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かくれんぼ  作者: 大平麻由理
本編
50/210

49.もういいよ。 その2

「違う。木戸からだよ。あいつの彼女が澄香に殴りこみをかけたらしいな」

「殴りこみ? それは違うと思うけど……。いや、そうなのかな? でも、殴り合いにはならなかったし……」


 澄香は何度も首をかしげながら、さくらの一途な姿を思い出していた。


「あははは! にしても災難だったな。ほんとに木戸のやつ、何やってるんだか。自分の彼女くらい、ちゃんと見張っておけよって、一応怒鳴りつけてやったけどな」

「あ、ありがとう……。加賀屋君」


 向こうの一方的な誤解だとはいえ、こんなみっともないいざこざに第三者である宏彦を巻き込んでしまったことに、澄香はどうしようもないほど情けない気持ちになり、身をすぼめ、うな垂れた。


「おい、元気出せよ。メールが遅れた理由。そのこともあったんだろ? 」


 宏彦が下から覗き込むようにして澄香を見て言った。


「うん」

「やっぱりな。あいつが教え子と結婚するってのは、年末に本人から聞いて知っていたんだ。なのに、あいつ。態度があいまいで、煮え切らなくて。澄香にまだ未練があるのかって問いただしたら、それはないと言うし……。俺はこれまであいつにきっちりと義理は果たしてきたつもりだ。もう十分だと思った。だから、言ってやったんだ」


 宏彦は目の前のコーヒーを口に含み、高校時代と変わらない、いたずらっぽい笑顔を浮かべる。


「なんて言ったの? 」


 そんなにじらさないで、早く言って欲しい。


「あのな……」

「う、うん」


 徐々に澄香との距離を縮めていく宏彦にどぎまぎしながらも、息を潜めて彼の答えを待った。


「澄香に……。俺の澄香に、もう二度と手出しするなって。そう言った」


 俺の澄香? それって、その……。

 澄香はもう一度目の前の宏彦の顔をまじまじと見た。


「あたしは、その……。加賀屋君と、あの……」

「澄香、出よう」

「もう出るの? ちょ……。加賀屋君、待って! 」


 澄香があたふたしている間に残りのコーヒーをいっきに飲み干した宏彦は、テーブルの上の伝票を取り、素早く支払いを済ませ外に出た。


 澄香は宏彦に遅れないように小走りになりながら後をついて行く。

 すると宏彦は突然立ち止まり、空いている方の手をすっと澄香の前に差し出して来た。

 澄香はとまどいながらも、自分の手を彼の手にそっとすべりこませる。

 そのままセンター街の南側の路地を東に向かって歩いて行く。

 あれほど恋焦がれていた宏彦と手をつなぎながら。

 そして、彼のぬくもりを身体中で感じながら、どんどん歩いて行った。


 時折盗み見る彼の横顔は、全く知らない人のようにも見える。

 澄香は今ここにいる宏彦も自分も、いつしか虚構の世界に紛れ込んでしまい、幻影を見ているのではないかと思えるくらい、不思議な光景に思えた。


 ビルの間をぬって市役所前から大通りを東に渡ったところで、ようやく磯上公園に行き着いた。



 夏場は若者が集まるその公園も、真冬の夜には誰も見当たらない。


 澄香は、時折吹きすさぶ北風に身をすくめながら、ベンチの前に立ち止まった。

 そうだ、ここからだとチサのマンションまで近いはず。

 コンビニだって山側にいくつかある……などと、どうでもいいことばかり思い浮かべ、いつまでも忙しく脈打つ鼓動をなんとか落ち着かせようと試みる。


 宏彦はベンチに荷物を降ろし、立ったまま澄香と向かい合った。

 すると突然、大きく息を吸い込んで肩を上下させたかと思うと、澄香の目の高さに合わせて身体をかがめ、意を決したかのように口を開いた。


「俺、澄香のこと、その……好きだから。俺の彼女は澄香しかいないってずっと思ってた……。本当は来週、出張から帰ってきた時、澄香の大好きな海の見えるカフェかレストランで、この話をするつもりだったんだ。まさか、今夜神戸に戻って来るなんて思ってもみなかったからな……。なんか、今の俺って、一方的だよな。澄香は? 俺じゃ……ダメ? 」


 宏彦の瞳が澄香を真っ直ぐに見つめている。

 澄香は自分の耳を疑った。

 宏彦は今、何て言った? 


 そんなこと、信じられるわけがない。

 きっと空耳だったに違いない。

 目の前にいるのは夢の中の加賀屋宏彦だ。

 目が覚めたら彼の姿は跡形も無く消えていて、澄香はたったひとり誰もいない公園に取り残される。

 そうに決まっている。

 これは北風が気まぐれに巻き起こした特上のイタズラなのだ。


 でも、目の前の宏彦は澄香を見つめたまま微動だにせず、ずっとそこにいる。

 何度まばたきをしても、彼が消えることは無かった。


 彼女の返事を待っているのだ。

 そう。これは夢でもまぼろしでも、なんでもない。

 繋いだままの手から宏彦の真摯な想いが澄香の中におしげもなく注ぎ込まれてくるのだから。


「加賀屋君……」


 澄香はつないでいる手をぎゅっと握り返して、彼の瞳を見た。


「あたし。あたしもずっと加賀屋君のことが……好きだった。今も好き。これから先もずっと好……」


 澄香は八年もの間、胸の奥に仕舞いこんできた宏彦への思いを、ありのままに伝える。

 宏彦の瞳がかすかに揺らいだその瞬間、最後まで言い終わらないうちに彼の腕が澄香の背中に回り、そのまま胸に引き寄せられた。



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