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かくれんぼ  作者: 大平麻由理
本編
33/210

32.待ち合わせ その1

 澄香は二日酔いでクラクラする頭を抱えながら、昼過ぎにやっとのことベッドから起き出した。

 いつの間にぬいだのだろう。

 コートはすでにハンガーにかけられ、スカートからジャージに穿き替えられていた。

 母親かもしれない。こんな大きな子どもの世話までさせてしまって、本当に申し訳なく思う。


 台所でホットミルクを飲み、けだるそうに風呂場に向かう。

 本当ならば湯船にゆっくりとつかりたいところだが、真っ昼間から自分一人のために湯を張るなんて贅沢はやはり慎むべきだろう。

 昨夜の失態もあるので、ここはおとなしくシャワーで済ませることに決めた。

 風呂場から出て、濡れた髪をドライヤーで乾かす。

 熱風のあたる頭と首筋は暖かいが、暖房の無い洗面所の床は氷のように冷たく、片足をもう一方の足の甲の上に載せて、わずかばかりの暖を取るのが澄香のいつものやり方だ。

 ふらつきながらも両足交互にそれを繰り返すうちに、なんとか髪が乾き始めた。


 さっきから、やけに家の中が静かなのが気になる。

 母親の姿がどこにも見当たらないのだ。

 ということは……。

 いつもの行動パターンから察するに、三重にいる単身赴任中の父親のところに行ったのかもしれないと推測する。

 父親が帰って来ない週末は母親が大荷物を抱えて三重に出向くことが多い。

 昨夜のことを尚もまたくどくどと説教されるだろうと覚悟していただけに、少し肩透かしを食らったような気分になる。


 こもったような室内の空気を入れ替えようと、結露のひどいリビングの北側の窓を開ける。

 すると、思った以上に冷たい空気が室内にどっとなだれ込んでくる。

 十分に乾ききっていない髪に刺すような風が当たり、身震いをして首をすぼめる。

 慌てて窓を閉め、学生時代に愛用していたフリースのパーカーを素早く羽織った。


 えっと、今日の予定は……。

 時折痛みと共にガンガンと鳴り響くアルコールで痛めつけられた脳を、ゆっくりと始動させる。

 今日の夕方、チサと一緒に親睦旅行のビンゴ景品を買いに行く約束をしていたはずだ。

 予定はそれだけだっただろうか……。


 そして。

 澄香はしまったというような顔をして、昨日使ったモノグラム柄のバッグを探す。

 マナーモードに設定した携帯が、そこに入ったままなのを思い出したのだ。

 これもまた母親が置いてくれたのだろうか。

 ソファの上で鎮座するバッグを手に取り、ごそごそと携帯を取り出す。

 チサとの約束に変更がある時は、連絡が入ることになっている。

 案の定、着信ランプが点滅するそれを恐る恐る開き、ずらっと並んだ未開封メールに目を奪われた。

 一番トップにあるのは今から三十分前の受信。

 送信者は……宏彦。

 その前も、その前も。

 全部宏彦からのメールだった。

 澄香は両手で携帯を握り、一字一句見落とすまいと、画面を食い入るように見る。

 まず、一番新しい物。


 とにかく、連絡待ってる。


 そしてその次。これももちろん、宏彦からだ。


 連絡待っている。


 その次のメールは……。


 時間がない。もう行く。

 お願いだ。返事が欲しい。


 それはちょうど澄香が起き出した頃の着信時刻だ。

 それにしても。

 時間がないってどういうこと? 

 もう行くって何?


 胸の高鳴りに合わせるように、携帯を持つ手が震える。

 この携帯の画面の中で、澄香の知らない何かが起こっているのだ。

 その次も、その次も。

 連絡待っていると同じ文面が続く。

 そして昨夜、ちょうど澄香が新長田の居酒屋で同期の仲間たちと合流して飲んでいた頃だろうか。

 いまだかつて一度たりとも見たことの無いような文面がそこに浮かび上がる。


 澄香、身体の具合は大丈夫か? 

 明日の昼過ぎの新幹線で、

 また東京に行くことになった。

 その後、二週間くらい札幌に

 出張の予定。

 なので、明日十時に新神戸で

 会いたい。

 話しておきたいことがある。

 場所は新神戸駅ホテル

 一階のカフェ・Sで。


 澄香はガタガタと震えながらソファの上に掛けてある時計を見た。

 なんと一時十分になっている。

 まだ間に合うだろうか?


 頑なに守ってきた暗黙の了解を今まさに破ろうとしていた。

 宏彦の携帯番号を表示させ、通話ボタンを押す。

 初めてかける電話に緊張がよぎる。

 澄香は祈るような気持ちで呼び出し音を聞いていた。


『……電波が届かないか、電源が切られている可能性があります』


 繋がったと思ったのはほんの一瞬だけで、いつもの女性のアナウンスが無情にも淡々と流れてくる。

 もう新幹線の中に乗り込んでしまったのだろうか。

 澄香は携帯を閉じると、いつものローライズのデニムとグレーのセーターに着替え、髪をゴムでひとまとめにする。

 念入りに化粧をする時間はない。

 シャドウを薄く塗り、グロスだけひく。 

 バッグから財布を抜き白のダウンジャケットのポケットに入れ、携帯を握り締めて家を飛び出した。


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