中学も一緒よね? それとも、私立に進学したのかしら? でも高校の同級生だからそれはないし……」


 そんなに仲良しだった男の子がいたかしら? とまたもや途中で話の腰を折られる。


「誰かしら? この町内の人で、中央高校の同級生っていえば限られるわね……」

「だから、加賀屋君だってば……。お母さんも知ってるでしょ? 」


 よし、言えた。

 あとは野となれ山となれ。


「加賀屋さん? 」

「そうだよ」

「へっ? 」

「うん」


 母はそのまま黙り込んでしまった。

 さっきまでの勢いはどこへやら、澄香は急に不安に襲われ、母の顔色を伺う。

 あんなに調子のいい事を言っておきながら、やっぱり反対されるのだろうか。


「もしかして。加賀屋さんちのボクなの? ほんとに? 」


 町内で同じ高校に進学した同級生の男子は彼一人だけだ。

 どうころんでも迷いようが無いほど簡単な問題なのに、母は尚も首を傾げ続ける。

 にしても……。加賀屋さんちのボクはないでしょ、ボクは!

 なかなか信じようとしない母を恨めしげに睨み、ほんとなんだってば、信じてよと言い返す。


「それは大変だわ。こんなことしてる場合じゃないわね」


 一大決心をしたかのようにすくっと立ち上がった母は、早送りの録画画面さながらのてきぱきとした動きで、ドレッサーの奥からホットカーラーを捜し出し、温めたかと思ったら少し伸び始めたショートカットの毛先に巻きつける。

 その上、客間の掃除まで始めたではないか。

 澄香はその変わり身の速さに、ただただ、唖然とするばかりだった。


 メイクを仕上げて、チェックのワンピースに着替え靴を選んでいると、携帯が電話の着信音を奏でる。

 宏彦からだ。時計を見ると、まだ約束の時刻まで三十分もある。

 どうしたのだろうと不思議に思いながら携帯を耳に当てた。


「もしもし」

『澄香、俺だけど』


 宏彦の心地よい声が耳に届く。


「加賀屋君……。おはよう。夕べは、その、どうも……」


 電話で話すのは、まだどうにも慣れない。

 変に思われなかっただろうか。


『ああ、いや。こちらこそ、遅くまで電話して、ごめん。よく眠れた? 」

「う、うん。ちょっとだけならね。加賀屋君は? 」

『俺? 俺はあの後、即行で寝た。澄香、本当に大丈夫? 』

「平気だよ。心配いらないって。ところで、何かあったの? 」


 澄香の気持ちが次第にほぐれていく。


『実は……。ちょっと早いんだけど、もうすぐ迎えに行こうと思って。澄香のことを少しだけ親に話したら、おふくろがうるさくて……』

「ぷっ……。うちも同じだよ。ついさっきまで、誰と出かけるの? そのお相手は誰? ってそれはもう大変だったんだから。もしうちの母が加賀屋君に何か言っても、気にしないでね」

『あはは。わかったよ。じゃあ、今からそっちに行くから』

「待ってるね。それじゃ、あとで」


 電話を切ったあと、自然と笑みがこぼれ、意味もなくぴょんと飛び跳ねてしまった。

 メールでは感じることのなかった高揚感にしばし酔いしれる。

 お気に入りの白いコートと、ゴールドのチェーンのついたファーのバッグを手にして、行って来ますと客間に向って声をかけた。

 宏彦の家は歩いてもたぶん十分くらいの距離だろうから、車だとあっという間にここに着いてしまう。

 澄香はあわててリボンの飾りのついたベロア調のパンプスを履き、玄関のドアに手を掛けた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ