表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
かくれんぼ  作者: 大平麻由理
本編
27/210

26.彼女を紹介するよ その1

「かがちゃーん! 遅いやん。どないしたん? 忙しいんか」


 遅れてやってきた宏彦に、高校時代いつも教室で一緒にいた野球部仲間の大西が声をかける。


「おっ、大西、久しぶり。元気だったか? 」

「元気に決まっとうやん。で、そっちはどうなん? 仕事大変そうやな」

「ああ。昨日イタリアから帰って来たばかりでな。成田に着いたあと、東京本社に顔出しして、そのまま向こうに泊まったから……」


 二人のやり取りに、一斉に皆の視線が集まる。


「きゃーーっ! 加賀屋くーん! こっち、こっち」


 元加賀屋親衛隊を名乗る女子が宏彦の腕を掴み、自分のテーブルに引き入れようとする。


「ちょっとあんた、ずるいよ。かがちゃんは、あたしたちのところに来るの。ね? かがちゃん! 」


 今度は違うグループのファッショナブルな女子にバッグを引っ張られる。

 澄香はたった今宏彦から徴収したばかりの会費をボックスに納め、ノートにチェックを入れながら、受付テーブル越しに中の様子を時折覗き見ていた。

 相変わらずの宏彦のもてっぷりに目を見張るが、彼の登場で会場内の雰囲気が否が応でも盛り上がりを見せる。

 残念ながら、澄香に暴走するクラスメイトを止める権利はない。

 ほとぼりが醒めるまで、その場でじっと見守ることしか出来ないのだ。


 澄香は昨夜からある疑問を抱いていた。

 それは新幹線で神戸に向かうという宏彦のメールだった。

 一般的に、京都神戸間の移動手段は、私鉄の特急に乗るか、JRの新快速を使う場合が多い。

 京都に住む宏彦が、わざわざ新幹線を使って神戸に帰ってくるなんてことは、よほどの理由がない限りありえないことなのだ。

 しかし、東京に泊まり、今日、直接神戸に駆け付けたのだとわかり、澄香はようやく合点がいった。


 宏彦はH大を卒業した後、大手商社に就職し、京都支店に配属された。

 神戸の実家からは十分に通勤可能な範囲内なのだが、深夜まで残業が続くことが多く、入社して一ヵ月で会社の寮に入った。

 もちろん澄香は、彼の寮に押し掛けたこともないし、同窓会以外で二人きりで会ったこともない。

 学生時代となんら変ることなく、正真正銘、メールだけの付き合いを続けているだけだ。


 澄香はテーブルに頬杖をつき、ぼんやりと会場の様子を窺っていた。

 すると、突然飛び込んできたマキの甲高い声にはっと我に返る。

 かがちゃんの席はここ! と言って、自分のひとつ隣の座席に有無を言わせずに宏彦を座らせたのだ。

 幹事であるマキの指示は、ここでは絶対的な力を持つのだ。

 やはり、そうくるか……と澄香は顔をしかめる。

 マキのすぐ隣は澄香の席だ。

 つまり、澄香の真横に宏彦の席が設けられたことになる。


「澄香ぁー! 何やってんの? 早くこっちにおいでよ。会費の計算なんて後でやればいいんだからさ」


 しっかりと有言実行を果たしたマキに促され、澄香はしぶしぶ自分の席に戻ると、マキの耳元で低く唸った。

 後で覚えておきなさいよ……と。


 初めのうちはそれぞれの仕事のことや、高校時代の思い出話で盛り上がっていたが、次第にアルコールが回り始めると、話の趣旨がやや色めき始める。

 もうすでに結婚している女子も二人ほどいて、夫に対する不満や、子どもの自慢話にまで話題が及ぶ。

 彼氏すらいない澄香にとっては、それはもう想像を絶する世界に他ならない。

 へえ、そうなんだ、と頷くことしか出来ない、未知の世界だ。


 澄香は身体ごとマキの方を向いて、宏彦との間にたっぷりと空間を取るようにして座っているが、たまに彼の腕が澄香の右腕に触れて、心臓が暴れ出すのを止められなくなる。

 マキ側のグループとの話に熱中し出すと、隣の宏彦の存在を一瞬忘れそうになる。

 が、それも長続きしない。

 気付けば男子グループの話にしっかりと耳をそばだててしまうのだ。

 突然後方で、大西が聞き捨てならないことを言い始め、澄香の心がざわざわと落ち着きを無くす。


「なあなあ、かがちゃん。おまえ、カノジョとかおらへんのか? 」


 さっきまで大西の彼女自慢、というか、最近彼女が構ってくれないと嘆き悲しんでいたはずなのに、その矛先はいつの間にか秀彦に移っている。


「彼女か? うーん。どうだろう……」


 その時、宏彦がごそごそと動き、澄香を覗き見たような気配を感じたが、気付かないフリをしてそのままマキのグループとの会話を続けた。

 子どもの夜泣きがひどくて、という子育ての悩み相談だ。

 ますます異次元な話題についていけないが、そうかと言って、大西の話題に加わるのは、もっと辛い。


「あの人は? ほら片桐先輩。彼女とはどうなったん? まだ続いとん? 」


 ああ、だめだ。

 やっぱり大西の声しか聞こえてこない。

 澄香は息を潜めるようにして、背中に意識を集中させた。

 心の中のチューナーは、大西の一言一言を聞き漏らすまいと、ひたすら周波数を合わせることに専念する。


「先輩? それって……。おい、いつの話だよ。そんな昔の話、蒸し返すな。おまえも知ってるだろ? あれは不可抗力だったって」

「そりゃあーな。でも悪い気はせーへんかったやろ? あんなきれいな先輩に言い寄られて……。それと、東京で同棲しとった言うのは、あれ、ホンマか? 」


 う、うそ……。東京で同棲? 加賀屋君が……片桐さんと? 

 澄香の身体から一瞬にして血の気が引いていった。

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ