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かくれんぼ  作者: 大平麻由理
特別編 4
207/210

先生、好きです その3

「もしもし。木戸です」


 携帯を持ったまま、ずっと迷い続けていた。

 こんなことで教え子に電話をかけるなんて、教師としてあるまじき行動ではないだろうか、とか、メールで用件を簡単に伝える方がいいのではないか、あるいは、今度OB会などで顔を合せた時に礼を言うだけで充分ではないか、などと思い悩む。

 迷った挙句、通話ボタンを押してしまった。

 何度もかけ直すのはあまり気が進まない。

 どうか相手が一回で出てくれますようにと祈りながら携帯を耳にあてた。


『あ、先生。村下です』


 先月の雪の日、精一杯の告白劇を見せてくれたあの卒業生の声が耳に届く。

 木戸はすぐに電話に出てくれたことにほっとすると同時に、どのように用件を伝えればいいのかと考えをめぐらせていた。


「村下か。先日は、その、どうもありがとう。チョコレート、おいしかったよ」

『先生、食べて下さったんだ。一生懸命作ったかいがありました。料理とかお菓子作りとかあまり得意じゃないけど、先生においしいって言ってもらえて、嬉しいです。よかった……』

「それで、その」


 君に会いたい、という言葉がなかなか言えない。

 そこには何の下心もないのだが、ただチョコレートの礼を言ってお返しの品を渡すだけの行動に、なぜか後ろめたさを感じてしまう。


『何でしょうか? あ、もしかして……。あのことなら、その、気にしないで下さい。先生にいい返事をもらおうとか、そんなこと考えてませんから。ただ、あたしの気持ちを伝えたかっただけなんです。だから……』


 まるで今までの村下とは別人のように、すらすらと話し始める。

 あの日の告白にも度肝を抜いたが、そこにはもう高校生だった幼い彼女が存在しないようなそんな感じを憶えた。


「あ、ごめん……」

『先生、謝らないで下さい。こうやって先生から電話をもらえただけで、いい思い出作りが出来たと思っています。なので、先生は何も心配しないで下さい』

「そういうわけにはいかない。明日、会えないかな。もしよければ高校の方に来てもらえれば……」


 そうだ。それなら後ろめたさからも解放される。

 外で個人的に会っているのを在校生に見られるのだけは避けたい。

 校内であれば、堂々と会えるではないか。

 そして、お返しの品である市販のクッキーの詰め合わせを渡せばいい。


『先生、ありがとうございます。でも本当にお気遣いはなさらないで下さい。先生の彼女さんにも申し訳ないし、あたしはただ、先生に気持ちを伝えられただけで、それだけでもういいんです。また先生に会ってしまうと、もう本当に先生のことを忘れられなくなってしまいそうで怖いんです。先生に彼女がいたって、そんなの関係ないし、どんな手段を使ってでも先生を奪い取ってしまいそうです。だから、もう先生とは会わないほうがいいんです』

「村下……」

『先生、ありがとうございました。先生のご指導のもと、野球部のマネージャーができて、本当によかったです。幸せでした。ではこれで。先生もお元気で、野球部の監督として、これからもますますご活躍』

「村下! ちょっと待ってくれ。君に誤解されているようなので、訂正したい」

『誤解……ですか? 』

「ああ、そうだ。それに気遣いなんかしてない。俺は君に会いたい。それだけだ。明日六時頃、駅前に車で行く。いつも練習試合の時に集合していたあの花壇があるところだ。だめか? 」

『だめだなんて、そんなこと……。あるわけないじゃないですか。でも本当にいいんですか? あたしなんかが先生と会っても』

「いいに決まってる。じゃあ、明日。君が来るまで、ずっと待ってるから」


 木戸は半ば放心状態になりながら電話を切った。

 言ってしまった。ついに言ってしまったのだ。

 相手は卒業間なしの教え子だ。

 いくら十八歳だとしても、他人の目から見れば不謹慎極まりない光景に映るだろう。

 けれど木戸は自分に言い聞かせる。何もやましいことはない。

 ただバレンタインデーの返礼をするだけなのだからと。

 世の中はホワイトデーと言って大騒ぎだが、愛の告白をするわけでもなく、デートでもない……。


 …………。


 がしかし、さっき口走ってしまった言葉がリアルによみがえり、驚愕の事実に直面する。

 俺は君に会いたい、などと感情の赴くまま叫ぶように言ってしまったではないか、と。

 あの日から毎日、彼女のことを考えていた。

 来る日も来る日も、村下のことばかり考えていた。

 暑い夏の日に、冷やした濡れタオルをどうぞと渡してくれたのは紛れもなく彼女だった。

 咳をしている自分にさりげなくのど飴を渡してくれたのも彼女だった。

 サッカー部との練習時間の割り当てで揉めた時も、彼女が根気良く交渉してくれたおかげで、事なきを得たこともあった。

 練習試合で訪問してきた他校の顧問への気遣いもすべて取り仕切り、失礼のないように礼を尽くしてくれたのも彼女だった。

 マネージャーの仕事としてあたりまえのことだと思っていたが、そうではなかったと今ごろになって気付くのだ。

 村下だからこそできたのだと。

 そして、こんな自分を慕ってくれていたからこそ、あそこまで誠心誠意頑張ってくれたのだと、今になって彼女の深い思いが木戸の心にずしんと響いてくる。


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