24.遠距離恋愛風味 その2
「HIROHIKO……。これだよね。ねえねえ、澄香。嘘は言わないって誓ってくれる? 」
「嘘? どういうこと? あたしはこれまでだって何にも嘘なんかついてませんが? 」
「……だよね。でも、彼って、かなり……。澄香に傾倒してる。これで付き合ってないとか信じられないんだけど」
澄香は、チサの言ってることの方が嘘じゃないかと思った。
宏彦が澄香に傾倒してるだなんて、どう考えてもありえないに決まってるからだ。
「彼からの返信、めちゃくちゃ愛にあふれてると思いますけど……」
「あ、愛? 」
「うん、そう。出張前なんて、真夜中までずっとやり取りしてるし……。ねえねえ、こんなのまどろっこしくない? 電話の方が早いじゃん」
「だから、ただのメルトモだって言ってるでしょ? 電話はしないの。もちろん向こうからもかかって来ないよ」
「一度も? 」
「そう。一度も! 」
チサはますます驚きの表情を露わにして、澄香に食ってかかる。
「じゃあ、あんたからかけなさい! わかった? そして会う約束するの。いいわね! 」
澄香はやれやれという顔をして、首を横に振る。
「そうしたいのは山々なんだけど。いろいろあってさ……。彼とはメールだけって決めてるんだ」
「なんで? 」
「あのね、あたしさあ、高校時代に彼の親友とちょっとゴタゴタしたことがあって、今更付き合うとかそんなこと出来る立場じゃないの」
「彼の親友と? それって、三角関係ってこと? 」
「違うってば。そんなんじゃないけど……。とにかく、彼とはメール以外で付き合うとかは、絶対にありえないの。それに彼にも多分、彼女がいると思うんだ。だってさあ、彼ってすっごくかっこいいの。吉山君どころの騒ぎじゃないんだから。きっと、周りが黙っていないって……」
澄香はチサから携帯を取り上げると、マキに転送してもらったとっておきの一枚の画像を表示させて、彼女の顔面に突きつける。
「う、うわーー。これはすごいよ! 完全に吉山君、アウトだね。にしてもなんでこんなにラブラブなツーショットなわけ? 」
「ああ、それ? 卒業式の後のどさくさってやつ。あたしはもちろん嬉しかったけど、向こうは帰国子女だからね。慣れてるのよ、そんなことも」
「ふーーん。そんなものなのかな……」
「そんなもんだってば」
「そっか……。でもね、澄香が他に彼氏を作らない理由、わかった気がする。だってそのメール、まるで遠距離恋愛の二人みたいだよ。そんな恋愛もありかなって、そう思ってしまうくらい。なんだかうらやましくなっちゃった……」
澄香は、随分前から宏彦がどんなつもりで自分のメールに付き合ってくれているのか、ずっと知りたいと思っていたのだ。
だから今のチサの言葉は、理屈抜きに嬉しかった。
まるで遠距離恋愛の二人みたい……と胸の中で反芻しながらこっそり頬を赤らめる。
卒業の日に手に入れた宏彦のメールアドレスを一度も使うことなく大学の入学式を迎えた澄香は、大学構内の桜があまりにもきれいなので記念にと何枚か写真を撮った。
そしてその画像を添付して、マキに近況を知らせたところ、思いの他、大絶賛されたのだ。
気分を良くした澄香は、その時ふとある一言を思い出す。
何かあったらすぐに連絡しろよなという宏彦の言葉を。
加賀屋君、元気ですか?
大学の桜があまりにも
きれいだったので
メールしました。
もし迷惑だったら
すぐに削除してね。
勢いで送ったそのメールと画像が皮切りになって、六年近くも欠かすことなく毎日続いているメール。
大学の桜、きれいだね。
メール嬉しかったよ。
それに、ちっとも迷惑
なんかじゃない。
いつでも大歓迎。
で、バイトは決まった?
僕は……
そうやって幾度となく交わすやり取り。
大学のこと、バイトのこと、友人のこと……。
大抵のことなら何でも情報を交換し合った。
同窓会の時には、神戸に帰ってきた宏彦と顔を合わすこともあった。
特に何も話さなくても、宏彦が前日までサークルの旅行に行っていたことも、ゼミの教授が盲腸になったことも、英会話スクールのバイト講師をしていて、生徒のマダムに言い寄られたことも。
最近では就職先のユニークな同期のことも……。
澄香はみんな知っている。
なのに彼のぬくもりは……。
卒業式のあの日以来、確かめるすべもない。
澄香は、久しぶりの高校のクラス同窓会を明日に控え、京都から駆けつける予定の宏彦に会えるのを今か今かと心待ちにしていたのだ。