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かくれんぼ  作者: 大平麻由理
本編
43/210

42.あたし、だまされませんから その1

「店に行っても落ち着かないでしょ? ならうちに来ればいいよ。邪魔者は誰も居ないしね」


 そう言って場所を提供してくれたのは、チサだった。

 三宮にあるチサのワンルームマンションは、特別装備が整っているだとか、外観がおしゃれだとかそういうのは一切あてはまらない、ありふれた普通のマンションでありながら、とても居心地のいい部屋だった。

 管理も行き届き、安心して生活できる点は女性には何よりもありがたい。

 室内も至ってシンプルで、ベッドとドレッサー、テレビとオーディオを兼用しているマルチなパソコン、そしてカラーボックスがあるだけだ。


 澄香とチサはベッドに背を向けて座り、村下は小さな四角いテーブルをはさんで向こう側にちょこんと座った。

 床はフローリングなので冷えるが、ふかふかのラグが、それをどうにか食い止める。

 お互いに、神妙な面持ちで向かい合っていた。


「村下さん。改めて紹介するわね。こちら、畠元千沙さん。会社の同期なの。チサ、こちら村下……えっと、何とおしゃるのかしら、下のお名前」

「さくらです。平仮名で、さ、く、らと書きます。桜の季節に生まれたので」


 相変わらず抑揚の無い小さな声で、ぼそぼそと話す。

 神戸まで身ひとつで乗り込んできた勇気には感服するが、所詮まだ十九か二十そこそこの世間知らずな女子大生だ。

 精一杯の虚勢を張っていることくらい澄香にもわかっていた。


「そう。村下さくらさんね。それじゃあ、さくらさん。あなた、もしかして広島からいらしたの? 」 

「はい。そうです」


 さくらは、はっとしたように澄香を見た。

 広島と言い当てたことが彼女の心を揺さぶったのかもしれない。


 木戸は九州の福岡にある大学に進学し、そこで教職課程を履修して教員になるつもりだというのは、マキの情報で澄香も知っていた。

 その後、広島で就職したというのも宏彦とのメールで察知していた。

 ただし、勤め先は知らない。


 木戸とは、大学時代にたまにメールのやり取りをすることはあったが、就職してからは一切音信不通になっていた。

 だから、不審なメール相手が先生を語っても、木戸と結びつかなかったのだ。


 それに、木戸とは付き合っていたわけではない。

 恨みを買うような過去はいっさい身に覚えが無いのだ。


 しかし目の前のさくらこそがそのメールの送信者である可能性は次第に現実味を帯びてくる。


「それで。あなたの婚約者は、木戸君……なのよね? 」

「は、はい。そうです! や、やっぱりあなたは、先生と……」


 さくらはキッと澄香を睨みつける。


「先生はこの頃ちっともあたしと会ってくれなくて。電話で話しても、楽しくなさそうで……」


 澄香はとにかくさくらの言い分を聞こうと、じっと耳を傾けた。


「そうなんだ……」

「あたしのこと、嫌いになったんだとそう思って。いや、最初からあたしのことなんて好きじゃなかったんです。だって、その証拠にあなたと今でもつながってる」


 うんうん、と黙って聞いていると、最後にとんでもないことを言われたような気がする。


「うん……じゃなくて。それって、どういうこと? つながってるだなんて、そんなことあるわけないじゃない。木戸君って、もしかして高校の先生なの? 」


 澄香はさくらが木戸の教え子であるなら、勤務先は高校だろうと見当をつける。


「どうしてそんなわかりきったことを聞くんですか? 」

「わかりきったことって……。そんなこと言われても」

「まさか今更、先生のこと知らないとか言うんじゃないですよね? あたし、だまされませんから」


 さっきまでの怯えたような少女の姿は、もうどこにもなかった。

 そこにいるのは、嫉妬心に囚われた目をした生身の女性、そのものだった。


「ちょっと待って、さくらさん! 」


 澄香はエスカレートするさくらを引き戻すように声を荒げた。


「あなた何か誤解してない? もちろん木戸君は高校の同級生だし、全く知らないとは言わない。でも、大学に入ってからの彼のことはほとんど何も知らないし、勤め先がどこなのかも聞いてない。ほんとよ」


 澄香は、嘘偽りないことを証明するかのようにさくらの目をまっすぐに見ながら言い切った。


「で、でも……。先生のケータイにはあなたのアドレスもあったし、あたしと付き合う前には、あなたのことをとても楽しそうに話してた。大学で遠距離になって、会えなくなって……。それで二人は別れたんですよね? 」


 澄香はさくらの話した内容に衝撃を受ける。

 遠距離も何も、元々付き合ってもいないのに……だ。


「さくらさん。あなた、大きな勘違いをしてるわ。あたしは木戸君と付き合ってなんかない。っていうか、付き合ったことなんて一度もないの。だから遠距離恋愛もないし、別れるとかもありえない。いい? 」


 それだけは何があっても譲れない。

 木戸とは付き合った実績は全くないのだから。


「そ、そんな。あたし、てっきり二人は恋人同士だったと……そう思ってました」


 さくらは驚いて目を丸く見開き、澄香を穴が開くほど見つめた後、がっくりと肩を落とし、うな垂れる。


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