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かくれんぼ  作者: 大平麻由理
本編
45/210

44.幸せなのか

「もういいって。わかってくれたらそれでいいの。じゃあ、待ち合わせ場所まで送っていくわ。どこ? 」

「あ、あの。市役所の時計のところって、言ってました。あたし、神戸はまだ二回目で、どこに何があるのか、さっぱりわからなくて……」

「いいのよ。あたしにまかせて。きっと、花時計のところね」

「はい。多分そうだと……」


 ここに来たばかりの時のとげとげしさなどすっかりなりを潜めたさくらの背中に、澄香はそっと手を添えて、玄関先に向かう。


「チサ。今日はいろいろとありがと。このお礼はまた今度改めて……」


 真冬だというのにいつの間にか半そでのTシャツ姿になって暑っちいを連発しているチサの耳元で、澄香はそっとささやいた。


「あははは。期待してるよ。んじゃあ、また明日」


 チサの笑い声が、ドアを開けると同時に、静まり返ったマンションの廊下に響き渡る。

 そして、次の瞬間、風がひゅうっと三人の間を通り抜けた。

 チサがむき出しになった腕を抱え込むようにして震える。


 澄香はさくらと一緒にエレベーターに乗り込み、チサの姿が見えなくなるまで、手を振り続けた。



 チサのマンションから市役所までは歩いて十分くらいだ。

 路地を抜け、国際会館前の交差点を渡って南に行けば、そこはもう市役所の北側の花時計広場になる。


 さくらは自分の取ったさまざまな行動を恥じているのか、俯き加減のまま何もしゃべらずに、黙々と澄香の横を歩いている。


 マンションを出れば、そこはさすがに神戸の中心地。

 夜でも人が行き交い、飲食店のネオンがそこかしこにきらめく。

 会話のない気まずい雰囲気も、街の喧騒がちょうどいい具合に掻き消してくれるのだ。


 花時計のそばまで行くと、スーツの上にスポーツメーカーの黒っぽいジャンパーを着た、いかにも教員風情の背の高い男性の姿が目に入る。

 澄香が立ち止まり、その人物を確認するのとほぼ同時にさくらが駆け出した。

 そして暗闇の中、二人が軽く抱擁し合うような形になる。

 しばらくして顔を上げた木戸は澄香と目が合うと、驚いたように彼女を見た。


「木戸君、お久しぶり」


 二人に近寄り、コートのポケットに手を入れたまま、澄香が木戸に話しかける。


「い、池坂? どうして……。おい、さくら。いったいどういうことなんだ? 」


 何も事情を知らない木戸は、腕の中のさくらと、目の前にたたずむ澄香を交互に見て、狐につままれたような顔をして呆然としている。


「ふふ……。ちょっといろいろあってね。そうそう、木戸君。さくらさんとの婚約おめでとう」

「あ、ありがとう。でも、なんで……」


 まだ木戸には、今の状態が理解できないようだ。

 これも、木戸が彼女を冷たく扱った罰だ。

 しばらくはじたばたするのも、彼にとっていい薬になるかもしれない。


「さくらさん、とてもかわいいわね。あのね、木戸君が最近冷たいから寂しいって。あたしが口出しすることじゃないかもしれないけど、さくらさんのこと、大事にしてあげてね」

「なっ……。池坂、いったい……」

「それじゃあ、あたしはもう行くわね。詳しいことは彼女から聞いて。それじゃあ、さよなら。お幸せに」

「お、おい。待ってくれ。何が何だか僕にはさっぱり……。とにかくこいつが世話になったみたいで、すまない」


 引き止められた澄香は、木戸のあまりにも動転した顔を見て少し気の毒になってきた。

 だが、これも彼が自分で蒔いた種。木戸自身で解決してもらうしかない。


「あたしのことは気にしないで。それじゃあ」


 今度こそ、その場を離れようとしたのだが、木戸の声が尚も澄香を追いかけてくる。


「君は今、どうなんだ? 」

「どうって? 」


 澄香は振り返り、真意を探るように木戸の目を見た。


「池坂は……。幸せなのか? 」


 木戸の目はどこまでも真剣だった。

 澄香は目を伏せて宏彦の姿を思い浮かべた。

 彼を想うことで、日々幸せを感じている自分がいる。

 そしてメールもしているし、彼とは常時繋がっているのだ。

 体調が悪い時は心配してくれるし、友人としては申し分のない思いやりを示してくれているではないか。

 十分に幸せだ。

 

 澄香はとびっきりの笑顔を木戸に投げかけた。


「もちろんよ。とても幸せ。仕事も。そして、恋も」

「そうか……。なら良かった。六月に、こいつと式を挙げる予定なんだ。加賀屋にも来てもらうつもりだ。君にも招待状出すよ。じゃあ、また」

「木戸君。ありがと。……じゃあね」


 澄香は花時計の前に立ち止まったまま、駅に向かって歩いていく二人を見ていた。

 そして時折振り返るさくらに手を振る。


 木戸の手がさくらの肩を抱き寄せるのを見た時、澄香の心の中にずっとあった得体の知れない(かせ)のような物が、すっと解けたような気がした。

 それを機に何かが変わっていくようなそんな予感すらする。

 

 

 澄香は近くのコンビニでビールとつまみを買い、チサに電話を掛けた。

 今からチサの家に引き返してもいい? と。


『そうこなくちゃ! じゃあ、待ってるよ』


 チサの明るい声が澄香の心を温かく満たしていく。


 ふと歩みを止めて、窓の灯りの消えたビルの谷間から覗く星を見上げてみる。

 四つの星に囲まれた真ん中に、小さく輝く三つの星が見える。

 星と星を線でつないでいくと……。オリオン座が出来上がる。


 彼も夜空を見ているだろうか。

 雪と氷の大地にいる宏彦のことを思い出しながら、澄香の頬に涙が一筋、つーっと伝って落ちていった。


お読みいただきありがとうございます。

市役所の花時計ですが、2019年に市役所の工事のため、南側500メートルの公園に移築されています。

長年市役所の花時計として神戸市民に親しまれてきましたが、令和の現在は物語の中で示している位置にはありませんのでご了承ください。


それとオリオン座のベテルギウスが暗くなって来ているそうです。

その理由を解明中だとも。

2020年、6月現在では、太陽と同じように黒点の影響ではないかと言われています。

とにかく超新星爆発ではないようなので、安心しました。

もし爆発してしまうと、オリオン座の左肩が無くなってしまうからです。

宇宙の神秘ですね。

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