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かくれんぼ  作者: 大平麻由理
本編
26/210

25.再会

 土曜日の夕方、予約していたヘアサロンから帰って来た澄香は、部屋のクローゼットの前で今夜の同窓会に着て行く服をあれこれ吟味していた。

 週の初めに大寒を迎え、今は一年中で最も寒い時期でもある。

 襟ぐりに取り外しの利くファーがついたニットのセーターと、裾にフリンジがとってある膝丈のスカートを組み合わせ、白いカシミア混のコートをはおる。

 メイクもナチュラルを心がけ、ごくごく薄めに仕上げる。

 でもマスカラだけはしっかり二度塗りを忘れない。

 チークはピンク。あまりつき過ぎないように、細心の注意を払った。


「よし。神戸風お嬢様ファッション、これにて完成! 」


 澄香は鏡に向ってポーズをとる。

 仕上げにセットしたばかりのダークブラウンの髪のカール具合を確かめ、母親のお下がりのモノグラム柄で人気のフランス製のショルダーバッグを持って玄関に向った。

 ブーツを履き終えると、まるで見ていたかのようにちょうどいいタイミングで携帯が鳴る。


『もしもーーし。あたしぃ! 』


 携帯と耳の間が1メートルくらい離れていても十分に聞こえるくらいの大音量が玄関に響き渡る。


「あっ、マキ? ごめん、出遅れちゃった。ちょっと遅れるけど、いい? 」

『わかった。じゃあ駅で待ってるね。ねえねえ、澄香。今日はかがちゃん来るの? 』


 澄香の心臓が遠慮がちにトクッとひとつ鳴る。


「う、うん。多分来ると思うよ。昨日出張から帰って来たばかりだから、お昼の新幹線でこっちに向うって」

『ふーーん。出張と重なるから今回の幹事は無理って聞いてたからさあ。そうなんだ。やっぱ、あいつ来るんだね。それにしても澄香。相変わらず詳しいよね、かがちゃんのこと』


 澄香はマキに宏彦とメールのやり取りをしていることは、それとなく話している。

 誤解されないために、あくまでもたまにメールする、というのを強調してはいるのだが。


「たまたま昨日メールして聞いただけだから。マキが思ってるような深い意味はないよ! じゃあ後でね……」

『はいはい。全く変んないわね、澄香ったら……。いい加減素直になんなさいよ。なんなら今夜も一席設けてあげようか? かがちゃんと席が……』

「やだ、やめてよ! 余計なことしないでね。じゃあ! 」


 澄香はマキの提案を最後まで聞かず、強引に電話を切る。

 行って来ますと部屋の奥に向かって叫ぶのとほぼ同時にバス停に向って走り出した。


 今夜は待ちに待った高校三年のクラス同窓会だ。

 去年は学年全体の同窓会があったが、クラス同窓会は三年ぶりになる。

 大学を出て二年目を迎え、浪人して大学に入ったクラスメイトも、ほぼ全員就職してサラリーマン姿が板についてきた頃だろう。

 院生もこの春からは社会人になる。


 今回は北野にあるイタリアンレストランを借り切って、学生時代とは違った、ワンランクグレードアップした同窓会になる予定だ。

 幹事であるマキを手伝って、昨夜は澄香も出欠の確認のメールのやり取りで大忙しだったのだ。

 集合時間の一時間前から会場に赴き、座席の割り振りや料理の最終打ち合わせに付き合うことになっている。

 バス停まで走ったおかげでなんとか約束の時刻に間に合った澄香は、マキの機嫌を損ねずに済み、ほっと胸を撫で下ろした。

 出席予定人数は三十人。

 相変わらずの高出席率で、幹事もやりがいがあるというもの。

 ブライダルプランナーをしているマキは、ただのクラス同窓会といっても手を抜かない。

 カトラリーの数から、飾られている花の色合いまで計算しつくされたその会場は、さながら結婚披露宴のパーティー会場のようでもある。

 この日澄香は受付を任されていた。

 会費の徴収と、アラフォーで結婚した鬼教師黒川のベビー誕生のお祝いの寄せ書きをしてもらうことも忘れてはいけない。

 大きめサイズの色紙の真ん中に、今夜の同窓会の集合写真を貼るスペースを空けて、周囲にカラーペンで一言ずつメッセージを書いてもらう。

 会費の一部を出産祝いのベビー服代に充てるのだが、神戸の老舗ベビー服メーカーに勤めるクラスメイトが、今年の人気アイテムを取り揃えて用意してくれるので、段取りはバッチリだ。

 開始時刻十分前になると、クラスメイトがちらほら姿を見せ始めた。

 大抵、誰であるかはわかるが、卒業後初めての出席だというあまり交流のなかった男子などは、誰だっけと首をかしげることも……ある。

 その昔、宏彦の名前と顔が結びつかなかった前科のある澄香にとって、それはある意味、当然の光景でもあるのだが。

 そんな時はとびっきりの笑顔で、元気そうだねと言ってごまかす。

 社会人ならではの澄香の得意技がここで大いに役に立った。


 メンバーがほとんど揃い、グラスワインで乾杯と言う時、マキが澄香の耳元でささやいた。


「かがちゃん、遅いね。今夜はもう来ないのかな? 」


 澄香もずっと気になっていたのだが、さすがにマキに悟られるのは気恥ずかしい。

 今気付いたとでもいうような顔をして、とぼけてみせる。


「そういえばまだだね。遅れるのかな? 」


 期待はずれの澄香の態度にマキが一瞬不満そうな表情を浮かべる。

 そしてまた忙しそうに会場内に気を配り始めるのだ。

 マキがそばを離れた隙に、澄香はそっと携帯を盗み見た。


 今、新神戸。会場まで走れば

 十五分もかからないだろうから。

 じゃあ、後で。


 宏彦からだ。着信時刻は十分前。

 澄香は、みんながそれぞれに歓談を始めたのを隠れ蓑に、そっと会場を抜け出した。

 レストランを出て北側の大通りを東に行ったところが新神戸駅だ。

 ここ北野周辺は夕方の六時を過ぎていると言うのに、まだ人の波が途絶えない。

 北野坂にはイルミネーションが灯り、恋人達の週末を優しく彩る。

 駅南側のルミナリエが十二月に開催され、終わったあとも北野坂のライトアップは続いているのだ。


 澄香は大通りに出たところで立ち止まり、なつかしい人影を探した。

 するとスポーツバッグを片手に、ブルゾンとジーンズ姿のよく知った人物がこちらに向って走ってくるのが見えた。宏彦だ。

 澄香は背伸びをして大きく手を振った。

 肩に掛けただけのコートがずり落ちそうになるのも気に留めずに無我夢中で手を振っている。


「ごめん。遅くなった」


 肩で息をしながら特上の笑みを浮かべる目の前の宏彦に、澄香ははっと息を呑む。

 久しぶりにその姿を目にした澄香はなつかしさで胸がいっぱいになりながらも、毎日のメールのおかげか、昨日も彼と会っていたような不思議な感覚に包まれる。

 年単位で会っていないにもかかわらず、だ。


「み、みんな待ってるよ。会費、五千円。よろしくね」


 でも澄香が今彼に言えるのはこれだけ。

 遠距離恋愛風味の二人には、それがたとえ久しぶりの再会であったとしても、ぬくもりを確かめ合うことは許されない。

 そんな澄香のよそよそしさに不信感を抱いたのか、宏彦からはいつしか笑顔が消え去っていた。

 それは仕方のないこと。

 私たちは恋人同士でもなんでもないのだから。

 澄香は自分にそう言い聞かせて、会場に戻った。


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