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かくれんぼ  作者: 大平麻由理
特別編 3
203/210

クリスマスイブ 信雅視点



弟の信雅視点になります。

「あら、ノブ君! こんなに早く帰って来て、いったいどうしたの? バイトは? 帰るのは大晦日になるって……」

「ただいまーー。やっぱ、クリスマスは、神戸がええわ」


 ふるさと神戸に近付くにつれて街の灯りがきらめきを増し、カーディーラーのショーウィンドウに飾られたクリスマスツリーが、より一層ムードを高めている。

 やっと帰って来たねと助手席で早菜がつぶやき、そうやなと信雅が感慨深く頷いた。

 つい今しがた、家の前で彼女の車を降りたばかりだ。

 信雅はスポーツバッグをどさっと玄関に置き、バイト先でもらったロールケーキを母に差し出した。


「ほい、店長特製のロールケーキ。前におかんがうまい言うとったやろ? その話を店長にしたら、めっちゃ喜んでしもて。神戸の人に認めてもらったゆーて、えらい上機嫌なんや。持ってけ、持ってけ、ってうるさいねん」

「あ、ありがとう。それよりどうしたの? 帰って来るなら来るで、連絡くらいしなさいよ。ホント、急だわね。びっくりするじゃない」


 ロールケーキを受け取った母は、まだ息子が帰って来たことが信じられないようで、ぽかんと口を開けて玄関に立ちすくんでいた。

 予定より帰省が早くなったのは、早菜の都合に合わせたからだ。

 彼女の好きな歴史小説作家の講演会が神戸のとある会場で明日行われるため、それに間に合うよう、飛んで帰って来たというのがその理由だ。

 何もクリスマスにそんな小難しい講演会に行かなくてもいいのに、と思うのだが、早菜にとっては長年待ち焦がれていた特別な日という位置づけらしい。

 信雅の反論など、今回ばかりは何の役にも立たない。

 講演会の後、ファンとの茶話会が催される。

 その時に直接作家に聞きたいことがあると言って、先日から論文さながらに何枚ものレポートを仕上げる姿を目の当たりにし、やはり自分と早菜は生きる世界が違うのだとまざまざと現実を見せつけられた気分を味わってもいた。

 信雅とて、クリスマスが一年中で一番のかき入れ時であるにもかかわらず、ケーキ屋のバイトを休むのは随分気が引けたが、幸いこの時期は時給も高く、すぐに人員補充ができたのもあって、二つ返事で神戸に送り出してくれた店長の懐の深さに感謝せずにはいられない。

 早く帰省した分、新年はバイトに勤しむべく、正月の二日には東京に戻るつもりでいる。

 もちろん早菜も一緒だ。


「早菜ちゃんも一緒なの? 」

「ああ、まあな。その代わり、俺がずっと運転してきたんやで」


 信雅は自慢げにそう言った。

 途中、何度も替わろうかと言ってくれたが、疲れている早菜に運転させるわけにはいかない。

 信雅は男として、そこだけは譲れなかった。


「ガソリン代はちゃんと払ったの? いつも迷惑ばかりかけて、申し訳ないわね。あとで早菜ちゃんのママにお礼言っておかなくちゃ。あら、電話だわ。ちょっと待ってね」


 エプロンのポケットから着信音が響き、我に返った母が携帯を取り出して小走りでリビングに戻っていく。

 もしもし、と高めのトーンで話し始めるのが玄関にいる信雅にもはっきりと聞こえた。

 信雅は母のバリケードが解かれた隙にと、大急ぎで皮のワークブーツを脱ぎ、荷物を持って二階に上がろうとした、のだが……。


「ええーーっ! ホントなの? 知らなかった。だってあの子ったら何も言わないんだもの。……うん、……うん、そうよね。……利佳子さん、また折り返し電話するわ。じゃあ後で……。ノブ君、大変よ! 大変なの! 」


 母がリビングから顔を出し、切羽詰ったような声を廊下に(とどろ)かせる。

 騒々しいったらありゃしない。

 旅の疲れを癒すべく、久しぶりに自分の部屋へ行きベッドに横になろうと思っていたのに、すぐにこれだ。

 母親という生き物は、どうしてこうも事を荒立てるのが得意なんだろう。


「なんやねん。誰なん、その電話」


 二階に上がるタイミングを失った信雅は、しぶしぶリビングに入り、興奮する母に訊ねる。


「んもう、失礼な子ね。利佳子さんよ」

「利佳子さんって、誰やねん……って、え? もしかして、兄さんの? 」

「そうよ、宏彦君のお母さん」

「何があったん? 」


 それなら話は別だ。

 この秋に、先輩から正真正銘、本当の兄に昇格した加賀屋先輩のお母さんからの電話となれば、自分で役立つことであれば力になりたいと思う。

 借金の申込以外であれば、加賀屋家の頼みごとすべてを引き受ける覚悟ができていた。


「それがね、お姉ちゃんがテレビに出たらしいのよ」

「テレビ? ちょ、ちょー待って。どういうことなん? 」


 突然母の口から零れ出た摩訶不思議な報告に、信雅は長距離運転の疲れも何のその、大きく身を乗り出し詰め寄った。


「澄香ったら、宏彦君と北野を歩いていたら、テレビの人にインタビューされて、夕方の番組に出たらしいの」

「それ、ホンマなん? 」

「ほんとみたいよ」

「夕方の番組って、もしかして、かくれんぼうやが出てるあれやろか……」


 信雅は、姉の結婚式で帰省してる時にたまたま見た、関西ローカルのとある番組を思い出していた。

 最近では東京での仕事も増えているお笑い二人組みのかくれんぼうやは、旅番組でもレギュラー出演している。


「かくれんぼうや……。そう言えば、利佳子さんもそんなことを言っていたような……」

「もう、おかん、ちゃんとおばさんの話し聞かなあかんやん。でももう放送終わったんやろ? どうしたらええんやろ。誰か、ビデオ録ってへんかな? 困ったな……。って、そうや、姉ちゃんに訊いたらええやん。絶対本人らはビデオ予約して録画してるはずやろ? はよはよ、姉ちゃんに電話しような」


 もう待ちきれない信雅は、急いでズボンのポケットから自分のスマホを取り出し姉に発信した。

 そんなことをしなくても充分聞こえるのに、耳にぎゅっとスマホを押し当てながら、今か今かと返事の声を待った。


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