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かくれんぼ  作者: 大平麻由理
本編
32/210

31.夜の観覧車 その2

 彼女はこういう場は好きなのだが、めっぽうアルコールに弱い。

 吉山が澄香を迎えに行った後もチューハイを何杯か飲み、その後眠ってしまったらしい。

 涙を流したのがよかったのだろうか。

 澄香は気持ちも幾分すっきりして、いつもの明るさを取り戻しつつあった。

 日本酒を皮切りに、その後チューハイを軽く三杯。

 間にビールもミックスしながら余すことなく酒豪ぶりを発揮した澄香は、次第に意識が遠のいていく。

 とにかくその夜は飲みたかった。

 いつになく饒舌になり、心が開放されていくのが心地よかった。

 来週末の親睦旅行の宴会係を率先して引き受け、始終ハイテンションを保っていたというのは、翌日、チサに聞かされて初めて本人が知ることになる。

 居酒屋を出た後カラオケに行き、その頃にはすっかり回復していたチサに代わって、今度は澄香が酔いつぶれていた。 

 三宮にワンルームマンションを借りているチサは、とりあえず澄香を自分の家に連れて帰ろうと試みるのだが、あたし家に帰る……と言って散々駄々をこねる澄香にそこにいた誰もがお手上げ状態になったらしい。


「俺が送っていく」


 そう言って、よたよた歩く澄香をひきずるようにしてタクシー乗り場に向かった人がいた。


「よっ! 送りオオカミ! 健闘を祈る! 」


 などと同僚からとんでもないエールを受けながらも、いつの間にかうとうとし始める澄香は、誰かの助けなしでは歩けない。

 その人とそろって後部座席に乗り込む。

 そしてその男性が年配の乗務員に、彼の携帯に登録してある澄香の住所を告げたこともそれとなく記憶している。

 車の外では、仲間達に羽交い絞めにされたチサが大声で叫んでいる。

 待って、あたしも一緒に行く! と。


「こら、やめとけ、畠元。往生際が悪いぞ! 親友の池坂のことが心配なのは、よーーくわかってる。でもな、哀れな吉山に、ちょっとくらいチャンスをやれよ! 」


 などと、チサに向けての同僚の心無い叱咤が、澄香の耳にも飛び込む。

 哀れな吉山? 外でいったい何を言っているのだろう。

 泥酔状態の澄香にはチサが叫ぶ理由はもちろんのこと、仲間の叱咤も意味不明だ。

 澄香は自分がもたれかかっているのが誰の肩であるのか一切気付かぬまま、心地よい車の揺れに誘われるように、愛しい同級生を想いながら深い眠りについていくのだった。


 しばらくしてタクシーが停車したにもかかわらず、まだ澄香の目は閉じられたままだ。


「ちょっとここで待っててもらえます? 」


 誰かが乗務員に頼む声が聞こえる。

 そうか、もう家に着いたのかと思うものの、目を開けることができない。

 先に降りた誰かが反対のドアのところに回り、腰をかがめて、降りるぞと声をかけながら澄香の手を引いた。

 開いたドアから入り込んで来た真冬の冷気に身震いし、ようやく意識を覚醒させた澄香が、不思議そうに目の前の人物を見上げて言った。


「よ、吉山くん? 」 と。


 車から出た澄香の背中が当たり、パタンとドアが閉まる。

 そこが自分の家の前であることに、澄香はようやく気付いた。


「いろいろあったんだろ? 池坂は何も言わないけどさ……。さっきタクシーの中で、聞いちまったよ」


 トクン。と澄香の心臓がひとつ鳴る。

 いったい何を言ってしまったのだろう。

 仁太にどこまで知られたのか急に不安になる。


「おまえの男、かがやって言うのか? 」

「あっ……」


 澄香は、口を開けたまま返事も出来ずに固まってしまう。

 あわてて手のひらで口元を隠しても、言ってしまった言葉は元にはもどらない。


「そうなんだろ? ずっと、名前を呼んでたぞ。かがや君ってな。さ、早く家に入れよ。風邪、引いちまうぞ」


 澄香は呆然としながらも、仁太に支えられてインターフォンを鳴らし、中から母親に鍵を開けてもらう。

 そして家の中に入り、そのまま一段高くなった玄関の上がりかまちに座り込んでしまった。


 澄香の頭上で、母親と仁太のやり取りがおぼろげに聞こえる。

 母親がありがとうございましたと言ったすぐ後に玄関の戸が開き、車の発進する音が聞こえた。

 あきれたような口調の母親の小言を適当に聞き流し、手すりにしがみつきながら二階の自分の部屋に向う。

 ということは、さっき叫んでいたチサは、仁太が澄香を送っているのを見ていたからだ。

 送り狼とは仁太のこと。

 そして身体を密着させてもたれていた相手は、やはり仁太だったのだ。

 大変なことになったと後悔してみても始まらない。

 チサに申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

 が、しかし、仁太は紳士だった。

 送り狼にはならなかった。


 澄香の瞼はまたもや重さを増しゆっくりと閉じ始める。

 コートを着たままどさっとベッドに倒れこみ、またたく間に再び意識を手放した。 

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