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かくれんぼ  作者: 大平麻由理
本編
48/210

47.もういいかい? その3

 昼休みになる頃、その理由が判明する。

 そうなのだ。今日は泣く子も黙るバレンタインデーじゃないか。


 澄香は去年と同様、個人的には誰にもチョコを用意していない。

 課の女子でまとめて買ったものを、男性社員に平等に配るシステムだから気楽なものだ。


 取りまとめ役のチサはファミリーサイズの大袋入りのチョコをカバンから出し、各デスクに配り始めた。

 個々にきれいな包装が施されているその中には、小さい葉っぱの形をしたチョコが数個入っていて、とても食べやすく、味も好評な商品だ。

 そして、それがいかにも義理というオーラーに包まれた物であるにもかかわらず、上機嫌な社員たちを見るにつけ、男って意外と単純なのかも……などと思ってみたりもする。


 給湯室の陰で。廊下の片隅で。

 この寒いのに非常階段の踊り場で。

 あるいは堂々と公衆の面前で。

 本命チョコもにわかに動きを見せている。


 もう勝手にやってくれとばかりに、午後の仕事も順調にこなした澄香は、昨夜の残業のおかげで今日もまた定時に会社を出ることに成功した。


 今日ばかりは澄香は誰からも誘われない。

 チサは仁太に再アタックするだろうし、他の同僚たちもそれぞれにこの日を楽しむのだろう。

 澄香は遅まきながら父親と弟のチョコを選ぶために、三宮センター街に一人繰り出すことにした。


 バレンタインデー当日であるにもかかわらず、菓子店はどこも盛況で、客足が途絶えることはない。

 おまけに週末も重なったせいか、カップルだけでなく家族連れや旅行客もどっと押し寄せる。


 センター街のアーケードが途切れると冷たい風が吹きぬけ、どこからともなく雪も舞い始める。

 コートの襟を立て、寒さに身をすくませながら、ピックアップした店を順番にのぞいてみた。


 洋酒の好きな父親にはウィスキーボンボン風のがいいかな。

 机の上にチョコレートの山が出来るくらいプレゼント攻めに遭う信雅は、少し値の張るトリュフを二粒くらいでいいか……。

 などと考えるうちに、次第に気分も高揚してくる。


 でも……。もしこれが好きな人への贈り物ならば、もっと胸躍る瞬間なのだろうなと宏彦を思い浮かべながら想像して首を小さく横に振った。

 そんなことはあるわけがないのだと。


 お腹もすいてきたことだし、どこかお気に入りのケーキショップで軽くセットメニューでも食べようかと思い立ち、生田筋を南に下りていった。


 ケーキだけでなく軽食も置いてあるその店は、チサや会社の仲間ともよく行くところだ。

 ここもご他聞に漏れず、大勢の客が陳列ケースを所狭しとのぞきこんでいた。

 ラッピング待ちの行列も出来ている。


 澄香は人と人の間をすりぬけ、かわいらしい制服に身を包んだ店員に案内されて二人掛けの席に着いた。

 そしてサンドイッチとフルーツが盛り合わせになったミニプレートを選び、注文する。


 店内が混雑しているので少し時間がかかると言われたが、別に急ぐ用があるわけでなし、いいですよと笑顔で答え、店員が去った後おもむろに携帯を取り出す。

 澄香は六年前の四月から欠かさず宏彦にメールを送り続けていたのだが、あろうことか昨日、それを忘れてしまったのだ。

 こんなことは初めてだ。


 熱があろうと、お気に入りのドラマがあろうと、最優先で送り続けていた宏彦へのメールが初めて途絶えてしまった。


 残業が済んで家に帰ってからメールをしようと思っていたのに、気がついたら朝だったという失態をやってしまった上に、今朝の充電ミス。

 昼休みはバレンタインの騒ぎでメールどころではなかった。

 おまけにさくらとのいざこざをどこまで知らせるべきか悩んでいたのもあって、一昨日のメールもほとんど内容のないものになっていた。

 だからなんとしても昨日はリベンジするつもりだったのに……。


 今夜こそはとはりきってメール打ち始めたのだが、折りしも今日はバレンタインデー。

 宏彦の彼女が札幌まで駆けつけて、二人だけの大切な夜をどこかのレストランで楽しんでいる最中かもしれない。


 ためらいながらも、今日の社内での騒動のあれこれをかいつまんで知らせる。

 加賀屋君はチョコをいくつゲットした? などとありきたりの冷やかしの文章も添えて。


 送信ボタンを押した後、ようやく運ばれてきた紅茶を一口飲み、きゅうりのサンドイッチをつまむ。

 少し客が減ったのか見通しが良くなった陳列ケースを横目で見ながら、よし、あれにしようと帰りに買って帰るチョコの品定めも忘れない。


 すると、テーブルに置いていた携帯がなじみの着信音を鳴らす。

 宏彦の返事だろうか。だがしかし……。


 それはメールではなく電話の受信だ。

 いったい誰だろうと、画面に目をやり、相手を確認する。


 宏彦だ。


 澄香の背筋に緊張が走る。

 今送ったメールに気付いた宏彦の彼女からかもしれない。

 もしそうだったら……。


 澄香は携帯を握り、店の入り口付近に移動して身をかがめ、震える手で通話ボタンを押した。

  

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