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かくれんぼ  作者: 大平麻由理
本編
34/210

33.待ち合わせ その2

 バスを乗り継ぎ宏彦が指定したカフェに向う。

 今更カフェに行ったところで宏彦に会えるわけがないのに、澄香はそこに行かずにはいられなかったのだ。

 カフェ・S……。

 トールペイント風の飾り文字でそう書かれたホーローのプレートが視界に飛び込む。

 ここだ。澄香はプレートが掛けられた木の扉をそっと開けて、店の中に入っていった。


「いらっしゃいませ」


 店員に声を掛けられ、ドキッとする。

 メニューを持って先導する店員に促されて奥の席に座った。

 そんなに広い店ではないが、宏彦がもういないとわかっていながらも、きょろきょろとその姿を捜してしまう。

 もちろん、彼の姿はどこにも見当たらない。


 澄香は店員が置いたランチ用のメニューを意味もなくじっと眺める。

 大好きなコロッケランチのメニューも、今の澄香の目には留まらなかった。


「お客様……。あの、お決まりでしょうか? 」


 いつまでそうやってぼんやりしていたのだろうか。

 澄香は店員の声にふと意識を取り戻し、あ、ごめんなさいと謝った。


「あのう、コーヒーをお願いします」

「はい、わかりました。少々お待ち下さい」


 ようやく注文が完了する。

 そして、その場から去ろうとする店員をすぐさま呼び止めた。


「す、すみません。あの……。十時ごろ、ここに二十代の男性が来ませんでしたか? 」


 一瞬怪訝そうな表情を浮かべた店員だったが、次第に口元を緩め、腰をかがめて澄香の耳元で小さく訊ねた。


「十時頃でございますか? 」 と。


 個人情報保護に厳しくなった昨今、教えてもらえる可能性は低いだろうとあきらめ半分で訊ねたのだが、店員の軟化した態度に一縷の望みをかける。


「そうです。あ、あの。背の高さは178センチで、あと、メガネはかけていなくて、髪は短めで……」


 澄香は必死になって宏彦の外見を伝える。

 必要ならば体重だって正しく言える。

 もちろん、視力も。


「お客様、申し訳ありません。そのような男性は何人かお見えになりましたが……。もう少し詳しく特徴とかをおっしゃって下されば」


 澄香は自分の取った態度が急に恥ずかしくなり、巻き込んでしまった店員に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

 店員だって、忙しいのだ。

 出入りの激しい客のことを、いちいち細かく憶えているはずが無い。


「すみません。こんなこと聞いて。実は、彼と、ここで待ち合わせをしてたんです。けど、間に合わなくて。彼のメールに気付かなかったあたしが悪いんです! 」


 澄香はおしぼりをぎゅっと握り締め、目の前のグラスに視線を落とす。


「そういえば……。十時前にお見えになって、昼過ぎまでコーヒーをお召し上がりになったお客様がいらっしゃいましたが……。どなたかをお待ちになっていらっしゃったようでした」


 澄香は、はっとしてすぐに顔を上げる。

 その人だ。きっとその人が宏彦に違いない。

 携帯を取り出し、とっておきのあの卒業式の一枚を画面に表示させ、店員に見せた。


「あの、この人でしょうか? 」


 画面を覗き込んだ店員がにっこりと笑い、頷く。


「はい。この方です。間違いありません。そうですか、お客様の大切なお方なのですね。しきりに時計を気にしてらしたので、多分ここを出た後、新幹線に乗られたのではないでしょうか。ここで乗車までの時間をつぶされる方も多いですので」


 澄香は店員に礼を言って、グラスの水を口に含んだ。

 宏彦がここでついさっきまで澄香を待っていたのは本当だったのだ。

 なのに澄香がそれを知ったのはついさっきのこと。

 一向に返事の無い澄香に愛想をつかして、怒っているのかもしれない。

 澄香の心は、徐々に暗く沈み込んでいく。


 宏彦が澄香に言いたかったことは、いったい何なのか。

 あまり考えたくはないが、思い浮かぶ解答はただひとつ。

 昨日、みんなの前で宣言した彼の彼女のことだ。


「今まで黙っていてごめん。これからは、もう……。今までのように、池坂とはメール出来ない……。いつかは言わなければと思っていた」


 なんて具合に、宏彦の口から最後の審判が下される予定だったのかもしれない。

 いずれ突きつけられる言葉ならば、今日会って聞いておくべきだったのだ。


 けれど、どこかほっとする自分がいるのも本当だった。

 彼に会いたかった。

 でも、会えば……もっと辛くなる。

 今日はこれでよかったのだと、澄香は何度も何度も自分自身にそう言い聞かせる。


 運ばれてきたコーヒーは、今まで飲んだどのコーヒーよりも、ずっとずっと、苦かった。

 まるで澄香の人生を物語っているようだった。

 鳴らない携帯を片手に握り締め、ようやくコーヒーを飲み終える。

 代金を支払い、カフェ・Sを後にした。

 宏彦がいるはずのない新幹線の改札に向かい、何度も彼に電話をかけてみる。

 けれど、全く繋がらない。

 ついに連絡を取るのをあきらめた澄香は、チサに会うため、新神戸から三宮まで歩いて下って行った。

 それでもチサとの約束の時刻にはまだ間がある。

 電話口でチサに必死で頼み込み、待ち合わせを早目に変更してもらう。

 加納町の交差点にある陸橋を渡り、海側に向かってひたすら歩き続ける。 

 JRの高架をくぐり、センター街のバーガーショップに着いたとき、この寒さの中、澄香の額にはうっすらと汗が滲んでいた。


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