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かくれんぼ  作者: 大平麻由理
特別編 3
204/210

クリスマスイブ 信雅視点 その2

「……ってなわけで、今から姉ちゃんちに行くわ。オトンはまだ仕事やし、オカンと二人だけやけど」

『わ、わかった。運転には気をつけてね。あ、信雅、ちょっと待って』


 姉がスマホの通話口を手で押さえてボソボソと誰かと話している。

 まあ、その相手は兄以外考えられないわけだが。

 仲良く顔を寄せ合って密談をしている様子が目に浮かぶようだ。


『あのね、今宏彦がお母さんと電話してて、それでね……』

「兄さんちのご両親も一緒に連れて来てよ、ってか? 姉ちゃんに言われんでも、そうするつもりやったで。姉ちゃんと兄さんのテレビデビューやもん、みんなで見た方がおもろいしな」

『信雅ったら、テレビデビューとか言うのやめてよ。とにかく安全運転でお願いね。だって東京からずっと運転してきて、疲れているだろうし』

「なにゆーとん(何言ってるんだ?)。テレビ出演の話し聞いたとたん、疲れもぶっ飛んだわ。それに東京から神戸に比べたら、ここから西宮なんかちょろいもんやで。加賀屋ご夫妻も一緒に乗せて、すぐにそっちに向かうからな。ほな! 」


 信雅は電話を切り、母に行くぞと目配せをする。

 母も心得た物で、すぐさま出かける用意を始めた。

 そして家を出ようとしたその時、なんというタイミングのよさだろう。

 父がきょとんとした顔をして玄関に立っているではないか。


「ただいま! メリー、クリスマ……ス、って、おい! 信雅! なんでおまえがここにいるんだ? 」


 父はケーキの箱をぶらんと手に持ち、廊下に出てきたばかりの信雅を見て不思議そうに問いただす。


「あ、父さん。なんや、帰って来てたんや。ホンマ、ええタイミングやわ。さあさあ、そのままもう一回外に出てくれまっか! 」


 靴を脱ぐ機会すら与えず、くるりと方向転換させて、父の背中を押す。

 まるで子どもの電車ごっこのようだ。


「おい、信雅! 俺は今仕事から帰ってきたばかりなんだ。なんで追い出されるんだ。それにケーキもあるんだぞ。母さんに頼まれた……」

「それも一緒に持って行ってくれたらええねん。姉ちゃんが喜ぶわ」

「姉ちゃんが……って、おい、澄香がどうしたんだ。何かあったのか? 」

「はいはい、詳しいことは車の中で。えへへへ」


 三重の単身赴任を終えて大阪勤務になった父は、母のために買ってきたであろうかわいい包みのケーキを持ったまま、玄関から極寒の外に押し出される。

 信雅は有無を言わせず父を車に押し込み、母がやってくるのを待ってワゴン車を発車させた。


「ではまず、加賀屋さんちに向かいまーーす! 」


 信雅の威勢の良い掛け声の後、助手席で呆然としている父に向かって後部座席にいる母が、実はね……と姉夫婦に巻き起こった珍事件を語り始めた。





「とまあ、こんな具合です。取り立てて説明することもないので、これで終わりますが……」


 兄がリモコンを操作してビデオ画面をオフにしながら、テレビの前で尚も興奮状態の親たちに向かってそう言った。

 時間にすればほんの十分ほどだったけど、姉も兄も想像以上にはっきりと画面に映し出され、二人を知る人なら完全にあの二人だとばれるような構成に仕上がっていた。

 ミヤモリにうまく誘導されて、二人のラブラブ度合いがよりいっそう引き立てられている、そんなクリスマスムードたっぷりのインタビューだった。

 スタジオに呼ばれている女性コメンテーターが、優しそうな旦那さんですねとしきりに兄を褒める。

 すると、進行役の男性お笑いタレントが、姉のことをきれいな奥さんやなあと持ち上げる。

 コーナー担当のミヤモリがすかさず、そうですやろ、とまるで自分の手柄のように得意げに切り返していた。

 姉夫婦だけでなく、スタジオの面々までもが幸せそうな笑顔に包まれ、ほっこりとした時間が流れているように見えた。


 母と利佳子さんは、画面に娘と息子が大映りになるたびに喚声を上げ、ずっとしゃべり続けていた。

 おかげで部分的にインタビューの内容が聞き取りにくくなるというトラブルに見舞われたが、改善要望を出す勇気がないままビデオ上映会は続く。

 車の中ではずっと不機嫌だった父も、缶ビールを片手に始終笑顔で画面に釘付けだった。

 おじさんも同じで、澄香ちゃん、かわいいなとデレデレした顔で何度もつぶやく。


 そんな親たちとは対照的に、姉と兄は時々画面から目を逸らせて、苦笑していた。

 もう少し違うことも話したのにと不服そうだ。

 のろけ話の部分ばかりを強調して繋げられたようで、編集の仕方に不満があるようだった。

 だらだらと普通の話題ばかりを語られても、視聴者も飽きてしまう。

 これくらいインパクトのある内容でないと、忙しい夕方にチャンネルを固定して見てもらうのは困難なのだろう。

 信雅としては充分に楽しめたし、好感の持てるインタビュー内容だったと思った。


 ビデオが終わり、改めてテーブルの上をじっくり見ると、信雅はその豪華なディナーの数々に目を奪われた。

 いつのまにこんなに腕を挙げたのか、見る限りでは姉の料理は信雅の空腹を助長させるのに充分な出来栄えのように映る。


「信雅? もしかして夕食まだなの? 」


 姉が心配そうに訊ねる。

 信雅はしまったと思ったがもう遅い。

 いかにも食べたそうにしているのが姉にばれてしまったようだ。


「え? 俺は大丈夫やで。全然、腹なんか減ってへんし」


 これはきっと姉が心をこめて兄のために作ったクリスマスの食事に違いない。

 お邪魔虫は絶対に手を出してはいけない領域だ。

 涼しい顔をして強がってみせたのだが、空腹には敵わなかった。

 皆が沈黙した瞬間にグーーっと腹が鳴り、それと同時に兄がプッと吹き出した。


「あははは、信雅、おまえの腹は空っぽだと叫んでいるぞ。さあ、好きなだけ食ってけばいい。俺の奥さんの料理は世界一うまいぞ」


 兄の一声を皮切りに、家中の椅子を集合させて家族全員でテーブルを囲む。

 気がつけば、皿に盛り付けられていた料理はもちろん、鍋やオーブンの中まですべて空っぽにしてしまった。

 兄の言うとおり、奥さんはやっぱり世界一の料理人だったようだ。


 今年のクリスマスイブは思いがけなく家族全員で過ごす夜になった。

 それもこれも、すべてはかくれんぼうやのミヤモリさんのおかげだ。

 彼が北野で姉夫婦を呼び止めてくれなかったら今夜の宴が催されることはなかったのだから。


 信雅はスープを最後の一滴まで飲み干し、ああ、うまかったと満足げに唸った。




クリスマスイブの物語は、今回で最終話になります。

読んでいただき、ありがとうございました。


『かくれんぼ』は、最初はバレンタインデーをテーマにブログで一話読み切りの物語として掲載していました。

 それでは書ききれない部分も多く、長編として書き直したのですが、こんなに長くなってしまいました。

 初めてコンテストに応募したのも、この作品でした。

 最終選考に残り、あと一歩及ばずで書籍化にはいたりませんでしたが、皆様の応援をいただきましたことは、今でもよき想い出になっています。

 また構想がまとまりましたら番外編に着手したいと思っています。

 これからも、どうぞ宜しくお願いいたします。


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